第九十四時限目

「わっ、お前急に止まるなっつーの!」




「今何て言ったの?」



「あ?だから、急に止まんなって…」




「違う…その前…」




「え?…あぁ、親父の兄貴の家って言ったんだよ。」





何度聞いても意味が分からない




あの家は拓の家じゃないの?




どうして拓はお父さんのお兄さんと住んでるの?




お父さんは……?





そこで、あたしは霧島君が言っていた言葉を思い出した。





『植物人間』――…






すっかり忘れてた




自分の事だけで精一杯で拓のお父さんの事…



聞いてしまう所だった…






「ホラッ、そろそろ電車来んじゃねーか?行こうぜ!」




いつもと何も変わらない拓の表情



「…何で笑っていられるの?」




「はぁ?今度は何だよ!?」




「本当は無理してんじゃないの?」




「何をだよ?」




「だって拓…っ、あたしに弱音吐いた事一度も無いしっ…!」





駅の外で話しをしていた人達が、次々に駅の中へと入って行く。





「お前は何がしたいんだよ!?全然分かんねぇ」




「拓は自分の事話さなさすぎると思う」




「言ってるじゃん」




「言ってないよ!」





いつも拓の情報は周りからあたしの耳に入って来るだけだった




拓自身から聞いた事なんて無いし、そんな雰囲気になってもすぐ交わされたりしてきた





「…だから家着いたら話すって」




「何で?」




「何が」




「何であっちゃんは拓の事沢山知ってるのにあたしは何も知らないの?」




「…電車来るって」




「あたしのお父さんの事だって…あたしにすぐ話せば良かったじゃんっ!!」






うざったい




今のあたしはきっと拓にとって重くてうざったいだけ






こんな事を言いたいんじゃない




ケンカをしたいんじゃないんだよ?




あたしはただ




あたしがしてもらってる様に、拓の励みになりたいだけ




拓が本当にちゃんと笑える様にしてあげたいだけなのに……







電車のブレーキ音が聞こえ、フェンス越しからは電車に乗る人達が見える。





「…何なんだよ…」




拓が勢い良く繋いでいたあたしの手を振り払った。





「お前何なんだよっ!!」




「何って、あたしは…っ」




「そんじゃあれか!?お前は俺に『家庭を壊した男の娘だから恨んでやります』って言われてーのかよっ!?」



「……」




「弱音って何だよ!?お前がはっきりしねーから…っ」





拓の声が震えているのが分かる






「お前が俺をどう思ってんのかはっきり言わねーから…っ、俺は動けねーんだよっ!!」






何も言い返せなかった



あたしが悪いから




拓が心から笑えないのはあたしのせいだから…







「お前に弱音なんか吐くかよ」





駅の外は電車から降りた人達で溢れかえる。




「拓…」




あたしは、今にも泣き出しそうな拓の側へ寄ろうと足を動かした




その時。




「お前…まだ分かんねぇの?」




「え…?」





あたしが歩み寄った分、拓も何故か後退りをして、こう言った。







「お前のそーゆう中途半端な態度が1番俺を苦しめてんだよ!」







拓の悲しい顔




きっと




これが本当の拓なんだよね…?







「今日は…もう帰れ」




とても低い拓の声が、あたしの胸に突き刺さる






そして、拓はあたしを見る事なく駅の中へと走って行った。



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