第七十五時限目

「あっちゃんにおめでとうって言ってね」




「敦子、気にしてたぞ…?」




「何が?」




「何か知らねぇけど、『結芽に悪い』って」




そう…




敦子先輩からみたらあたしは可哀想な奴。




「別に…気にしないでって付け加えといて」




悔しい。




何であたしが憐れに思われなきゃいけないの?




敦子先輩はズルイ。




あの日、あたしの拓への気持ちを確信させたのは敦子先輩なのに。



あたしの背中を押してくれたのに。




それが今頃『付き合ってます』だなんて…





「ねぇ…拓」




「ん?」




「1つだけ聞いてい?」




「何だよ?」




「どっちから…言ったの…?」





「…俺から」




(…もうダメだ…聞くんじゃなかった)




いくら空を見上げても、治まる事なく次々と流れる涙。



(やばいっ…霧島君に見られちゃう)




震える声をなんとか押さえ、あたしは霧島君に背を向けた。




「結芽」




拓の低くて優しい声。



「何?」




「こんなの勝手だけどさ…俺、お前とは友達でいたい」




「……」




「もう『好き』とか言わねぇよ…お前への気持ちはちゃんとリセットしたから」




(これ以上、傷付く言葉は聞きたくない…)



「同じクラスだし、委員も部活も一緒だし…それにお前とは前みたいにケンカしたりしてぇし…」





あたしだって前みたいにケンカしたりバカして笑ったりしていたい。




何も考えずに桂太君と菜緒と4人ではしゃいでいたい。




でも、これからあたしの代わりに拓の横にいなきゃいけないのは彼女とゆう名を持つ敦子先輩。




敦子先輩は結構嫉妬心が強い。




拓の事を好きなあたしが、仲良くしてる所を敦子先輩が見たら…




きっとその怒りはあたしじゃなくて彼氏である拓に非難が行くだろう。



「あたし…邪魔じゃないの?」




「…何でお前が邪魔なんだよ」




(あ…今の同情して欲しいみたいな言い方かも…)




「冗談っ(笑)君等のお邪魔虫にならない程度にお付き合いさせて頂きますから」




「結芽…」




もう電話を初めてからだいぶ時間が経つ。




(そろそろ本当に霧島君に悪いし、冗談抜きで帰んなきゃ…)




「拓ごめん、充電も無いしそろそろ寝るね?」




「んっ?あ、だよな…悪い…」




(これが最後の電話になったりするのかな…もう影でコソコソしたくないし…)




「じゃぁ…」




あたしが別れの挨拶を告げようとしたその時…




拓の後ろから声が聞こえて来た。





「拓っ…!」




「敦子…」




(え…あっちゃん…?)




受話器から、拓と敦子先輩の会話のやり取りが聞こえる。




「拓帰ったのかと思った~」




「や、ちょっと電話」



「誰と?」




「結芽だよ」




「結芽…?」




拓がわざわざ外に出てまであたしと電話をしていたのが気に入らないのだろう。




拓の口からあたしの名前が出た瞬間、声のトーンが下がったのをあたしは電話越しながらにも聞き逃さなかった。




「…何の話?」




「俺等の報告…」




「そう、じゃぁあれもちゃんと言ってくれた?」




(あれって…?)




「は?…だってあれはまだ確定してないし…」




「ほぼ決まりだよ?いい!あたしから結芽に報告するから!携帯貸してっ」




「ちょっ、ちょっと待てよ…!」




(痴話ケンカなら電話切ってからにしてよ…)




「あの…!切るねっ」



あたしが言い終えると同時に、丁度良く要充電の音が鳴った。



「本当に切るねっ」




「結芽!」




拓の携帯から敦子先輩の声があたしを呼ぶ。



「…何?」




(…今はまだ普通に話せる程あたしは器が大きくないよ…)




「結芽ごめんね?なんか拓が話して無かったみたいだからあたしが言うねっ!」




「何ですか…?」





「あたし妊娠しちゃったの」



「…え?」




「敦子っ…」




敦子先輩の横からは、拓の焦った様な声。




「これだけ知らせときたくてっ…じゃぁねっ!」





妊娠…?




敦子先輩が?




誰の…?





「終わった?」




随分な時間を待たせてしまったのに、霧島君は文句の一つも言わずに笑顔であたしを迎えてくれた。




「うん…ごめんね」




敦子先輩の言葉が頭から離れない。




(もしかして、拓の子なの…?)




妊娠って何ヶ月で分かるの?




どうやって敦子先輩は分かったの?




2人は今日付き合ったんじゃなかったの?




桂太君と菜緒は知っていたの?




あたしだけ…




あたしだけがまた知らなかったの…?





あたしの中の防波堤が壊れた。




「竹内…」




「霧島…君」




泣きじゃくるあたしを霧島君が抱きしめてくれる。




「き、霧島…君っ…ごめんねっ…」




「竹内」




あたしを抱きしめる霧島君の腕の力が苦しい程に強くなる。




「今から俺ん家に来ませんか?」



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