第九十時限目

「何ムカつくって…」



「いい子ぶってんの?3股掛けてるくせに?(笑)」




敦子先輩の言葉に、あたしは声を失った。




(何で知ってるの…?もうそんなに広まってるの?)





「何だよ3股って?」



何も知らない拓が、眉間に皺を寄せながら敦子先輩に聞いた。




「拓知らないの?結芽可哀想なんだよ~?」




『可哀想』




そんな言葉を使う割には顔が緩んでる先輩。




「なんかねぇ~」







言わないで




拓にだけは




拓にだけは、こんな情けない噂絶対知られたくない…







「あっちゃん辞めてっ!!」






必死だったんだと思う




あたしは無意識に拓に駆け寄り、耳を塞いでいた。



「あっちゃん酷いよっ!?」




まだヒリヒリ痛む脇腹を押さえながら、力一杯敦子先輩を睨んだ。




「あたしが言わなくたって、明日には拓の耳に入るんじゃない?」



「あたし知ってるんだから!」




「何が?」




「霧島君にお願いして何か企んでたでしょ…っ!」





少しは慌ててくれると思った。




でも…





「知ってんなら早く霧島とくっつきなよ(笑)」




「な…っ」




「どうする?」




「え?」




「3股疑惑流したのがあたしだって言ったら」







生まれて初めてだった。




あたしは拓の耳から手を放し




敦子先輩に思い切り平手打ちを喰らわせた。






「結芽…っ!」




「ゆ、結芽ちゃん!」



拓とあっくんの声で、ハッと我に返った時…




すでに敦子先輩の顔からは完全に笑顔が消えていた。






「ご、ごめんねっ…」



「……」




「結芽は悪くないだろ」




拓があたしをかばう。




「敦子先輩、俺やっぱり先輩の事好きになれないわ」




「……」




「先輩性格悪すぎ。正直腹立つわ」




「ちょっと拓…っ」




「悪いけど、結芽耳ちゃんと押さえてねーから全部丸聞こえ。」




「え゛っ!?」




「どんな噂かは知らねぇけどさ…」




拓が後ろからあたしの髪の毛をグイッと引っ張る。




「いたっ…」




「先輩、よ~っく見てて。」






これで4回目。





拓がまたあたしにキスをした。




「――っ!!」





頭は両手で押さえられ、目は開けたまま。




しかも、彼女の敦子先輩とバンド仲間のあっくんの目の前で




体を退けぞり、顔だけを拓に捧げるとゆうかなり不細工な格好であたしは固まった。





(何これ…?あたし何されてんの?)




不細工な体制から、何とか立て直そうとした時




急に拓があたしの頭を放し、あたしはそのままブリッジの様な情けない体制になった。







「先輩分かった!?」



あたしの頭上で拓が敦子先輩に言う。




「俺が好きなのはこいつ、『あたしと付き合えば結芽は楽になる』なんて言ったから付き合ってみたけど、こいつ泣いてばっかじゃん。」




(あっちゃんあたしを応援する様な事言ってたのに…)




「それに妊娠だって絶対俺の子じゃないはず。その前に検査反応俺に見せてくれなかったじゃん?」




敦子先輩が拓を睨みながら言った。




「拓の子だってば!…ってか逃げんの?」




「逃げねーよ!…俺先輩とは絶対ヤってねーっ!」




「した」




「してない」




「酔ってたから忘れただけじゃん?」




「俺が忘れても息子は忘れねーっ!」




あたしは食べてたプリッツを吐き出してしまった。





「拓変な事言わないでよっ!」




「いや、マジで」




「いやいや、こっちがマジで」




「……見る?」




「は!?バッカじゃないの!?」




論点がズレ始めて来た会話





そんなあたし達のケンカを敦子先輩の1言によってまた冷たい空気に引き戻された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る