第五十三時限目

桂太君が拓の部屋をノックし、ドアを開ける。



「拓っ、来たぞ~」




部屋の中からは拓のいつもと変わらない明るい声が聞こえて来た。



「よ~サボリ魔。あれ、菜緒は?一緒なんだろ?」




「あぁ、今来るよ。結芽ちゃんと一緒に」




「結芽?」




菜緒に腕を掴まれ、あたしは勢いで拓の部屋に入る。




「あはっ…どうも…」



一瞬にして顔つきが変わる拓。




「あのね拓っ…」




菜緒が弁解しようとしたその時。




「…っざけんなっ!!」




突然、拓が桂太君にリモコンを投げつけた。




「ちょっと拓!」



菜緒が拓と桂太君の間に駆け寄る。




「…いってぇ…」




桂太君も拓を見る表情が一変。




すると拓が今度はあたしを睨み付けながら言った。



「お前ものこのこ人ん家上がり込んでんじゃねぇよっ!」




「おい拓辞めろよっ!」




「ってか何っ!?お前等も連れて来んなよ!こいつの顔見るとマジ吐き気するっ…!」




「拓言い過ぎだよっ!」




あたしに気を使って拓を責める菜緒。




「お前等マジうざい。桂太もいい人ぶってんなよ」




「俺はお前が何も話してくんねぇから…」




「いい迷惑だしっ!バカじゃん?お前等」




あたしの視界には、拓の胸ぐらを掴む桂太君の姿。




「おい…おめぇこそ調子乗ってんなよ…?」



「桂太も辞めてってばっ!」




今にも取っ組み合いになりそうな2人を必死に止める菜緒。




「結芽も何とか言ってっ!」




菜穂の一言にハッとし、3人に近づこうとした時。



「他人が俺の了解も無しに部屋に入ってくんなっ!」




拓からの撃沈の一言。



「拓っ!!」




菜緒を押し退け更に掴みかかる桂太君。






何で?




何でここまでするの?



あたしがすぐに答えを出さなかったから?




過呼吸で迷惑かけたから?




桂太君と菜緒は悪くないのに…




ただ心配してやった事なのに…




どうしてこんな酷い言い方するの?






あたしは無意識に拓の元へと歩く。




「何だよ!?」




かったるそうにあたしを見下ろす拓。




「ねぇ、一つ聞いてい?」




「あ?」




「あたしうざい?」




「は?」




「は?じゃなくて、うざいかって聞いてんの」




人をバカにした様な目…




こんな拓、拓じゃない。




本当のあんたは…




あたしが…




あたしが好きになったあんたは…




「拓…」




菜緒が拓に何かを言いかけた次の瞬間…



「うざいね、消えろって感じ」





足がすくむ。




辛い…




冷たい目であたしを見る拓が怖い…




本当は声を出して泣いてしまいたい。




でも…




あたしにだってプライドはある。





(泣いてたまるかっ…)



あたしは全身に精一杯の力を入れた。




「何か言えよブス」






プツンッ…





音がするのは初めてかもしれない




あたしの堪忍袋の緒が切れた。





「この間の返事」




「何!?」




「面倒くさいけど今言ってあげる」




今度はあたしが勢い良く拓の胸ぐらを掴む。



多分、これが最初で最後の人の胸ぐら。




「結芽っ!?」




「ちょっと結芽ちゃんっ!!」




「2人も聞いてて。証人ね」




震える声を深呼吸で整え頭1個分の差はある拓を睨みながらあたしは言った。




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