第13話


         ※


 俺と将軍は、畏怖と奇異の視線に晒されながら宿舎を歩いた。皆が、まず長身である将軍の姿に気づき、敬礼する。しかし、その直後に視界に入った俺を見て、ぽかんと口を開ける。『何故あいつが、将軍と並んで歩いているのか』という疑問が、その顔にありありと浮かんでいた。


 その現象は、俺をより委縮させた。だが、将軍はそんなことを気に掛けることなく、気さくと言ってもいい調子で皆に返礼している。


 宿舎を出たところで、ようやく俺は気づいた。将軍は、廊下を歩く時はもちろん、階段を下りる時すらも、堂々とした足取りだった。杖など要らないのではないかと思わせる。


「不思議かね、デルタ伍長?」

「は、はい」


 俺の疑問を見抜いたかのように、将軍は問うてくる。つい、遠慮なく首肯してしまう俺。


「私は左足だけで済んだのだ、私は。戦友たちは、両足をいっぺんに失ったり、両腕をなくしたり……。そして何より、命を落とした者がいる。この杖は、彼らのことを忘れないようにするためのものだ」


 その横顔には、笑みが浮かんでいる。しかしそこに、先ほどの温もりはない。年相応の疲労感、諦念の思いが見て取れた。

 俺が黙り込んでいると、さっと視界が真っ白になった。宿舎から出て、日光の下に出たのだ。


「やはり直射日光はよくないな。森に入ろう」

「はッ」


 緑の影に入ると、いくらか暑さが和らいだ。しかし、そこにあった光景は、とても心休まるものではなかった。

 あちらこちらで、スコップが振るわれている。二メートルほどの細長い穴だ。そして、作業中の者たちの足元には、これまた細長い黒い袋が置かれている。

 皆が振り返って敬礼する中、俺は思わず顔を顰めた。こんな光景、見慣れていたはずなのにな……。


 すると、将軍がさっと手を挙げ、近くで作業中だった者を呼び寄せた。

 

「くれぐれも、丁重に埋葬してやってくれ。敵の兵士とはいえ、我々と同じ人間だ」

「はッ!」

「では、もう少し歩こうか、デルタ伍長」


 俺の返礼を待つことなく、将軍は速足で歩み出した。俺が遺体の埋葬作業を見て、過去を思い出すことのないようにと配慮してくれたのだろうか。それとも将軍自身、思うところがあったのだろうか。


 空薬莢の散らばる地面を、俺たちは歩く。ようやく火薬臭さがなくなってきたところで、将軍は足を止め、顔を上に向けた。深呼吸をしているようだ。


「やはり、木々に囲まれているのは心地よいものだな」

「はッ」


 そう返答しつつも、俺はジリジリと足の裏を炙られているような違和感を覚えていた。

 

「将軍、質問をよろしいでしょうか」

「もちろん、構わんよ」

「自分にお話があるとのことでしたが、聞かせていただいても――」

「おお、そうだった」


 将軍は振り返り、唐突にこう言った。


「君に、首都まで来てほしい」

「は……? 首都に?」

「そう、首都防衛部隊に転属だ」


 生まれてこの方、命の駆け引きを延々やってきた俺には、特段驚くべきことではなかった。というより、こんな程度のことに驚いている暇はなかった。

 が、今はその時間のゆとりがある。何故、と問う機会がある。


「実はな、デルタ伍長。私は優秀な整備士の引き抜きに来たのだ。ルイス・ローデン伍長は君の親友だと聞いたが、確かかね?」

「はい」

「そのルイス君を首都に移送するにあたり、少しばかりではあるが、便宜を図ることにした」


『私の独断だがね』と言って肩を竦めながら、将軍は続ける。


「ルイス伍長にとって、必要と思われる人物を数名、首都防衛部隊に引き抜いていいと提案したのだ。そこで真っ先に名前が出たのが君なのだよ、デルタ伍長」

「俺、あっ、失礼、自分が、でありますか?」

「そうとも。それと、彼の護衛要因として、ロンファ・ホーバス伍長、それにリアン・ガーベラ中尉の名前が挙がっている。リール・ガーベラ軍曹は元々首都に住んでいたから、このまま我々と一緒に帰還する形になるな」


 ふと、不安が脳裏をよぎった。


「自分ならまだしも、ルイス伍長は極めて優秀な整備士ですし、ロンファ伍長もリアン中尉もエースパイロットです。明らかにこの基地の戦力は落ち込むような気がしますが」

「心配には及ばんよ。代わりのベテラン整備士、それにパイロットが、改めて配属される。この基地の運営及び任務に変更はない」


 俺は頷きながら『了解しました』と告げた。しかしその頃には、将軍の興味は別な『何か』に向けられていた。


「デルタ伍長、あれは何だ?」

「あれ?」


 言われて振り返ると、大きな樹木の根元で、小さな植物が花をつけていた。


「私は都会暮らしなので詳しくないのだが、これはよく見かけられる花なのか?」

「ああ、朝顔ですね。はい、よく見かけます。ほら、あちらにも」

「おお! 色に種類があるのか!」


 最初に将軍が発見した朝顔は桃色だった。二つ目、俺が見つけたのは紺色である。

 地面に張り巡らされた大木の根を器用に跨ぎ、将軍は紺色の朝顔にも近づいて行った。


「将軍?」

「ん? ああ、失敬。ついつい童心に帰ってしまった。首都は完全な工業都市だからな、草花を愛でることをする人間は少ないんだ。一つ持ち帰っても構わないかね?」

「は、はッ! 将軍閣下のご意向とあらば」

「そんな堅苦しいことは言わなくても構わんよ、デルタ伍長」


 そう言いながら、将軍はリュックサックから空き瓶と水筒を取り出した。空き瓶に半分ほど水を注ぎ、その中に丁寧に抜いた朝顔を差し入れる。どうやら桃色がお気に召したらしい。


「孫娘が草花に興味があってな。しかし、首都ではなかなか手に入らんのだ。土産にさせてもらおう」


 将軍は、穏やかな瞳で瓶の中の朝顔を見つめている。その目はまるで少年のようだった。


「ああ、そうだった!」

「はッ、何か?」

「すまんな、デルタ伍長。出発は今夕になる。すぐに戻って荷物の整理をした方がいいかね?」

「了解しました。では戻りましょう、将軍閣下」


         ※


 基地に戻ると、ちょうど昼食時だった。


「こちらが一般の整備士やパイロットの食堂です」

「ほう!」


 将軍が一歩、食堂に踏み入ると、先ほどの再現が起こった。

 皆、将軍に気がついて起立・敬礼するのだが、すぐさま隣の俺の姿にも気づく。俺のような青二才がどうして将軍のエスコートをしているのか、不思議でしょうがないといった様子だ。


 将軍は鷹揚に片手を挙げて場を収め、皆と同じ今日の昼食を二つ注文した。俺の分も、ということらしい。これでは、将軍から逃げられない。

 と言っても、俺が彼を嫌っているのではない。純粋に、未だに緊張感が抜けきらないのだ。今日は肩が凝りそうである。


「いただきます」

「い、いただきます」


 きちんと掌を合わせて食前の挨拶をする将軍。それを見て、俺は彼が思いの外家庭的な人間なのではないかと思った。少しばかり、肩が軽くなる。

 俺が今日の主菜、ベーコンとほうれん草の炒め物に口をつけようとしたした、その時だった。

 どん、と横合いから身体を押された。方向的に、将軍の仕業ではない。フォークを置いてそちらを見遣ると、反動でよろめく小柄な人影が一つ。リールだった。


「ちょっとリール! あんた何やってんのよ!」


 鋭い声を上げたのは、もちろんリアン中尉である。


「あっ、これは将軍閣下!」


 リアン中尉は敬礼したが、他の連中よりはいくらか落ち着いた態度だ。

 ああ、そうか。リールが将軍と同伴してこの基地に来たということは、中尉もまた、将軍と以前から面識があったということなのかもしれない。


「やあ、リアン中尉、リール軍曹。まあ、君たちも腰かけたまえ」

「はッ、失礼します」


 リアン中尉は、さっと俺の横に座り込んだ。リールはまだ自分の食事を用意していなかったようで、中尉に背中を叩かれて受け取りに行った。


 これはこの日に初めて知ったことだが、将軍と中尉の父親は旧知の中であったらしい。『あった』というのは、既に中尉の父親が亡くなっているからだ。

 

「ところで中尉、デルタ伍長とは上手くやっているのかね?」


 唐突な将軍の発言に、俺はむせ返った。対する中尉は落ち着いたもので、


「はい、いつも丁寧に整備をしてもらっています」


 とのこと。こっちは赤面するのを必死に堪えているというのに。

 全く、こちらの身にもなってほしいものである。

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