第7話

「おーい、デルタ!」


 先にドックに着いていたのだろう、ルイスが駆けてくる。


「ルイス、機体の状況は?」

「全二十機のうち、今すぐ出られるのは五機。リアン中尉のヴァイオレットも入ってる。今は、第二陣として出撃可能な機体に優先して電力を供給してるから、十分後にあと五機、合計十機だ」

「おっ、俺の『ドラゴンフライ』は? どうなってるんだ?」


 会話に割り込んできたロンファに向かい、ルイスは淡々と述べた。


「慌てないでくれ、ドラゴンフライには、もう電力が供給され始めてる。出撃可能時刻まで、あと三分だ」

「くっ!」


 宿舎の壁を蹴りつけるロンファ。


「初めての実戦だってのに、すぐには出られねえのかよ!」


 そう。ロンファにとっては生まれて初めての戦闘となる。整備士であるルイスも似たようなものだろう。

 だからこそ、俺が最初に気づいたのだ。木々の間から発せられた、強烈な殺気に。


「お前ら伏せろ!」


 俺は両手でラリアットを仕掛け、ロンファとルイスを押し倒した。


「ッ! 何しやがる!」


 というロンファの悪態は、すぐに掠れて聞こえなくなった。俺たちの頭部があったところを、機関銃の弾丸が通過していったからだ。反対側の壁に、横一文字に銃痕が穿たれている。

 久々にぞっとした。


「二人共、早く整備ドックまで走れ! ここは俺が食い止める!」

「無茶だよデルタ! いくら相手が歩兵だからって……!」

「生身で戦う訓練なんて受けてねえだろう、ルイス! ロンファ、てめえもだ! ここは元少年兵の言うことを聞け!」

「わ、分かった! 死ぬんじゃねえぞ、デルタ!」


 この会話が終わると同時に、俺はさっとその場に伏せた。それから、拳銃を収めてある左のホルスター、ではなく右のホルスターに手を遣った。

 こちらに込められているのは、通常の実弾ではなく照明弾だ。こいつを木々の間に撃ち込み、目くらましにできないか。


 ロンファとルイスが十分距離を取ったのを見てから、俺は照明弾を撃ち込んだ。

 パシン、という小さな音がして、木々の間から真っ白い光が漏れ出す。それを逆光にして、敵の影が見えた。二人だ。大き目の機関銃を手にした兵士と、彼の補佐役と思しき兵士。


「ッ……」


 俺は奥歯を噛み締めた。


「まるで俺とチャーリーじゃねえか」


 と同時に脳裏をよぎったのは、アルファの例の言葉だ。『敵への感情移入は身を滅ぼす』といった主旨だったか。

 俺は情け容赦なく、今度は左のホルスターから殺傷用の拳銃を抜いた。片方の敵に向かい、三連射。

 うち一発が、見事に相手の頸動脈を撃ち抜いた。首筋から鮮血を噴き出しながら、崩れ落ちる射手。慌てた補佐役に戦闘能力がないものと判断し、俺もまたドックへ向かった。


         ※


 整備士専用の出入口からドックに突入し、ロンファとルイスの無事を確認。相変わらず警報は鳴り続け、否応なしに俺たちの心を逆立てた。無線通信が混じって聞こえる。


《総員、第一種警戒態勢!》

《敵の歩兵部隊を確認! ステッパーや装甲車両の姿を認めず!》

《畜生! 奴ら一体、どうしてこんなに早く辿り着いたんだ?》


 これはこれで、一種の戦場だった。メインゲートとなる鉄扉は完全に引き開けられ、先行するステッパー五機が、基地周辺の防衛に出た。

 一際高速で移動する機体がぶわり、と風を起こす。顔に腕を翳しながら見上げると、リアン中尉のヴァイオレットだった。


「ご無事で、中尉」


 そう小さく呟き、さっと敬礼する。きっと操縦席の中尉には気づかれていないだろう。

 構わない。彼女に無事帰ってきてほしいというのは、俺の個人的な望みでもあるのだから。


 歩兵部隊を相手に、こちらは思いがけない苦戦を強いられた。哨戒機であるステッパーを襲っただけあって、動きが実に機敏なのだ。このドック内部にも、銃弾が届きつつある。

 きっと先ほど俺が相手をした連中は、数合わせに動員された未熟者だったのだろう。


《ドラゴンフライ、出ます! 残りの機体も、あと七分以内に出撃準備を完了!》


 ドラゴンフライ。ロンファ・ホーバス伍長の専用ステッパー。遠距離戦から近距離戦までの武器をバランスよく内蔵し、機動性も高いが、装甲がやや薄い。ロンファに、それをカバーできるほどの実力があることを祈るしかない。

 それにしても――。


 残る機体の出撃シークエンスを確認しながら、俺は考えた。

 敵軍がこの基地を攻めてくるのなら、どうしてステッパーを使わないんだ? 精鋭部隊とはいえ、歩兵がステッパーの相手をするのは無理があるだろうに。

 

 それでも、敵はステッパーどころか、重装備――対戦車ライフルや携行ロケット砲などを使う素振りも見せない。目的は何だ?


 その時、はっとした。敵が対人兵器しか使ってこないのは、こちらのステッパーを傷つけないようにするため。そうか、ステッパーをあるだけ強奪する気なのだ。


 先にステッパーを開発したのは北の帝国軍だが、現在、技術的優位に立っているのは我々だ。この基地の機体だって、つい一週間前に、新型の火器管制システムを導入したところである。


 敵にとっての理想的な勝利の形。それは、この基地にいる人間たちだけを皆殺しにして、最新システムの宝庫であるこちらのステッパーを、できるだけ多く持ち帰ることなのではないか。

 この基地にあるステッパーは、合計二十三機。これには哨戒任務用の三機が含まれている。

 二十機を確保するためならば、三機を撃破するくらいはどうということもなかったのだろう。


 俺はこの推測を上申すべく、銃弾が飛び交うドック内を駆けずり回った。

 途中で歩兵用武器のラックに立ち寄り、自動小銃を手に取る。ステッパーが相手なら無用の長物だが、歩兵相手なら十分役に立つ。


 整備士たちを伏せさせたり、牽制射撃をしたりしながら、俺はドック最奥部の階段を駆け下りた。その先にあるのは、情報管制室である。

 カードキーを翳し、名前と階級を名乗ると、シミュレーションルーム同様にドアがスライドし、ひんやりとした冷気が俺を取り巻いた。たくさんの大型電算装置を配置している関係で、この部屋には冷房が効いているのだ。


 真っ黒ででかい直方体の電算装置。その隙間を縫うようにして部屋の中央に至ると、既に俺の入室を予期していた面々がテーブルから顔を上げた。俺は敬礼し、再び名乗る。

 テーブルを囲むようにして地図を見下ろしていた彼らに、俺は持論を展開する。しかし、いつも以上に基地司令や高官たちの態度が素っ気ない。


「俺、いえ、自分は、この仮説に一理あるものと考えています! ご検討いただけませんか?」


 リアクション控え目の面々。一体どうしたというのか?


「デルタ伍長。止むを得んから紹介しよう。こちらにいらっしゃるのは、明日この基地においでになる予定だった、ワイルドット・スランバーグ将軍だ」

「え?」


 俺は呆気に取られた。手で示された方を見遣ると、まるで突然そこに現れたかのように、一人の老人が腰かけていた。

 俺がそれに気づいた頃には、皆が老人の方に目を遣り、指示を仰いでいる様子だった。老人は、座ったまま両足の間の杖を鳴らした。コツン、と一つ。


「彼の言う通り。一理ある仮説だ」

「し、しかし将軍、彼は一整備士に過ぎません。口を挟ませるわけには……」

「デルタくん、と言ったね?」

「は、はッ」


 やや身を乗り出す老人、いや将軍。


「君は少年兵として、随分多くの経験をしてきた。そうだろう? 当たっているかね?」

「はッ」


 不快ではない。しかしジリジリと火に炙られるような緊張感がある。将軍は、目尻に皺を寄せてじっと俺を見つめている。

 すると、ゆっくりと腰を上げ、背筋を伸ばした。かなりの長身だった。


「出撃前の機体は、敵に強奪される可能性がある! 出撃可能となるまで、何としても死守せよ! 連携して、ステッパーを守るのだ!」


 すると今度は、俺以外の高官たちが敬礼をした。瞬く間に退室していく。部屋に残ったのは、俺と将軍だけだった。

 俺は再び敬礼し、踵を返したが、将軍に呼び止められた。すると将軍は目を細め、じっと俺の瞳を覗き込んできた。


「将軍、あの、な、何か?」

「すまないな」


 呟くように言ってから、将軍は視線を下ろし、再び着席した。コツン、という音が木霊する。もう行っていいらしい。

 俺は腰から身体を追って頭を下げ、『失礼します』と言って足早に管制室をあとにした。


         ※


 スライドドアを抜けると、熱気と銃声、怒鳴り声が、いっぺんに俺の身体を包囲した。

 この階段までは、敵はまだ攻撃を加えてこない様子。俺は初弾を装填し、ドックの中ほどにまで進行した敵を撃とうと、自動小銃を構えた。

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