在職日数13日目
青年は、恐らくライランより若かった。白く瑞々しい張りのある肌をさらに青くさせている。太郎は案内所で暴れたので、どうにか応接室らしきところへと通された。そこでやっと、管轄を任されているとの男との話が叶ったのだ。
「――以上が、わたくしが感じたことの全てです」
「……はぁ。しかし、その、そうは仰られましても、昔からそうなっておりますし」
「それはいつからですか? 決まっているのでしょうか? そうであれば書面なりなんなり提示していただいてもよろしいですか?」
きっと、このように言われたのは初めてなのだろう。名はウウロ・メッタ。先程もらった名刺には、そのように書かれていた。彼は何が何だか分からないとの感情を前面に出して、太郎の言及を逃れようとしている。
「その……、こちらは先日席を代わったばかりですから、大目に見ていただければと……」
「交代したばかりだからなんだと言うのです!? 弱者に手を差し伸べず、何が行政ですか!」
「ギョウセイ……?」
この大陸には政治は存在しないのでした。そんなことを頭の端で思い出しながら、それでも捲し立てずにはいられない。はっきりと物を言うのは長年の経験から得意ではなくなってしまった。しかし、ここで折れてはいけない。
「今一度見直すべきです! まずはひとつひとつで窓口を分けたりせず、統合できるところは統合しましょう! 例えば入居手続きと取り消しなんかは一緒にできるとは思いませんか?」
「え、ええ? そうですかねぇ……。ですが、それだと窓口嬢に仕事量が増えてしまうのでは……」
「内部に人員を増やしましょう。そもそも窓口ひとつに対してひとりというのもおかしな話です。流れをスムーズにするため人員を増やし、整理券を配布する。順番も分かりやすく呼び出しも簡単です」
色々と政策を打ち出していく中、いよいよ犯罪対策へと話を進めようとしたところでクオガの声が響いた。
「タロウ! 捕まえたよ!」
「ミス・クオガ、助かりました。して、どこにおりますかな? 見当たりませんが……」
「あー、ちょっと暴れたから、入口に置いてきちゃった。取りあえず来て来て!」
楽観的要素が勝る苦笑いをされると、思った通り叔父に似ている。活発なところは似ているのか知らないが、せっかちなのは変わらないだろう。いまだってタロウのみならずメッタともども役所の入口に駆り出そうとしていた。
つい癖でスーツの襟を正そうとするが、両手はそこには届かない。なんたって着ているのは学生服だ。行き場を失くした指は、カラーへと伸ばされる。ここを正しても特に箔はつかないが、気分だけでも入れ替えて席を立った。
「あー、ミス・クオガ。これはいくらなんでもやりすぎではないですか?」
「え、そう? だって、学園ならこれくらいは……」
氷の柱の周りには、ざわざわと人だかりができている。普段は動きが遅いはずの老人も、何事かと浮足立っていた。いまだに椅子に座って、我関せずの者もいるが。
冷たい空気を放ちながらそびえ立つ柱は、木のように石の地面から生えている。同じく氷でできた棘も突き出ているので、本当に樹木のようだ。
件(くだん)の犯人は、その太い幹に磔にされていた。腰と肘のみ穿たれて、少し……いやだいぶ寒そうだ。その人物は、薄くボロボロな服しか身に纏っていなかった。
「えー、おほん……。いや、まずはミス・クオガ。少し拘束を緩めて差し上げたらいかがでしょう……?」
少年に説教でも垂れようと思ったのだが、やはり可哀想に思えてきたので先にクオガに声を掛けた。抵抗しようとしてはいるものの、クオガと太郎、それにメッタや役人に囲まれては下手に動けないだろう。
クオガは渋々ではあったが、氷の大樹を引っ込めて、代わりに手と足に氷の枷を嵌めてやる。また併せて、この優秀な魔女は貧相な少年に隙なく指を突き立てていた。まだ寒そうであったので早いところ話をつけてしまおう。
「さて、君。どうして、ご老人に危害を加えようとしたのですか?」
「……は? とっ捕まえたから何かと思えば、おっさんバカなのか?」
「バッ……! ぐ、い、いえ、暴言は元気がある証拠です。大変すばらしい」
バカと罵られたのはいつ振りか。煽られるのは多々あれど、直接このような言葉を投げつけられたのは久しぶりだった。ケンカの相手も官僚であるので、向こうの立場もある。
「あの、タロウさん。恐らくこの子は、歓楽街から来たと思われます」
見兼ねてメッタは助け船を出す。この大陸の者なら知らない者はいないのだが、交換召喚生と知っているのはクオガとメッタしかいない。
「歓楽街? このような子どもが?」
「ええ、魔力が弱い子は生きていけませんから。そういった場所に出れば、おこぼれを貰える可能性があるんです」
「生きていけない、ですって……!?」
「そしてここへ来たのは、そこでも辛くなったので何か金銭を盗りに来たのでしょう。どこもそうですが、役所は恰好の的なんです」
まるで戦時中……、いや戦後に近いだろうか。政治や法律なども発達できていない土地のようだし、これは丸ごと書き換える必要があるだろう。
しかしいまは目の前の少年か。警察に突き出す必要はあるかもしれないが、その警察も信用できるものか怪しくなってくる。
「このままにはしておけませんしねぇ」
生きていけない、なんて話を聞いてしまうと、かわいそうになってしまう。老婆心ならぬ老爺心で、若者たちには世界を担ってもらいたい気持ちなのだ。魔力が弱ければ補える制度があればいいのだが。それを考えると途方もないが、どうにかしてこの大陸のトップに掛け合う術はないものかと思案するばかりだった。
「タロウさん、皆に確認しましたが、今回は誰も何も盗られていないようですので、このまま元の場所に帰してはいかがでしょう?」
「えっ、ミスター・メッタは……それで、よろしいのですか?」
困り顔なのは生まれつきなのか、表情からは快諾しているのか困惑しているのか分からなかった。
「ええ、元々捕まえなければ何か被害が出ていたのです。何事もなかったのは、良いことですよ」
「む、むう。そういうものですかな?」
太郎は細長い自分の顎を撫で、解決しそうな事柄を納得すべきか考えていた。いや、やはり捨て置けない。
「ミスター・メッタ、申し訳ありません。窓口の話についてはまた今度資料をお送りします。ミス・クオガ、彼を学園まで案内してもよろしいですかな?」
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