在職日数22日目

「――ハッ!」


 太郎が攫われて数分後、テダンは意識を取り戻した。緑の髪を巻き上げられた葉でさらに新緑で装っている。ブンブンと頭を振って木の葉を取り除いた。


『無様ね』

「……何だよ、シノビー。見てたのかぁ?」


 肩口で鈴を転がしたような、それでいてぼやっとした声がする。うふふと蔑むように笑いながら、小さな妖精は飛翔した。煽るようにテダンの周りを回りながら声を掛ける。


『ずっと見てたわよ、ふふ。可笑しくてお腹が捩れそう!』

「もー、いたなら声掛けろよな! ソーリにも挨拶してないだろ?」

『だってあのオヤジ、趣味じゃないもの! あんただって本当はアタシ好みじゃないんだからね!? 話してやってるだけでもありがたいと思いなさい!?』

「あー、うん。感謝してる」


 純粋に笑うテダンを冷たく見下ろしながら、シノビーは虫のような翅を止めた。ピーコックグリーンに薄く光っている体は実体がない。カーニバルス=カハクは食人樹の精霊で幽体なのだ。人をおびき寄せて取り込み、その栄養を喰らうのだった。


 それを無理やり引き剥がしたのがテダンである。趣味の異性ではなかったので契約を結ぶ気はなかったのだが、彼の植物に対しての魔力は桁違いだった。しかし他の分野ではポンコツ。少しは期待したシノビーだったが、やがて主人である彼の前からも姿を消すようになった。


『ったく、アタシは知らないからね?』

「え! そんなぁ!」

『アタシが教えなくても、アンタならだいたい分かるでしょ?』

「あー、じゃあやっぱり、自然共存派の森乙女(フォールネス)たちかぁ」


 シノビーは答えない。間違っているときの修正はするが、正解のときのやりとりに意味を感じられないからだ。ただ単に、テダンと言葉を交わす回数を減らしたいとの気持ちもある。


「だとすると、ちょっと厄介だなー」


 だが、そんな性格をよく知っているテダンは、特に気にした様子もなく立ち上がった。ズボンの裾を軽くはたいて、細かい草を落としていく。森に来ると聡明さが発揮されるようで、普段より頭の回転早く、状況を理解した。


 きっとソーリは、自分と間違えられて連れ去られたに違いない。この森に置いて重要視されるのは、総理大臣でも学園長でもなかった。

 森の救世主チェイル・ゴーダの孫である。共存派は祖父の威光をいまだ追い続けているので、その子孫を立てればこちらが有力になると思っている。それでもテダンがライランに頼み込んで森に来たのは、いま宗教の派閥争いで自然が脅かされているからだ。ゴーダの影とは関係なく、植物が淘汰されるのは見過ごせなかった。


「居場所は探査魔術で何となく分かるけど、いま行くのは危険だな」


 唇を尖らせてテダンは思案する。共存派は穏やかな思想に隠された過激集団だ。群れを抜ける者は徹底的に除外される。女たちは暴力で理論を捻じ伏せ、自然と共にあることが絶対の正義だと勘違いしているのだ。祖父が伝えたかったことはそういうことではないのだが、これでは本末転倒である。


『いっそのこと、破壊派の本陣にでも乗り込んでみたらどうかしら?』


 クスクスと妖精は、事を引っ掻き回そうと突拍子もない助言をした。破壊派はチェイルの血筋などは関係ない。ただ病から来る恐怖を取り除こうとしているに過ぎない。それでも悪いのは植物だけではない。


 テダンにしてみれば、そのどちらの考えも了承できるものではなかったが、安全性と話し合いの機会を思慮して、使い魔の提案に乗った。


「なるほどな! それもいいかもしれないぞ!」

『えっ……?』

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