第8話

 その直後、凄まじい爆音が俺の脳髄を震わせた。咄嗟に腕を掲げ、頭部を守る。転倒を覚悟で身体の重心を下ろし、階段の段差に上半身を引っ込める。

 同時に、ドックのコンクリート片の混じった爆風が俺の髪を撫でた。


 俺が再び顔を上げると、白煙の中で人影が動いていた。複数だ。ステッパーの間を駆けていく者、彼らを重火器で援護する者。きちんと役割分担が為されている。

 

 整備ドック壁面からの強襲に、俺も黙っているわけにはいかない。

 敵の狙いは、ステッパーの強奪に伴う俺たちの殺害。であれば、重火器を手にしている奴らを先に仕留めるべきだ。 


 白煙が晴れてきたところで、俺は手榴弾のピンを抜いた。援護射撃をしている敵兵士の足元にそっと転がす。

 ずどん、という爆発音。ぐしゃり、という破砕音。どちらも聞き慣れたものだ。それを確かめてから、俺は自動小銃を構えて上半身を乗り出した。

 倒れかけている敵兵士に向かい、容赦なく弾丸を浴びせる。


 これで四人は仕留めた。俺は慎重に、横たわった敵兵に一発ずつ撃ち込みながら基地内を見渡した。幸い、倒れているのは死体ばかりだった。

 死者にまで銃を向けねばならないとは。確かに、確実に敵を殲滅するには行うべき行為だ。しかし……。

 頭の中では分かってはいても、心の中は穏やかでなかった。


 俺は壁伝いに匍匐前進し、敵味方を慎重に見分けながら銃撃した。敵兵士は迷彩柄の戦闘服を纏っていたので、灰色を基調とした味方との区別は容易である。


「そろそろか……」


 俺はリロードするため、壁際のコンテナの陰に避難した。これまでに、最初の四人を含めて七人は倒した。ふと、手を止める。

 仮にも、ここの宿舎や整備ドックは軍事施設である。歩兵が携行し、取り扱いができる量の爆薬で、破壊されるほど柔な構造はしていないはずだ。


 にも関わらず、事実として壁は破壊された。間違いなく、敵はこの建物の弱点を把握している。まさか、敵に情報が漏れているのか? 何故? 一体どうやって情報が流出しているのか? いいや、それは後で考えよう。


 幸いにも、爆破された壁面は既に防御が固められている。敵が入って来るなら、あとは正面の鉄扉だけだ。リアン中尉は鉄扉の五十メートルほど前方、ロンファはちょうど真正面で戦っている。

 他のステッパーの活躍もあり、大方の敵を追い散らすことには成功していた。ドック内に潜入した敵兵士も殲滅されたようだ。


 俺は硝煙を上げる自動小銃の銃口を下げ、周囲に視線を走らせながら屈みこんだ。再び弾倉を交換する。

 ふっと額の汗を拭った、その時だった。


「ん?」


 視界の隅に、少女があった。十一、二歳だろうか。整った顔立ちで、見慣れない都会風のワンピースを着て、髪をツインテールにまとめている。

 その瞳は真ん丸に見開かれ、白と水色のツートンカラーのステッパーを見つめている。

 俺は意識して、乱暴な声で呼びかけた。


「おい! お前、そこで何してるんだ!」


 しかし、少女はこちらに見向きもしない。ステッパーをじっと見つめ続けている。顔かたちにしても服装にしても、場違いなことこの上ない。

 俺は自動小銃を肩にかけ、ゆっくりと近づいた。


 まさにその時だった。天井が崩落し、瓦礫が少女の頭上から降って来たのは。

 俺より一瞬遅く、自らの危機を察したらしい少女。

 しかし、動かない。いや、動けないのだ。当然だが、こんな実戦経験は、少女にはないはず。呆気に取られるのも無理はない。


「チッ!」


 俺は猛ダッシュで、少女の下へ駆けつけた。勢いそのままに、抱き締めるようにしながら押し倒し、転がること数回。天井の崩落には巻き込まれずに済んだようだ。


「お前、大丈夫か? 怪我は?」

「……」

「答えろ、ガキ! 大丈夫なのか!」


 俺は無理やり彼女の肩を揺すったが、その目は焦点が合っていない。が、それも数秒のこと。少女は俺の頭上に視線を固定し、じっと見入った。


「おい、いい加減答え――」


『答えろよ』という言葉を、俺は飲み込んだ。振り返った時、眼前に敵のステッパーが着地していたからだ。


「いっ⁉」


 奇声を発する俺と、言葉を失う少女。敵はと言えば、火器の類は携行しておらず、ブレードを手にしている。しかし、俺が見てきたものよりずっと小さい。奇襲用の、特殊仕様のブレードなのだろう。


 俺が正気に戻ったのは、そこまでの分析を終えてからだった。


「逃げるぞ、ガキ!」


 強引に少女の腕を取り、俺は駆け出した。直後、俺のいたところを、ブレードが一閃した。

 コンテナや未起動のステッパーの隙間を縫い、俺は駆けていく。少女は淡白な目つきで正面を見つめたまま。だが、足手まといになるほど歩みが遅いわけではなかった。


 この少女、一体何者だ? 

 そう思った矢先のことだ。


「うおっ!」


 瓦礫片に躓き、俺は見事な前転をキメた。いや、コケた。

 少女と手が離れ、投げ出す形になる。せっかく似合いのワンピースが砂煙に塗れてしまう。


「野郎!」


 俺は周囲に味方のステッパーや重要機材がないことを確かめてから、手榴弾のピンを抜こうとした。その直後、思いがけないことが起こった。


《その少女をこちらに引き渡せ。そうすれば見逃してやる》

「な……!」


 敵のパイロットが、拡張音声で語りかけてきたのだ。

 突然の事態に、俺は混乱した。しかし、今の発言で、この少女が重要人物であることが明らかになってしまった。


 俺は一計を案じつつ、少女を引っ張り立たせた。


「丁重に扱えよ!」

《言われるまでもない》


 ステッパーが屈みこむ。少女がゆっくりと、敵の下へと歩み寄っていく。


《そうだ。ゆっくりこちらに》


 俺は後ずさりしながら、さっと相手に背を向けた。


《ゆっくり、そのままこちらに来る――》


『来るんだ』とは言わせなかった。閃光手榴弾の起爆によって。背を向けていたのは、手榴弾のピンを抜くところを見られないようにするためだ。


《ぐっ! 貴様ッ!》


 敵が怯んだところで、俺自身も閃光に突撃する。無造作に腕を伸ばすと、そっと少女の身体に手先が触れた。肩だろう。

 俺は足払いをかけ、彼女を転倒させた。その身体をそっと受け止め、お姫様抱っこの状態で、敵ステッパーの死角、非常通路の陰に運んだ。


「ここで待ってろ」


 ようやく元に戻り始めた視界の中で、しかし少女は頷きもせず、俺を見つめ返すばかり。

 ええい、構っていられるか。味方の援護がないものと仮定し、俺はこの敵ステッパーを倒すことを考えた。


 敵機の機種からして、こいつは五年前、俺が少年兵時代に遭遇したのと同じモデルだ。外部カメラは二つあり、一つは光学、もう一つは赤外線で周囲の状況を捉える。

 今、閃光で光学カメラは利かないから、敵は赤外線カメラに切り替える必要に迫られているはずだ。

 もし本当に、この機体が五年前のものなら、カメラの切り替えに要する時間は約十五秒。その間は、こちらから攻め放題である。


 少女を運ぶのにかかった時間は、十秒弱といったところ。そしてこの考えを思いつくのに二秒強。残り三秒? 十分だ。


 俺は全速力で敵機に迫った。敵機は少しずつ後退しながら、ブレードをがむしゃらに振るっている。だが、奇襲用の短いブレードを使ったのが誤りだった。

 俺はスライディングの要領で、易々と懐に入り込んだ。そして、既にピンを外しておいた手榴弾を敵機の腰部の隙間に挟みこみ、そばの資材コンテナの陰に隠れた。


《赤外線カメラに移行完了、ふざけた真似をしやがって、貴様――》


 と敵パイロットが言いかけたところで、ずどん。胃袋に響く音を伴って、手榴弾が炸裂した。この時飛散したのは、ステッパーの配線から出たスパークだろうか。それとも敵パイロットの血液だろうか。


 敵機はがらん、とブレードを取り落とし、後ろに倒れ込んだ。ずずん、という重低音と共に、床面にひびを入れながら背中を打ちつける。

 俺は容赦しなかった。最後の手榴弾を、先ほどと同じく敵機の腰部に投げつけた。再び、ずどん。

 爆風が止むのを待ち、ここを動かないよう少女に告げてから、俺は自動小銃を構えて駆け出した。


 勢いを殺さずに、仰向けになったステッパーの足先から駆け登る。コクピットの場所に目星をつけて、がしゃり、と自動小銃の銃口を向けた。

 コクピットハッチは、半分ほどが捲れ上がるように開いていた。中には、左半身が滅茶苦茶になった虫の息のパイロットが一人。生気のない目でこちらを見上げていた。


 こいつに発言力はないだろう。死にかけているし、ここは介錯してやるのが人情というものだろう。

 俺は自動小銃をセミオートに設定し直し、バン、と一発撃ち込んだ。

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