第5話

「このっ! 少年兵上がりが! てめえらがちゃんと戦わねえからっ! 正規軍に被害が出るんだろうがっ!」

「ッ……!」


 いつしかロンファの顔からは、下卑た感情が消えていた。純粋に怒り狂っている。その気迫故に、誰も止めに入ることができない。

 だが、コイツの言うことは間違っている。戦争は、大人たちが引き起こしたものだ。その荷が勝ちすぎて、責任を子供たちや若者たちに押し付けている。

 要するに、誰が原因で誰が尻拭いをさせられているのか、その認識が逆なのだ。


 ロンファだって、俺と同様に両親を早くに亡くしている。だからこそ、ステッパーのパイロットなどやっているのだ。それなのに――。


「お前だって、仲間だろうがッ!」


 はっと目を見開くロンファ。振り上げた右腕が止まっている。

 その隙を逃すほど、俺は甘くはない。下ろされているロンファの左腕を掴み込み、手首を折らんばかりに捻った。


「がッ!」


 短い悲鳴を上げるロンファ。バランスを崩し、右腕を着いて重心が揺らぐ。今だ。

 俺は思いっきり身体を捻った。腹這いになる要領で、ロンファを振り落とす。半回転し、今度は俺がロンファを殴りつける。


「謝れ! 俺の戦友に……少年兵たちに謝れ! お前なんて、ちょっと操縦技術があるからって、実戦経験もないくせに!」

「ぐあ!」


 血生臭い現場を踏んできたわけでもないくせに。

 仲間の身体がばらばらになるのを見たこともないくせに。

 息絶えた仲間に縋りつきながら一晩中泣き明かしたこともないくせに。


「お前なんか、お前なんかにっ……」


 ロンファの顔には、既に痣が浮かび始めている。だが、俺は止めなかった。いや、腕を止められなかった。感情のリミッターが外されてしまったらしい。


 どのくらいそうしていただろうか。ふっと、俺の身体が宙を舞った。続いて、脇腹に激痛。

 同時に視界に入ったのは、整備靴の爪先だ。ロンファのものではない。

 ああ、そうか。きっと、整備士長が見かねて仲裁に入ったのだ。ロンファにも同様に、蹴りが入れられる。喧嘩両成敗ということらしい。


「何をしている、貴様ら!」


 銅鑼を鳴らしたかのような大声が、整備ドックに響き渡る。しかし、声の行き先は俺やロンファではない。周囲の野次馬だ。


「デルタもロンファも仲間だろうが! どうして殴り合いを止めさせようとせんのだ! 一人一人が重要な任務を以てこの場に立っているんだぞ、それを忘れるな!」


 ひとしきり怒鳴り終えると、整備士長は俺とロンファに手を貸した。ぐっと引っ張り上げられる。

 すると整備士長は、俺たち二人にだけ聞こえる声でこう言った。


「よくも士気を下げてくれたな、二人共。明日の朝飯と昼飯は抜きだ」


 返答もできず、俺たちはぼんやり立ち尽くした。


         ※


 語り終えると、リアン中尉が眉間に指を遣っていた。気まずい沈黙が訪れる。

 俺に考える時間を与えるつもりだったのだろう。しばらくしてから、中尉が口を開いた。


「デルタ、あなたも自分のことに責任を持ちなさい。この基地を運用するには、どうしてもあなたの腕が必要なのよ。それを人に、よりにもよってパイロットに向かって振るうなんて」

「申し訳ありません」


 ふう、とため息をつく中尉。腰に手を当て、目を細めながら遠くを見遣っている。

 それを見て、俺は再び俯いた。


「でも、まあ」


 ふと、優しい感触が俺の頭部に載せられた。どうやら俺は、中尉に撫でられているらしい。


「そんな仲間思いな人、嫌いじゃないわね」

「え……?」


 それって、俺のことか? すると、中尉はさっと手を引っ込めた。


「私はもう少しここにいるわ。子供はもう寝なさい」

「なっ! こ、子供って……!」

「上官の命令には従うものよ、デルタ伍長?」


 見事なウィンクをキメられ、俺は自分が赤面するのを感じた。今日だけで何度目だ?


「りょ、了解! 失礼致しました!」


 顔に血が上っているのを悟られまいとして、俺はくるりと回れ右をし、ギクシャクした動きで屋上をあとにした。


         ※


 そうは言っても、リアン中尉との遭遇で、頭も心臓も興奮し切っている。眠れるはずがない。俺は手をズボンに突っ込みながら、宿舎を出て隣の整備ドックに移った。

 

 ガラガラと鉄扉を細く開き、身体を滑り込ませる。照明はいらない。月光が、そこら中に鎮座したステッパーの丸い装甲板に反射している。薄暗いが、歩くのに支障はない。

 整然と並んだ、金属製の殺人機動機械。


 安心しろ、デルタ。ここにあるのは味方の機体だ。ステッパーだからって、敵じゃない。

 そう頭では分かっている。しかし、一人でここに来るのは、正直気が引けるものだ。

 五年前だって、僅かな間とはいえ、俺はたった一人で敵のステッパーに対峙したのだ。


「やっぱり一人で夜中に来るところじゃねえよなあ……」


 それでも俺はやって来た。目的の部屋は、キャットウォークの下をいくつか潜った先にある。カードキーを翳し、スライドドアを空ける。足を踏み入れると、ドアは同時に閉じられた。

 それを確かめてから、俺は改めて室内を見渡した。頭上の蛍光灯が自動で点灯し、大き目の、しかし一人掛けのソファが目に入る。

 

 もちろん、ただのソファではない。肘掛に、レバーやボタン、スイッチの配された特殊な装置だ。ステッパーの操縦シミュレーションマシンである。実物を動かすより、まだ気が楽と言うものだ。


 ソファに座り込むと、ちょうど部屋の反対側に配された大き目のディスプレイが目に入る。俺は、実物と同じように起動スイッチを入れ、ディスプレイに光が灯るをのを待った。

 最初に映されたのは、カウントダウンだ。十秒ある。その背景として、今回の戦場となる場所の光景が構成されていく。


「チッ……」


 俺は思わず舌打ちした。映像は市街地を映したものだ。否応なしに、五年前の洋館を思い出す。


 十秒はあっという間に過ぎ去り、『状況開始』の文字が表示された。こうなったら、もう進むしかない。

 初めに出てくるのは、歩兵や戦車といったもの。機動性の高いステッパーなら、簡単にあしらうことのできる相手だ。


 問題は、三分ほど経過したのちに現れた。敵ステッパーだ。

 資料不足で五年前の姿のままだが、いや、だからこそ俺は恐怖する。両手が震えだし、まともに重機関砲の狙いを定められない。


「う、あ」


 当たらない。当たらない。当たらない!


「うあ、うわああああああ!」


 敵ステッパーが全速力で駆けてくる。武骨なブレードを振り上げる。容赦なく振り下ろされる、分厚いブレード。そして、ディスプレイが真っ黒に塗り潰された。


「はあっ! はあ、はあ、はあ……」


 俺が慌てて立ち上がると、画面に赤い文字が表示された。『本機は撃破されました。パイロット死亡』とのこと。

 

「馬鹿野郎、誰もくたばっちゃいねえよ……」


 俺は起動スイッチを長押しし、シミュレーターの電源を落とした。それから再びカードキーを翳して、内側からスライドドアを開ける。

 

「はあ……」


 数歩歩き、壁に背を着いて体重を預けた。頭が痛い。吐き気がする。

 こんな調子で、今日一日乗り切れるのだろうか? 朝飯も昼食も抜きだというのに。

 まあ、食わなければ吐くものもないか。


 そんなくだらないことを考えていると、床に落とした俺の視界に、整備士用ブーツの爪先が入って来た。


「またシミュレーションかい、デルタ?」

「まあな」


 声をかけてきた人物。俺が心を許せる、数少ない人物だ。


「お前こそいいのか、ルイス? まだ夜中だぞ」

「ああ。昨日の損傷機の換装部品をリストアップするのは手間だし、僕がさっさと済ませてしまおうと思ってね」


 顔を上げた時、俺の前に立っていたのは、長身痩躯の少年だった。

 ルイス・ローデン伍長。この基地で最も腕のいい整備士であり、技術開発者だ。俺と同い年だが、落ち着いた物腰から年嵩に見られることも多い。


「ところでデルタ、君はどうしたんだい? こんな時間にシミュレーションだなんて、珍しいじゃないか」

「眠れなくてな。他にやることもないし、まあ、いろいろと」

「ほう」


 眼鏡の奥から、興味の色が垣間見える。

 星空を見ようとしたらリアン中尉と出くわしてしまい、恥ずかしくなって逃げてきたとは言えない。言えないのだが、ルイスは意味あり気な表情を作ってコクコクと頷いている。

 それから爽やかな笑みを作り、こう言い放った。


「安心しなよ、デルタ。リアン中尉だって、君の気持ちには気づいているさ」

「ぶふっ!」


 俺は思わず吹き出した。


「な、ルル、ルイス、お前、どうして……?」

「図星、みたいだね」


 爽やかさはそのままに、悪戯っぽく頬を上げるルイス。


「ほら、さっさと損傷機の確認に行くぞ!」


 俺は自分の身体を両手で跳ね飛ばし、ルイスに先だって損傷機の下へ向かった。

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