在職日数2日目

 事の発端は、とある異世界同士の交流から始まる。片や戦いの渦の中で肉体を鍛えていた者たち、片や魔術を使い精神を鍛えていた者たち。交わることのないふたつの世界は、不思議な縁で繋がってしまった。


 出会った武士と魔術師は、互いの世界の発展のため一年に一度交流するようになった。召喚魔術を使い、日本国から潜在的魔法力を秘めた人物を呼び出す。代わりにブルーム=ブバルディア学園からは武道に長けた者を送り出すのだ。


 双方学ぶ知識が様変わりしたものの、こちらは魔術を提供し、向こうからは武術を習う。古くから交わされた決まりであり、それを破ることは絶対にあってはならない。




「つまりは――」


 何かの手違いで、本来呼ばれるべきだった男子生徒の父親が召喚されてしまった。息子の名前は相馬 龍太郎。確かに年齢は十七歳だ。

 ここが学園というのであれば、学生を求めているのは納得できる。しかしうちの息子はいつの間にここの人と知り合いになったのだろうか。


 訳の分からぬまま学園長室に通されて、訳の分からぬまま薄ピンク色の飲み物を出されていた。見たことがない怪しいものなので、手は付けないでいる。


 白と赤を基調にした格式高い部屋は、思っていた学校の一室とは異なっていた。対面に完璧な見た目の外国人の青年が座し、深く頭を下げられる。


「申し訳ございません、お父さま。まさかお父さまのお名前を詠唱してしまうとは……。完全にこちらの確認ミスです」


「あぁ、いえ。……その、もう少し分かりやすくお話していただけませんか? まずここが……えー、ブ、ブ――」

「ブルーム=ブバルディア学園です」


 一通り、この学園の学長と名乗る若者から話を聞いたものの、さっぱり理解ができない。やはり歳だからだろうか。こういうとき息子は――、いや現代の若者はすんなりと受け入れたりするものなのか? 頭は柔らかいと聞くけれども、謎の環境に何の疑いもなく順応してくれると、日本人が舐められてしまう。


 いやいや、やはり自分の息子であれば、きっと果敢に和の精神を守ってくれるはずだ。そう太郎は孤独に考える。


「あー、その、キリスト系の学校ですかな……。日本語、達者でいらっしゃいますね?」

「ふふっ、これは魔法ですよ。言葉を翻訳させていただいています」

「……はい? まほ、う、ですか?」


 金髪の男性は、顔色ひとつ変えずにそう嘯(うそぶ)く。にこりと柔和な笑顔を湛えて、太郎を見ていた。海外の人はたまにアメリカンジョークを飛ばしてくるのだろう。さてはこちらをからかっているな、と踏んだ。


「またまた、あなたもお人が悪い。あーいや、確かにそこまで達者ですと、魔法を使っているようにも感じます。しかし、それはそちらが努力されたのでしょう? 誇らず超能力のせいにするなんて、海外の方とは思えないほど奥ゆかしいですな」


 日本風に持ち上げておけば、悪い気はしないだろう。それでいままで乗り切ってきたのだ。太郎のリップサービスは大いに効くと思われた。


「ニホンの人は面白いですね。皆さん驚かれますが、そんなことを言われたのは初めてです」


 なおも笑顔を崩さない彼には、効果があったのかは分からなかった。しかし笑っているのであれば気分を害したことにはならないだろう。


 そう合点して、太郎は元の場所に帰れるように交渉する。呼ばれたからこの場に居ると言われても、全く身に覚えがない。どうやって移動させたのか、薄々気付いてはいるものの、肯定までには至らなかった。


「あの、それで、わたくしはどうしてここに居るのでしょう? 早いところ官邸に帰り、会議の準備をしなければならないのですが……」


「先程も申しましたが、ここに居るのは我々が呼んだからです。ソウマ・タロウさん……正確にはリュウタロウさんですが。遠い昔に交わされた約束により、我が学園の交換召喚生に選ばれたのです」


 また分からない単語だ。遠い昔に交わされた? 自分はそのようなこと約束した覚えはない。変に、いち教育機関に肩入れすると、またマスコミに何を言われるか。太郎が顔をしかめていると、慣れたように説明してくれた。


「バタバタしていて自己紹介がまだでしたね。わたしはブバール・ライランと申します。この学園の三十二代学長を務めています。わたしの先祖で初代学長のブバール・デュミは、あるとき魔法の暴走で違う世界へと迷い込んでしまいました」


 しみじみと語ってくれたが、可笑しいくらい夢物語で、太郎の耳にはスムーズに入ってこなかった。


「そのとき助けてくれたのが、とあるニホン人なのです。デュミは文化レベルの乏しいニホンの助けになればと、一年に一度、交換召喚生として学生を送り出すことに決めました。今年は記念すべき四百年目なんですよ」

「よ……、四百年、ですか!?」


 それほど昔のこととなれば、太郎の管轄するところではない。自分が生まれる前、と豪語するレベルでもなかった。


 しかしそのような重大な話、勝手に決められては困るというもの。四百年前となれば江戸時代くらいか。そんな時期の約束をいまだに守っているとは、律儀なのか設定が可笑しいのか。アメリカンジョークなのか、それとも少し気が触れているのか。


 だがそんなこと、口が裂けても言えやしない。この話が長引くのだとすれば、何かのドッキリ番組かとも思われた。どこでカメラに見られているか分からない。


「えー、そうです、か……。あの、こう言っては何ですが、わたくしの国もずいぶんと豊かになりましたので、交換……生はもう不要かと思われます。ですので、撤廃をしていただきたいのですが――」


「しかし、まだ全国民に魔法技術は行き渡っていませんよね?」


 口を開けば、魔法魔法と……。正直それにはうんざりだ。良い歳をした大人が、そんな子供じみた話をするものではない。素晴らしい能力は、おとぎ話にしかないのです。それでなければとっくに自分が使っている。


「あの、何の冗談かは分かりませんが……、とにかく帰していただけませんか? このままでは誘拐事件として訴えますよ!?」

「それならご心配には及びません」


 しかしその脅しはあっさりと躱されてしまった。いったい、このわたくしが誰なのか分かっていないのか!?


「修学が終われば、元の場所と時間に合わせて送り帰します。我々の約束はだんだんと忘れられているようで、調整しなければニホンでは問題が起こるのだそうです。悲しいことですね」


 それはそうだ。いきなり変な場所に連れて来られてしまっては、太郎でなくとも大騒ぎだろう。自分は特に大事で、恐らく神隠しにでもあったのではと最重要で捜索活動が開始されるはずだ。連日ニュースで報道される日々が目に浮かぶ。


「いえ、その、手違いであればすぐに帰してくださいませんか?」


 代わりに息子を差し出すことも憚れたが、どうしてもと言うのであればしようがないことだろう。どうにか権力を使って別の誰かを引き合いに出せないものか。倅には良い大学に入ってもらわねば困るのだ。変な場所で時間を潰させるわけにはいかない。


「それが……」


 そのとき初めて、ブバール・ライランとやらが困った顔を見せた。言いにくそうにするときは、何やら不都合なことがあるときだ。長年の経験からそれは分かっているが、もしかしたら帰宅の試練があるのかもしれない。あまりテレビは見ないが、面白可笑しくするのがメディアの悪い癖だから。


 国のトップを捕まえて何をさせるのかと、太郎は肩を落とした。


「履修終了まで帰れない契約でして……」

「え。……して、その履修は、何時間ほどですかな?」


 さすがに国会よりかは長引かないだろう。履修と言ったが勉学か。もしかしたら数十分ほどで終わってしまうものかもしれない。


「半年ほどでございます」

「はぁ!?」


 冗談じゃない。半年も首相の椅子を開けられない。いや待てよ、それで同じ時間に戻すと言ったのか。長い間、国民が消えれば、行方不明者リストがさらに増えることになる。


 だが本当に信じていいのか? 太郎の頭には不審の二文字がいつまでも残っていた。


「どうにかして早く帰れませんか? 学生の勉学ということであれば、わたくしには不要かと思われます」

「申し訳ありませんが、それはできかねます。召喚魔法は多大なる魔力を必要としますから、キールの快復もまだですし」

「キール……?」


 とは言われても、素直に『はい、そうですか』と頷くはずがない。そもそも肯定するという行為はいつからやっていないのか。勝負の世界では相手を認めるということは、負けを認めるということだ。


 しかしこの何とも言えない状況下で、さすがの太郎も脂汗が垂れ始めてきた。ここでは彼らに頼るほかないと言うのか?


「ハンベア・キールはこの国屈指の召喚士のひとりです。もちろん彼以外にも優秀な者はおりますが――」

「だったら、違う方の協力を仰げばよろしいのではないでしょうか!?」


「そうしたいのはやまやまですが、タロウさんを安全に送り帰すにはキールの力が必要なのです。以前ムリに帰った者もいらっしゃるようですが、正確な位置や時間に戻すことはできなかったようでして……」


 それでは相馬 太郎ならぬ浦島太郎だ。四百年とは言うが、本当に正しいものなのかも怪しい。だって太郎は聞いたことがないから。その理由は元の位置に、元の時間に戻すからと聞いても、受け入れるには至らない。


 いや、しかし。その優秀な召喚士とやらが快復しなければ、自分は戻れないということか。全く向こうの都合の良い話ではあるが、ここにいても何もできない自分が歯痒かった。

 苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見兼ねたのだろう。苦笑しながらもライランが声を掛けてくれる。


「そうですね……、ではキールの様子でも看に行ってみましょうか。快復時期も、己ならある程度分かるかもしれません」


 太郎はフン、と鼻を鳴らし、取りあえずはそれに従うことにした。魔法使いとは言うが、あからさまな杖もマントもない。こういうのが最近のハヤリというものか。周りを見渡してみたが、隠しカメラは舌を巻くほどキレイに隠されていた。

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