在職日数3日目
「それでは召喚魔法、その次。動系についての実習始め!」
快復、と聞いたものだからてっきり病床で臥せっているものかと思われた。しかししゃっきりと背筋を伸ばし、生徒と見られる少年少女に教鞭を執っている。これならばすぐにでも現実に帰れるかもしれない。
「本日はちょうど動系召喚の講義ですね」
「ドウケイ、……ですか?」
はぁ、と溜息をつき、額に浮かぶ汗を拭う。不思議な授業もあるものだ。日本にはまだ自分の知らない、いや知らなくてもいい事案があるのかと思う。官邸に戻ったら、こういう宗教的な授業は即刻やめさせよう。教育機関の視察もやるべきだろうか。
「ほら、皆次々に魔獣を召喚させていますよ」
「まっ、魔獣……!?」
確かに生徒たちの手元には、犬や猫のような生き物が現れている。それもどこから来たか分からない。何もないところから出現しているように見えて、太郎は垂れた目をこすった。
もう歳も歳だし、まぶたの皮膚は伸びているし、細かいものが見えなくても別に変ではない。老いを感じると落胆するが、不可思議現象の言い訳になるなら万々歳だ。
「動系召喚は難しい部類ですが、さすがはキールの生徒。みなさんうまく呼び出せてますね」
ライランはにこやかにその光景を眺めている。そういうことはいいので、早くキールとやらに話を付けてくれ、と思っていたら、ちゃんとこちらの意志は伝わっていたようだ。まるで友人でも呼ぶように、ひげの濃い壮年男性に向かって言う。
「キール、いまちょっと大丈夫かな?」
「む……、ブバール学長殿」
若者たちが軽くざわついたが、良く管理が行き届いているのかキールが手で制するだけで大人しくなった。そうそう、教育機関とは、本来こうでなくてはならない。年長者を敬い、学生は真摯に勉学に励む。わたくしが学生の頃も、このように真面目に学んでいたのです。とはいえ、現代の授業内容は良く分かりませんが……。
「キール、この度は召喚魔術、ご苦労様でした。魔力の加減はいかほどかと思いまして」
「これはこれは、わざわざありがとうございます。ソウマ・タロウ殿でいらっしゃいますね? 此度は吾輩の手違いで、誠に申し訳ありません」
「あ、あぁ、いえ」
思い出した。彼は自分がこの世界で初めて会った人間だ。いかつい男性は丁寧に頭を下げて、謝罪の仕草を取る。次いでやっと現状について教えてくれた。
「栄えある四百年と聞き、魔力のほとんどを魔法陣に注ぎました。快復には……早くても三ヶ月程度はかかるかと」
「さ、三ヶ月ですか!? そんな、困ります! わたくしは日本国の首相なのです。一刻も早く戻らなければ……!」
気抜けしたように、キールは目を円くする。数回瞳を瞬かせて、何か言いたげにライランに視線を遣った。学長はやれやれと、肩をすくめて苦笑して見せる。
「あの、当学園長から聞いておりませぬか? 吾輩の魔力が戻れば、元の環境までお帰しいたしますから。その後は何事もなくお過ごしできるかと」
「ですが……! しかし、半年や三ヶ月もこんなところでのんびりできません!」
太郎がそう息巻くと、ライランはいつになく真剣に言い放った。
「いいえ、のんびりはさせませんよ。タロウさんにはご子息の代わりに、こちらで多くを学んでいただかなくては困ります」
「それは……、その、来年とかでもいいんではないですか? 先も申しましたが、わたくしは学生の勉学をするような歳でもありませんし」
ライランは笑いながら溜息をつき、太郎を強制的に黙らせることにした。右手の平を胸の前に差し出し、白く光る円陣を映し出す。その囲まれた中には、複雑な模様が浮き出ていた。
「まぁ、信じられないのもムリはないでしょう。お互いに、歳は取りたくないものですね。こちらも口頭で説明しすぎました」
最近の若者はすんなりと受け入れてくれることが多いが、やはり心の底からこちらを信用しているものは少ない。選別も、もともと魔法に関心があり、ニホン人でも潜在魔力が高い者を探している。しかし今回は手違いがあったため、ライランは強行突破しかないだろうと考えた。
少々手を焼くだろう。それでも先祖の教えのため、彼にはここで学べるものを持って帰っていただかねば。
「彼の地の先導者よ、我が契約によりここに来たれ。名をカターナ、来臨を許可する」
「わたくしを馬鹿にするのもいい加減に――っ!?」
滑らかな詠唱を行われると、光の円盤が輝き出す。自分がここに呼ばれたときよりかは眩しくなかったが、それでも眩むような刺激はあった。
薄目を開けるとライランの手の上には、一匹の白いネコが後ろ足のみで立っている。こちらには背を向ける形になっているが、違和感はそれで充分だった。いや、むしろ背中だからこそ気付けたというもの。
ネコの尾は二股に分かれており、肩甲骨の辺りに薄い羽根が生えていた。
「こちらはわたしの可愛いペットでしてね。名はカターナ、種族はネコマタコウモリです」
「チィ」
するすると主人の肩を登っていくネコ――、いやネコマ……何とか。日本にこのような生物がいたか? いやまずどこから現れた?
先程の学生たちも、そのようにしていたと認めざるを得ない。謎の現象に謎の生き物。わたくしが知らないだけで、現在の科学は進んでいるのか!?
まさか――! 気付いてはいけない事態に太郎は気付いてしまったかもしれない。口元を覆い、そのおぞましい考えをぽつりと漏らしてしまう。音にするとさらに現実味を帯びてしまって、血の気が引くようだった。
「生物実験……!?」
「えっ、タロウさん!? 誰か医務室に!」
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