在職日数17日目
「そ……そんなことはありませんっ!!」
声を上げたのは、太郎だった。いまだ尻込みをしてブンの後ろに隠れているが、主張ははっきりと言ってのける。そんなことがあっていいはずはないと、必死に叫んでいた。
「ふ、福祉は、皆のためにあるのです! 強いとか弱いとかで、受けられる幅が変わるものではありません!」
所得の違いでは制限があるが、人の立場や力量の差で変化があるものではない。ウァーグはもしかしたら、悲しい想いをしたのかもしれない。ならば自分が、これから福祉を育てなければいけない。
「話し合いを! この街をもっと良くしたいのです!! わたくしと話し合いをしてくださいませんか!?」
頭上ではなおも光る蝶が、薄いバリアの天井にぶつかっては弾けている。日本では考えられないような攻撃を受けて、太郎はうろたえながらも、ええいままよと交渉を続けた。
「まずは遊郭解体を考えております! ミス・ウァーグには申し訳ないと思いますが、それなりの就職先を考えましょう! 政治的斡旋とはいきませんが、わたくしもお手伝いいたします!!」
「ウルサい! どれだけ苦しんだか、お前には分からないだろう!?」
「わ、分かりません! でも、でも……! これからこの場所の改善をしたい気持ちは、譲れません! わたくしにもこの土地にも、ミス・ウァーグが必要なのです!!」
「あたくしが……必要?」
ぴくりと指先を跳ね上げ、ウァーグは眉根を寄せる。蝶が乱れて、ふい、と消えかけた。ブンは一瞬の隙を突いて、熱風を巻き上げる。
「くっ……!」
堪らず遊女たちが身構えるが、実体のない熱には太刀打ちできないようだった。
「ミスター・ブン、ちょっと、そのお手柔らかに……。我々は戦いに来たのではないのです。政策を打ち立てに来たのですよ」
太郎のその言葉には嘘偽りなく、ウァーグは面食らった。ブンとの戦闘で互いを認めざるを得なくなったのだ。いまだチリチリと目線で火花を飛ばしているが、涼しい顔を保ちながら一応話に応じてくれている。
「それで? 遊郭を撤廃しようとするのには納得いかぬのだが? それ相応の考えはあるのかえ?」
威圧的に訊かれると、魔術を使っていないのに委縮してしまう。太郎はそれでもブンを護衛と信じ、力強く発言した。
「そう、ですね。まずは撤廃してからのお話をしましょう。開ききった貧富の差を食い止めることが最優先です。他の土地のことはいまだ勉学中ではありますが、ここはヒドイ」
先の貧困した子どものことを想えば、胸が痛む。ここにはまだまだ苦しんでいる子どもや身売りをしている者がいるのだろう。
「全体の何パーセントくらいが裕福、もしくは困窮していらっしゃるか、把握しておいでですか?」
「はぁ? そんなのあたくしが知ったことではないわえ」
キセルの煙を吹きかけられて、太郎は困惑した。それでもカリスマ的な彼女には、ひと働きしてもらわねばならない。
「ソウマ、それなら私がだいたい知っている。最新の情報ではないが、富裕層は二割程度だ」
「二割、ですか」
助言をくれたのはブンだった。ここだけの話に限定されるだろうが、地球世界に比べれば多いほうだ。しかし、と太郎は考える。基準にも寄る話なので、そこをはっきりさせておかねばなるまい。
「あ、その、どのくらいの資金を持っていらっしゃる方が対象になるのでしょう? ここの価値は良く分からないので……」
学園では資金は必要なかった。いま思い返してみれば不思議な感覚だったが、謎の世界に連れて来られて考えもしなかったのだ。いけない、いけない、官邸に帰ったらきちんと世話になった分を返していかねば。
「そういえばこちらの受付で魔石がうんたらと仰ってましたが……五百? あれば富裕層の認定ですか?」
「いや、資産であれば魔石三百ほどあれば充分に大富豪だ」
「ハッ! 三百ぽっち、あたくしにかかればすぐに使っちまうがね!」
うーん、と渋い顔を作りながら、太郎は高圧的なウァーグを見遣る。しかしここの価値観は、きっと彼女が良く知っているのだ、邪険にする気持ちをぐっと堪えて、指示を仰ごうと話しかけた。
「ええと、ミス・ウァーグ。ちなみに遊女たちのお給料とかは、きちんと出していますよね?」
「それくらいは出しておるわ! ……だが、安いところではどうか分からぬな。なにせここには、客が迷うほど店が立っているからね」
「ふむ、それでは最低賃金の確保から始めたほうがいいかもしれませんね。お給金は魔石ですか?」
「小ぶりになるがね」
三百ほどで大富豪なら、百……いや、年五十ほどあれば生活できるのだろうか。
「ソウマ、小ぶりの魔石なら、月に五つほどあれば充分かとは思われる」
「あー、やはりそうですか。ありがとうございます」
悩んでいたので見兼ねてブンが助け船を出してくれた。計算は得意なほうだが、価値観が合っていないので不安になる。
「では、最低賃金は魔石五つということで!」
「はぁ、うちはいいけど、他の店はどうすんのさ? 五も払えないところはたくさんあるよ?」
「そう、ですねぇ。お店の統合は必須でしょう。それに、本来は子どもが身売りなどやってほしくはないのですよ」
一気に廃止にするとブーイングを受けるだろう。ここが日本でも日本でなくても、誰かの生活が一瞬にしてなくなってしまうなら申し訳ない。困ったと眉を下げると、ウァーグは煙混じりの溜息を吐いて打開策を述べた。
「要は、何かしらの仕事があればいいんだろう? だったら手仕事を売ればいい。ここにはコチョウが残した、変な文化がたくさんあるからね」
「手仕事……、つまりは内職ですね!?」
妻もパッチワークだか何だか知らないが、そういうものにハマっていた時期がある。いまでは高く売れると聞くし、ならばそれを広めればここの特産品にもなっていいのではないだろうか。
「いいじゃないですか! 早速準備しましょう!」
「とは言っても、そんなに纏まった魔石が手に入ることなんて、そうそうないよ?」
「――ある」
確信を持って発言したのはブンであるが、いくら彼でも女の園の内部の話を知っているとは思えなかった。それでも信念は揺るがないらしく、続けて発信する。
「ライラン学長より賜った魔石二千。それで材料を揃えていただきたい。客に手を挙げたのだから、それくらいは依頼してもいいだろう?」
「ちっ、青二才が……! しょうがないね、でもアンタにじゃない。あたくしは、このソウマに賭けてやるよ」
「あ、ありがとうございます……!」
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