第10話
※
「この場は俺たちに任せてくれ、デルタ伍長」
ドックに入るなり、俺は整備士長に告げられた。
「代わりに、お前には出撃命令が出ている」
「出撃命令?」
『ああ』と頷きながら、整備士長は額の汗を拭った。
「どういうことです? 俺は整備士ですよ? ステッパーにだって乗れやしないってのに」
「俺にもよく分からん。だが、さっきお前は一人で敵ステッパーを足止めし、挙句撃破した」
「いや、あれは必死だったもんで、ああするしかなかったんです。人質も取られかけてましたし。通常なら逃げ出していたところですよ」
「だが、結局倒してしまったんだろう?」
俺は否定できず、俯いた。
「まさかこれからも生身で戦えとは言わん。今回だけ、こちらのステッパー部隊の周辺警戒を頼みたいんだ。昨日の、哨戒機が地雷で損傷した件もある。ステッパー部隊の進行方向にトラップが仕掛けられていないか、それを確かめてほしいそうだ」
「ああ……」
そういうことか。確かに、元少年兵の俺にはうってつけの任務だ。逆に、これがまともにこなせる人間は、この基地にもなかなかいないだろう。
「敵を追跡するには、迅速さが肝要だ。そのことは承知しているな、デルタ?」
「はい」
「そこで、ステッパー部隊の先頭は、ロンファ伍長に務めてもらうことにした。彼は優秀なパイロットだし、それは先ほどの戦いで立証済みではある。だが、なにぶん実戦経験が足りない。デルタ伍長、お前には彼の露払い役を頼みたい。できるか?」
俺は納得半分、驚き半分で頷いた。俺とロンファが喧嘩した際、喧嘩両成敗を果たした整備士長。だが、きちんと俺とロンファの仲を分かってくれていたのだ。いがみ合ってばかりではない、と。
「残念だが、リアン中尉のヴァイオレットは出せん。駆動するのに支障はないんだが、やや被弾率が高い」
「そのために、装甲板を厚くしたんでしょう?」
「ああ。だが、念のために一度精密検査をしたい。その点、ロンファ伍長のドラゴンフライは心配ない。さして動きもせず、ドックの前で機関銃をぶっ放していただけだからな。それが、この布陣の根拠だ」
そう言って、整備士長は一枚のボードを背後から持ち出した。俺、ドラゴンフライの順に縦に並び、その後ろに二列編成でステッパーが四機ずつ、合計八機が図示されている。
「お前と九機のステッパーでトラップを掻い潜り、敵の残存部隊を討つ。問題はあるか?」
「いえ、ありません」
「よし」
俺が頷くと、整備士長は突然、にやりと顔を歪めた。俺の肩に腕を回してくる。
「無事帰ったら、お前らに牛肉の缶詰を好きなだけ食わせてやろう」
「なっ!」
ロンファ、あの馬鹿! パクったのバレてんじゃねえか!
「まあ、まだ缶詰の持ち主の許可は取っていないがな。俺に任せておけ」
そう整備士長が言い終えるや否や、こんな子供じみた声が響き渡った。
「えーっ? あれは全部、あたしの缶詰だよ!」
「黙りなさい、リール! 皆疲れているの。栄養のあるものを食べなきゃ駄目なのよ。それに、あなたはデルタ伍長に命を救われたんでしょう? 缶詰くらい、プレゼントしようって気にはならないの?」
リールをリアン中尉が窘めている。それに対し、リールは両腕をぱたぱたさせて反抗する。
「将軍さんと一緒に来た時、車のトランクに積んできたのは全部あたしのなの! 誰にもあげない!」
全く、可愛げのないガキだ。そう思って、俺が大きなため息をつこうとした直前、パシン、といい音が響き渡った。リアン中尉が、リールの頬をぶったのだ。
俺のみならず、周囲の皆が唖然として二人を注視している。まさかあのリアン中尉が、他人に、それも妹に暴力を振るうとは。
この様子を見ていた人間のほとんどが、リールが泣き出してしまうのでは、と予期した。
しかし、結果は全く違っていた。
「何よ、年齢や階級が上だからって、なんでも許されると思ったら大間違いなんだからね! 皆に配られる前に、一人で食べちゃうから! 将軍と一緒に乗ってきた車に、たーくさん積んであるんだからね!」
そう言い切ると、リールはふっと姉から顔を逸らし、デッキの奥の方へと消えていった。
「な、何だ、アイツ……」
ぽつりと呟いた俺の目の前で、リアン中尉は腰に手を当て、かぶりを振った。
「ちょっとね、いろいろ事情があるのよ。話せる時が来たら、あなたにも話すつもりよ、デルタ伍長」
「は、はあ」
涙一滴零さないリール。
そんな手に余る妹を持って苦労するリアン中尉。
そして、中尉がいずれ話すと約束してくれた話の中身。
一体俺の周りでは、何が起こっているのだろう? 一筋縄ではいかない人物相関図が、俺の脳内に構築される。
俺が顎に手を遣っていると、声をかけられた。
「デルタ!」
「おう、ルイス……って、何て格好をしてるんだ、お前は⁉」
ルイスは、防弾ベストに肘と膝を守るプロテクター、それにヘッドセット内蔵のヘルメットを被り、ぎこちなく歩いてくるところだった。
「こ、こんな重装備で戦うんだね、デルタ」
「まあな。それに加えて、拳銃と自動小銃、手榴弾に経口補水液を装備しなきゃならない」
「そ、そんなに?」
驚きと呆れでぼんやりしているルイス。
「僕にはとても無理だよ」
「じゃあ、どうしてそんな格好してるんだ?」
「ああ、この装備、デルタに届けてくれって頼まれたんだけど、重くて運べなくてね」
「キャスター付きの荷台があるだろ?」
「この瓦礫の中じゃ動けないよ」
そうか。どうしても徒歩で持ってくる必要があったわけか。
それはそうと。
「わざわざ着てくる必要はなかったんじゃないか?」
「そう冷たい目で見ないでくれよ……。実際の歩兵がどんな装備に身を包んでいるのか、以前から気になっていてね」
「あっ、そう」
それで、試着も兼ねて、文字通り全身を使って運んできた、というわけか。
「で、もう着慣れたか? 歩兵のコンバットスーツ一式は?」
「い、いや、僕には重すぎるよ、ギブアップだ……」
その場でばったりと膝と両手を着くルイス。
「分かった。脱がしてやるから、ちょっと待ってろ」
「すまないね、デルタ……」
だが、俺はふと違和感を覚えた。
ルイスは骨の髄まで整備士だったはず。それがどうして、コンバットスーツなどに興味を持ったのか?
ま、そのうち訊いてみるか。俺はチャックやファスナーで切れ切れになったコバットスーツを、一つずつルイスの身体から外していった。
※
それから三時間後。
「ステッパー全機、収容急げ!」
「損傷機優先だ、整備班、かかれ!」
「負傷者は? 怪我人はいないか!」
怒鳴り声が、整備ドック内に響き渡る。俺はドック入り口に配された、安っぽいソファに腰かけていた。猛烈に溢れ出す汗もそのままに、コンバットスーツを脱いでいく。
基地に戻ってきてから約十五分。俺を先頭とした我らがステッパー部隊は、無事敵軍を背後から奇襲し、捕虜一人を除いて全滅させることに成功した。各機の被弾も大したことはない。
確かに、トラップは仕掛けられていた。だが、それは俺たちを殺傷するためのものではない。一種の通信妨害装置だ。
流石にそれを解除するというのは、俺の専門外である。今、整備士仲間にその装置を手渡し、解析に回してもらったところだ。
目覚まし時計大の、両手で包み込める程度の物体。角は丸みを帯びていて、色は真っ黒だった。二十センチほどのアンテナが立っていて、それが通信妨害電波の発信装置らしい。
俺は、それが爆発物でないことを確認した後、自分のヘッドセットに近づけてみたが、何も起こらなかった。
「もうコイツの役割は終わり、ってことか」
そうして、回収してきたのが先ほどの黒い目覚まし時計である。
「捕虜を尋問すれば、何か出てくるかな?」
確か、尋問はドック地下の収容施設で行われると聞いていた。少し様子を見てくるか。
そう思った途端に、一抹の不安感、いや、恐怖心が湧いてきた。
「……まさかな」
そう呟いて、俺は地下への階段へと足を向けた。
※
収容施設となっている地下壕に足を踏み入れた時、俺は嫌な予感が的中してしまったのを悟った。
「うぐっ! がはっ! ぎゃあっ!」
「おらおら、もっと苦しめ! この野郎、俺たちの仲間を散々傷めつけやがって!」
鉄格子が肉を打つ生々しい音が、俺の耳に捻じ込まれてくる。同時に悲鳴も。どうやら捕虜は、鞭打ちの刑に処されているらしい。
だが、それよりも驚かされたのは、その鞭を握っているのが誰か、ということだ。
「この野郎、悲鳴ばっかり上げてりゃ済むと思ってんのか! てめえは仲間に見捨てられたんだ! てめえの価値なんざ、犬の餌にもなりゃしねえ! おら、もっと苦しめ!」
「おい止めろ、ロンファ!」
俺が声を張り上げると、鉄格子の外に立っていた兵士二人が立ち上がり、俺に敬礼した。見覚えがある。よくロンファとつるんでいる、若い上等兵たちだ。
尋問、否、拷問の様子を見て、にやけていたのだろう。口元が痙攣している。俺は二人を乱暴に押し退け、鉄格子の中に向かって声を張り上げた。
「何やってんだ、お前は!」
そして、鉄格子の中の光景を見た。目を逸らさないようにするのには苦労したが。
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