第八十九時限目

「苦しかったよな…ごめん。」




お互いの口が離れ、拓があたしの体を静かに放してくれた。





「結芽?」




「……」




「おい、」




「…何なの?」




「え?」




「拓は何なのっ!?何がしたいの!?」





今までずっと




ずっと我慢してきた気持ちが溢れ出す。






「一体何?拓、あっちゃんいるよね!?なのに何でこんな事すんの?信じられないっ!!」



「結芽ちょっと聞いて」




「聞かない」




「いーから聞けっつーのっ!」




「絶対絶対聞かないっ!!」




拓とのキスで驚き、一旦止まったはずの涙がまた流れ始める。





あたしは両手で耳を塞ぎ、目を閉じて床に座った。





(拓の言い訳話なんて聞きたくない…)



「結芽」




いくら強く耳を押さえても、手の隙間から入って来る拓の声




それでもあたしはテレビの音量を上げて聞こえないふりを続ける。



その時




耳を塞いでいた両手を取り押さえ、拓があたしに言った。





「敦子とは別れるよ」




(…え…?)




「何言ってんの…?」



あたしの手を放し、タバコに火をつけながら拓がゆっくりと話し始めた。






「お前さ、過呼吸で運ばれた時あったろ?そん時にさ、敦子に言われたんだよね」




「……何て?」




「『結芽をこんなにしてまで付き合いたいのか』って」




「違うよっ、あれは…っ」






拓のせいじゃない




あたしが悪いだけ




あたしが勝手に興奮して過呼吸を起こしただけ




拓はちっとも悪くない…



「俺強引過ぎたじゃん?だから、お前断れなかったんだろ?」




あたしは思い切り首を横に振る。




「違うよ…っ!あたし、本当に拓の気持ち嬉しかったよ?」




「お前、押しに弱いもんな(笑)」




「だからそーゆうんじゃなくて…」




「まだ続きあっから聞いて」




「……」




「敦子の妊娠の事だけど…」






『妊娠』





その言葉を聞き、あたしは目をギュッと瞑った。





「あれさ…」




拓が言い掛けた時だった。




「何言ってんの?この子は拓の子だよ?」





部屋のドアが開き、敦子先輩と何故かあっくんも一緒に入って来た。






「あっちゃん!いつ来たの!?」




「さっき。玄関先で『こんにちわ』って言ったんだけど誰も出て来てくれないから勝手に上がらせて貰ったの」



(いつからいたの…?ずっと、聞いてたの?)




今思えば、車のエンジンの音




あれはあっくんの車の音だったのかもしれない





「拓~」




敦子先輩があっくんをそっちのけにして拓の隣に座った。




「ねー拓。」




「何すか…」




「あたし、別れないから」




あたしの目の前で、わざと拓の腕に絡み付く敦子先輩。




「あのさ…俺やっぱり敦子……敦子先輩の事は…」




「じゃぁ結芽に言っていいの?」




「は…?あたし…?」




敦子先輩の一言で、拓の顔が一瞬こわばった。






「結芽ちゃん。」




あっくんがあたしの隣に座り、こう言った。



「ごめんね、俺も敦子から話しは聞いちゃったんだけど…多分聞かない方がいいと思うよ?」




「どうして?」




「だって…」




あっくんが横目で拓の顔を見る。




「拓…?」




「…お前は知らなくていい」





まただ…




またあたしの中で解決しない悩みが増えていく。





「拓は結局あたしと別れるの?別れないの?」




敦子先輩が拓のポケットからタバコを取り出し火を付け始めた。




「ちょっとあっちゃんっ…!」




「何?」




「何って…タバコ…吸うの?」




「最近イライラばっかりだからね」




「ダメだよっ!赤ちゃんいるんでしょっ!?」




あたしは敦子先輩から無理矢理タバコを取り返した。





「結芽ってさ~」




「何…」




「見てるとムカつくわ。」




突き刺す様な言い方。





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