第6話
※
「右膝の関節は完全にやられているな。左足はどうだい、デルタ?」
「ああ、こっちは装甲板を取り換えるだけで大丈夫そうだ。きっと、現場で爆風が渦を巻いて、右足に被害が集中したんだろう」
「なるほど。膝上のケーブルはどうなってるかな……」
ぶつぶつ呟きながら、俺とデルタは損傷機に関する所見をまとめていた。キャスター付きのテーブルを固定し、その上に載せられたボードに機体のダメージを書き込んでいく。
「パイロットは? 命は助かったんだろ?」
「まあね。でも、右足が……」
ルイスは言葉を濁した。彼も実戦経験がないから、『パイロットが右足を失った』などという事実は口にしたくなかったのだろう。
かと言って、俺がルイスを責めるのは全くの筋違いだ。彼は根っからの整備士であり、技術者である。前線での戦闘を知らないのも無理はない。
それでも、実戦がどういうものか、自分なりに研究もしている様子。熱心なことである。
「よし、大体まとまったかな」
「後は提出するだけか、ルイス?」
「うん。助かったよ、デルタ」
「俺は何もしてねえよ」
俺は肩を竦めながら、白み始めた空を背に座するステッパーを見上げた。
全高三・五メートル、肩幅一・六メートル。バックパックを含めた奥行きは一・二メートル。機体重量は、装備にもよるが本体だけなら二・〇トンだ。最大跳躍硬度は二十メートルに及ぶ。
高硬度金属の加工技術が同盟国にあったのは幸いだった。
「しかし、奇妙な感じだろうな」
「どうしたんだデルタ、藪から棒に?」
俺はステッパーに近づき、装甲板を軽く拳で叩いた。コツコツと地味な音がする。
「戦車や戦闘機なら、いかにも『搭乗する』って感覚だろ? でもステッパーは、何て言うか、『着込む』って感じだ」
「それは言えるだろうね。パイロットの四肢に合わせて、動くことができるんだから。まさか格闘戦ができる機動兵器なんて、六、七年前には想像するのも難しかった」
「だよな……」
俺たちがずっと戦ってきた敵。それは、北部の大帝国である。ステッパーと言う兵器の概念を生み出したのも、帝国が先だ。
俺たち中南部の国々は、それに対して同盟を結び、兵器開発・戦術理論開発に注力してきた。内乱が起きない限り、この北部戦線は維持されるはずだ。
「よし、部品の調達は輸送部隊に任せよう。デルタ、君はどうする?」
「どうするって?」
「今更寝つけるわけでもないだろう? 『ヴァイオレット』の整備はどうだい?」
「ッ!」
俺は声を上げることもできず、息を飲んだ。
ヴァイオレットは、リアン中尉の専用機である。接近戦に特化した機体で、厚めの装甲と機動性能の両立を達成している。猛スピードで突っ込んでくる電磁ランスは、敵にとって大いなる脅威だ。
代わりに、火器の扱いは不得手である。射撃管制システムのほとんどを取り外しているため、使えるのは機関砲ではなく、ステッパー用の拳銃くらいのものだ。
「本当はこんなこと、言うべきじゃないんだろうけどね、デルタ。君には、整備士として大切な人を守る権利と義務がある。階級が一緒だから命令はできないけど、僕は君に、リアン中尉のことを守ってもらいたい」
「えっ……?」
俺は俯けていた顔を上げた。ルイスの顔をまじまじと覗き込む。
彼の言葉のワンフレーズが、どうしても気になったのだ。
「大切な人を、守る?」
「そうとも」
ルイスは真摯な眼差しでこちらを見返している。まだ薄暗い整備ドックの中で、彼の眼鏡がきらり、と照明を反射した。
『大切な人』――。先ほど俺が、星空を見上げながら考えていた事柄だ。あの時は、唐突に自分の脳内に湧いてきたイメージに、一人で勝手に慌ててしまった。しかし、リアン中尉が命を落とすなど、絶対にあってはならないことだし、想像すらつかないことだ。
だが、そんな自分の在り方に、疑問を抱くもう一人の自分がいる。
五年前のあの日、俺は仲間たちが、あんな無惨な形で命を落とすなんて、想像していただろうか? 答えは『否』だ。
つまり、俺自身の判断や想像といったものは、仲間の生存に寄与しない。どれほど無事を願っても、死ぬ奴は死ぬのだ。これは戦争なのだから。
「デルタ?」
「……」
「デルタ、大丈夫かい?」
「ん、あ、ああ」
俺はぱっと顔を上げ、見慣れたヴァイオレットの点検整備に入った。
ふと、何かが気になって振り返ってみた。ルイスがテーブル上のファイルを取り上げている。表紙には、『四肢欠損傷痍兵のための機動兵器開発計画』の文字。
……ぞっとしねえな。
※
「うう、やっぱ二食抜きはキツイな……」
会議を終え、再び整備ドックに戻りながら呻き声を上げる俺。少年兵時代は、よくあることだったが。
しかし、流石に今更、蛇や蛙を獲って食べるわけにはいかない。増してや意中の人の視界に入りかねない場所では。
空はスカッと晴れ上がり、入道雲がドックの屋上から濛々と立ち昇っている。
周囲を木々に囲まれているから、平地より気温は低いはず。それでも、べたつく汗が全身から噴き出すのは止められなかった。
整備ドックの気温はもっと高いはず。
担当が、正面扉の近くの機体ならまだいい。しかし、ドック奥部の機体の担当に回された日には目も当てられないことになる。汗で整備服がびちゃびちゃだ。絞れるほどに。
そう言う意味では、今の会議は有益だった。一時間、士気を上げるためのレクチャー、もとい説教が為された。どうやら、軍のお偉いさんが来るらしい。この前線基地の兵士たちを鼓舞するため、だとか。
「全く、反吐が出るぜ……」
俺の勝手なイメージだが、軍のお偉いさんというのは、前線で何が起きているのかを大抵知らないのではないだろうか。
銃撃訓練の相手は、いつも人型の金属板。負傷した味方の応急処置も、士官学校でマネキン相手に行ったのが最初で最後。自室のソファでふんぞり返り、チェスの駒を動かすように部隊の展開を考えている。そんなところだろう。
「そんな連中に、何が分かるってんだ」
俺は腰に巻いた上着を解き、忌々しい蝉の鳴き声に急かされるように、ばさりと羽織った。
またあの蒸し風呂のようなドックに戻るのか。上半身がぐたりと崩れ落ちそうになる。
そんな時、思いがけないところで声をかけられた。
「おーい、デルタ!」
「……」
「デルタ伍長! おい、シカトすんなよ」
無駄な体力を『こんな奴』に使うのも癪なので、俺は気力のない目をそいつに向けた。
「何だよ、ロンファ」
「いいもん見せてやる」
「あ?」
宿舎と整備ドックの間を、親指で示すロンファ。
昨日は険悪極まりない仲の俺とロンファだったが、別にいつも喧嘩ばかりしているわけじゃない。
俺は『ドックに戻らなければならない』という現実からの逃避の意味合いもあって、彼の後に続いた。
二つの建物に挟まれた空間は、日差しにたいする絶好の回避場所だった。そこに置かれていたのは、牛肉をソースで煮詰めた缶詰だった。
「うおっ! お、おおお前、これ……!」
「声がでけえよ馬鹿!」
慌てて俺の口を手で封鎖するロンファ。片手の人差し指を自分の唇に当てながら、あたりを見回している。
「落ち着けよ、デルタ!」
何度も頷く。
「落ち着いたか?」
また何度も頷く。
「いいか? 手ぇ離すからな?」
今度はゆっくり、大きく一つ首肯した。
「ぷはっ! こんなご馳走、どこで手に入れたんだ?」
囁くような声で問う。するとロンファは腰に手を当て、こう言った。
「今朝、お偉いさんの乗った車が宿舎裏に入って来てな」
「ふむ」
俺とルイスが損傷機の整備にあたっていた頃か。
「なーんか積んでるんじゃねえかと思って、こっそりトランクを開けてみた。そうしたら、この缶詰が山積みになってたんだ!」
「ばっ、お前こそ声がでけえよ!」
今度は俺がロンファの口を塞いだ。彼の足元を見下ろすと、缶詰は四、五個ほどその場に転がっている。
「一個だけくれてやる。有難く食えよ」
「あ、ああ、恩に着るぜ。今日だけはな」
久々にコイツと笑い合ったな。そう思って、缶詰のプルタブに指を掛けた、まさにその時だった。
ヴーン、ヴーンと非常警報が鳴り始めた。
「どわあっ!」
「くっ! 何だ⁉」
とんでもない音量に、俺は手を離してしまった。缶の中身がぶちまけられたが、構っている場合ではない。
《総員に告ぐ! 哨戒中の自軍ステッパーが急襲された! 繰り返す! 哨戒機が急襲された! 戦闘員は直ちにステッパーに搭乗し、迎撃態勢に入れ! 手隙の者は、対空機銃の銃座に着け!》
俺はロンファも缶詰も置き去りにして、整備ドックへと駆け出した。
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