第百時限目
「松川って松澤でしょ?」
「……」
「何でお母さんに嘘付くの?」
(霧島君は知らないんだ)
「間違えただけ。訂正するの面倒だからそのままにしてるだけだよ」
「ふぅ~ん…」
中々帰ろうとしない霧島君に、ほんの少しイライラした。
「今の所、俺が1歩リードだね♪」
「はぁ?」
「二股掛けてる松澤と一途な俺、どっちがお母さん気に入ってくれるかなぁ~」
「…別にお母さん誰にでもあんなだし」
「あ、俺敦子さんとは手を引きましたんで!」
イライラのバロメーターが徐々にMAXへと近づく。
「拓だってあっちゃんと別れたよ?霧島君が何処まで知ってるか分からないけどあっちゃん妊娠してないし!」
「あ~、確かに松澤の子じゃないけど敦子さん妊娠はしてたよ?」
「……してた?」
「うん。ダメだったみたい…そりゃあんなに激しく部活したり走ったりすれば赤ちゃんダメになっちゃうよ。」
知ってる人なら分かると思う。
剣道は竹刀で頭、手首、そしてお腹を叩く
いくら胴を付けているとは言え、振動だって来るし決して穏やかな運動量では無い。
「…誰との赤ちゃんだったの?」
「さぁ…それは教えてくれなかった。とりあえず松澤ではないね。松澤と付き合った時は既に妊娠してたから」
頑張ってあっちゃんのお腹にやって来た赤ちゃん
あっちゃんだって、どんな事をしたらダメになっちゃうか位知ってるはず
なのにどうして…?
「ちなみに俺でもないよ!?」
「霧島君は知ってたんでしょ?」
「え?」
「あっちゃんが前から妊娠してた事」
「うん」
「ならどうして剣道するの止めなかったの?」
「……ごめん」
死んだばあちゃんが良く言ってた。
昔は食べ物に困って母乳に栄養を回してあげれなかったって
あげたくても出なくて、でも育って欲しいから知らない女の人の母乳を貰って飲ませたりしてたって。
今はそんな時代じゃない
なのに、どうして昔よりも赤ちゃんが消えて行く確率が多いの……?
「霧島君」
「何!?」
「あたし今からあっちゃん家行ってくる」
「えっ!?今から!?」
時間は、きっと11時はとっくに過ぎてるだろう
「別に明日でも良くない!?」
「明日でも全然良くない。あっちゃんは、絶対何か悩んでるっ!だから聞き出すっ!」
「それ…お節介じゃない?」
「もう嫌われてるからね、今更何言われてもヘコたれないし。昔は大好きな先輩だったんだからやっぱり野放しには出来ないよ。」
拓なら
きっと拓なら同じ事をするはず
どんなに嫌な事をされても
拓は誰かを見捨てたりはしない…
(あっちゃんと、ゆっくり話せるいい機会かもしれない)
「霧島君、あたし財布取ったらもう行くからそろそろ…」
「終電、間に合うの?」
「…ギリギリ間に合うと思う」
「とにかく急ぐから!ごめんね!」
「駅まで送ろうか?」
「大丈夫っ、バイバイ!」
結局霧島君を見送る事無く、あたしは家に入って財布と携帯を別のバックに押し込み、急いで家を出た。
(時間無いからお母さんには後でメール入れよ)
外に出ると霧島君の姿はもう無い。
(今何時だろ…)
そう思い、携帯のディスプレイを見た。
「あれ…着信ある」
あたしは履歴を確認した。
「拓だ…」
着信時刻は霧島君から電話が来たすぐ後。
「全然気付かなかった…」
あたしは走りながら拓に電話を掛けた。
トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル………
「…はい」
(こうしてる時間が勿体無いんだってば~)
(うわ…拓機嫌悪っ…)
「結芽だけど…」
「知ってる…、あのさ…」
「あ゛~ごめんっ!」
「あ!?」
「今あっちゃん家向かってんの!」
「はぁ!?何で?」
「ちょっとね」
「…あれ?お前敦子先輩ん家知ってるっけ?」
さっき気が付いた…
「知らないっ」
「お前…頭大丈夫!?」
拓がため息をつきながらあたしに言った。
「俺の駅で降りろ」
「え―…何で!?」
「先輩ん家までナビしてやっから」
「だって、拓もう寝る時間じゃ…」
「バカヤロ、俺は深夜番組詳しいんだぞ?いいから急いで電車乗れっ!」
「わっ、分かったよ…」
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