第三十二時限目
「磯田、今日結芽ちゃんに告白するって!」
「え゛ぇーっ!!」
「マジでっ!?」
菜緒の歌声以上にデカイ声を張り上げるあたしと拓。
「あたし帰るっ!」
「ちょっと待って結芽ちゃんっ!磯田さっき駅にいたから今帰っても鉢合わせだよ!?」
「そんなぁ~…」
「結芽ちゃん磯田嫌い?」
「…苦手…」
「そっか…でも、磯田はかなりの手応えを感じてるみたいだけど?」
「お前、なんか変な態度取ってんじゃねぇーの?」
拓が足を組んでソファーにもたれかかりながらあたしに言った。
「絶対してない」
「磯田もさ、自分で納得しないと満足しない野郎だから…とりあえず結芽ちゃん告白されて?」
「あたし断るよ?」
「勿論いいよ。磯田もしぶといだろうけど…」
「分かった…」
「それから拓」
「何だよ?」
「お前はキレんなよ!」
「は?」
菜緒が歌い終わり、会話に混ざって来た。
「何の話~?」
その時だった。
「ど~も~!!」
本日の問題児が登場。
「結芽ちゃ~ん!カラオケ行くなら俺も誘って~」
「アハハハ…」
何気無しにあたしの横に座り、間に本も置けない位密着。
(うえっ…暑苦しい…)
「ねぇ、結芽ちゃんヴィヴィアンウエストウッドって知ってる?」
(出たぁーっ!!自慢話!)
いつになくテンションが高い磯田君。
気が付くと、磯田君の手があたしの後ろのソファーにまで伸びている。
(ちょっとー…この人おかしいっ!)
あまりの接近に堪えきれなくなり、あたしがトイレに逃げ込もうとした時だった。
「おい」
くわえタバコをした拓が、磯田君を見ながら言った。
「おい、拓っ!」
桂太君が慌てて止める。
今まで聞いた事がないくらい低い声の拓…
きっとこの日から。
この日からちょっとずつ何かが狂い始めていたのかもしれない…
「何だよ拓?」
磯田君が軽く眉間に皺を寄せながら拓の方を向いた。
誰も歌う事無く静まり返っている狭い部屋の中で、拓の一言で重い空気が漂っている。
「あのさぁ~…」
「だから何だよ?」
あたし達は、ドキドキしながら拓の言葉を待つ。
次の瞬間…
「こいつは辞めとけ~!足くせぇぞっ!ダッハハハ…」
「…は?」
拓以外全員の顔がひきつる。
「あれ?みんな知らなかったの?あらら…」
あたしの頭には溶岩が溜まる。
「拓…お前何歳だ?」
さすがに呆れ顔の桂太君。
「だってこの間の桂太ん家の時、こいつ足臭かったもん」
「それはね、拓…」
菜緒が拓に説明しようとした時、ついにあたしの頭が噴火した。
「拓」
「え?」
「首…今から絞めていいですか?」
「は?やだねっ」
「間違えた。『首、今から絞めます』だった」
「え゛、ヤダっ!」
「うるさいっ!逃げるなバカ拓っ!」
「桂太っ、助けてっ!」
「お前が悪い、そしていつもお前が悪い」
「菜緒っ!」
「あのね拓、あの日結芽はブーツ履いてたから足が蒸れてたのっ!あたしもブーツだったから蒸れて少し臭かったし…」
「少し?俺、鼻もげそうだった」
「結芽…絞めていいよ」
菜緒からも了解を得、桂太君と菜緒に押さえつけられる拓に近付く。
「ちょっと、冗談じゃんっ、君達大人気ないよ!?」
拓が必死に抵抗する。
「1番大人気無いのはお前だーっ!」
あたしは身動き出来ない拓の首に手を回したが、拓にとって更に1番の弱点を狙った。
「ダーッハハハハハっ!!や、辞めろぉ~っ!!」
「拓、脇弱いもんね~?」
暴れまくる拓を、必死に桂太君と菜緒が押さえる。
「ちょっ、本当お願いっ!」
「拓、結芽ちゃんに謝れ」
桂太君もコチョコチョに参戦。
「分かったっ!だから1回辞めてっ、謝るからっ」
あたし達も大の男をいたぶるのに疲れ、一旦拓を離す事にした。
「ホラ、拓謝れよ」
桂太君が拓の体を起こす。
拓の口からちゃんとした謝罪の言葉が出ると思いきや…
「ごめりんこっ!!」
「ふざけんなっ!しかも切れんなっ、バカ拓!」
再度拓は捕まえられ、今度は桂太君、あたし、そして奈緒も加わっての攻撃。
「ウソウソっ!ご、ごめんなさいっ!!」
半泣きの状態でやっと観念し、拓への虐待が終了した。
「…ったく!何で拓はいつもこうなの?」
「結芽、拓は昔からこうなんだよ…」
菜緒が息を切らしながら言う。
「つ、疲れた…部活より疲れた…」
ワックスでセットされていた髪はみる影もなく爆発し、制服はボロボロ。
拓はソファーにゴロンと横になった。
「すいません…」
「へ?」
(あっ…)
声のする方へ顔を向けると、磯田君がかなり怒った顔であたし達を見ていた。
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