在職日数14日目
「それで、連れ帰ってきてしまったのですね?」
ライランは苦笑混じりに、タロウとクオガ、それに引きずられた少年を見ていた。見知らぬ者を勝手に入れるのは危ういと思い、取りあえずかの学長様へ申し立てに参ったのだ。
「入れるとか入れないとかではなく、勝手に連れてくること自体が問題なのですけどねぇ。んー、まあ、いいでしょう」
「ライランおじさま!?」
「えっ、いいのですか!?」
思ったよりも軽く承諾されたので、タロウもクオガも驚愕の声を上げる。ベクトルは違うが、互いに信じられなかった。そして互いに目を合わせ、似たようにライランに向き直る。
「正直言うと、確かに魔力はあまり感じられません。タロウさんほどではないですけどね。……先日清掃員がひとり田舎に帰りましてね、その手伝いであればいいですよ」
「本当ですか!」
「おい、勝手に決めんなよ!」
歓喜の瞬間に口をはさんだのは、やせ細った少年だ。そういえばまだ名前を聞いていなかった。太郎が名を問い質そうとすると、ライランが先に言葉を発する。
「静まりなさい、リーン・ドランコ。きっと名前などないのでしょう? わたしがそう名付けます。一旦はわたしの支配下に置きますが、解呪してほしくば従いなさい」
「ぐっ……!?」
「おじさま! ……いいのですか?」
黙ったドランコと、次に質問したのはクオガだった。太郎は何が何だか分からず、口を挟めないでいる。ちらちらと様子を窺っていると、今度はきちんとライランが説明してくれた。
「役所に提案してくれたお礼ですよ。これで少しはあの渋滞が緩和されるでしょう。拾ってきてしまったものは仕方がありませんし、暴れられても困りますからね。いま軽い主従魔法を使って、ドランコをわたしの配下にしたんです」
「は、配下って……」
そんな、奴隷ではないのですから。とは思ったものの、ライランであればこの少年に酷い扱いをしないのではないかと感じていた。それにここに雇ってくれるのならば、今後食い扶持にも困らないだろう。改めてライランに感謝だ。
「そうそう、ついでと言ってはなんですが、ドランコが住んでいた歓楽街にフィールドワークに行ってみませんか? 三ヶ月しかありませんから、歴史に名のある魔術師なんかを学ぶより直に環境に触れたほうがいいでしょう」
ライランは地図を浮かび上がらせると、まずは学園の位置に指を置く。そこから真下に滑らせて、多くの建物が立ち並ぶ場所を示した。薄く広く伸ばされたエリアは、地図上でも薄暗く見える。
「ここです。ちなみに今日行ったのはこちらですね」
すすす、と今度は左上に指を滑らせて、役所ゾーンへと視線を案内された。近いと言えば近いが、人の足では骨が折れるだろう。それにこんなに薄着で痩せ細っている少年ならばなおさらだ。
「歓楽街から浮浪者が漏れてくるのは、珍しいことではありません。ですが、そろそろ臭いものの蓋を開けなければならないときなのかもしれませんね」
「臭いもの? やはり歓楽街は、問題が山積みなんでしょうか?」
観光地には、闇の部分も付き物だ。煌びやかな分、影は一層暗い。子どもの浮浪者もいるようだし、日本よりこちらのほうがもしかしたら厄介なのかもしれなかった。
「分かりました。すぐにでも参りましょう。査察は大事なことです」
「良かった、助かります。この学園の評判もますます上がりますね」
歯に衣着せぬというか、ライランは建前を使うのが下手だ。太郎は一瞬渋い顔をするが、それは老顔の皺と一体化してすぐに忘れ去られてしまった。
「そうですね。すぐにでも、と仰いましたが、まずは知識をつけなければ。疲れているところ悪いですが、このまま少しお話しても? クオガ、ドランコを連れて清掃長のところへ行ってくれますか?」
「はい、おじさま」
クオガが扉を閉めたあと、その予備知識の付与には、二つ返事で答えた。知っておかねばなるまい。世界を変えると豪語したのであれば、その土地の詳細は必要不可欠だ。ライランは歓楽街ができた経緯を少しずつ語り始めた。
いまから一五〇年ほど前、日本から交換召喚生を招いたのだが、それが遊女だった。若い彼女は魔術の才能もあったが、男を弄ぶ才能にも長けていた。いまは歓楽街のある場所に、彼女自身の城を作ったのだ。
初めはそれでも良かった。彼女が在籍している間は問題なく過ごせていた。しかし交換期間が終了して日本に帰った瞬間に、抑制されたものが爆発したというのだ。元々客は魔力が強い者が多かった。彼らが調子に乗って、弱者を食い物にし始めた。
魔力が弱い者は人としての扱いを受けにくい。この土地はその文化を色濃く受け継いでいる。
「そもそもこの場所があるからこそ、現在の立場は定着したと言っても過言ではありませんがね」
「そんな……日本人の、我が国民のせいではありませんか」
これは早急に対処せねばなるまい。けじめをつけるべきは、この総理大臣だ。
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