総理大臣、アンタが主役!! ~異世界で首相はイチから勉強し直すそうです~

猫島 肇

主役度 ☆☆☆☆☆

在職日数1日目

 ここ、ブルーム=ブバルディア学園は、朝から活気だっていた。ソルアンジェルス大陸の中央に位置する学園は、各地域より優秀な生徒たちが集まる。普段は厳粛な雰囲気を持っているが、いまは別のようだ。壮大なイベントとのことで、興奮を抑えきれないと見える。


 本日は年に一度、異世界からの召喚生が招かれる日であった。


「ねぇねぇ、召喚生って男の子かな? 女の子かな?」

「男の子って聞いたよ」

「えー!? オレ可愛い子が良かったなぁ!」


 皆口々に、同じことを話している。その話題で数日前から持ちきりだった。女の子はいつもより多くの回数、スカートの裾を直したり、髪を整えたりしている。


「だけどイケメンなんだって!」

「ホント!? 楽しみ!」


 シーグリーン色をした瑪瑙(めのう)廊下の上に、バタバタと浮き立つ足音が響く。今回は男子学生とのことで、比較的女子が多かった。皆、眼下の召喚陣(しょうかんじん)から現れる人物を、いまかいまかと見つめている。生徒がひしめくのは両サイドに設けられた一段高い観覧席。中央の窪んだ場所には薄い水晶に紋様が彫られていた。透明だけれど、下にあるはずの地表は見えていない。それほど分厚く、かつ貴重なものであることを物語っていた。


 周りには召喚魔術に長けた講師が四名。それぞれの隅に配置されている。鏡のように、薄く水晶に反射していた。


「おい、あれ見ろよ! 正面はハンべア・キール先生だぜ!」

「栄えある四百回記念だからなぁ。やっぱ気合入ってるね」


 フードを被っているが、あの立派なあごひげは隠しようもない。召喚陣、正の位置に立つのはハンベア・キールという壮年の男性。険しい目つきで手の平に埋め込まれた時計を見遣った。彼は学園――、いやこの国きっての優秀な召喚士であり、寸分たがわず望みのものを呼び出すことができる。


 無機物や元素のみならず、生物や人民までも網羅している。次元を開けることも朝飯前で、本日のイベントには持ってこいだ。


「時間だ。始めよう」


 その言葉を皮切りに、その場に居る全てが押し黙る。いよいよ始まるのだ。衣擦れと息を呑む音だけが反響していた。


「拓けし土地からの申し子よ。我が恵みと交わり、その足を踏み入れんことを許可する」


 淡々と時空使いキールが詠唱を行えば、刻まれた円陣が淡く光り出した。胸元から丸まった紙を取り出すと、彼はやってくる異邦人の名を告げる。


「ん……?」


 そこでひとつ、気になることがあった。名簿を広げてみれば、名前の途中にインクが潰れた跡が見られる。おおかた乾く前に巻いてしまったのだろう。そう軽く思って、咳払いをしてから名を叫ぶ。


「姓をソウマ、名をタロウ。彼(か)は我らの地の先導者となり、我らは彼(か)の地の先導者とならんことを!」


 ぼう、と光が増す。その輝きは直視できないほど。講師も生徒も目を覆い、光が止んだ頃に塞いだ手を開き出す。その中央には、ひとりの男性が腰を抜かしていた。




 日本国、午前十時三十五分。複数の記者がこちらを取り囲む。


「総理! 相馬総理! 何か一言!」

「東(あずま)大臣の件についてですが、どう思われますか!?」

「かねてから友好があると聞いていますが、総理とのご関係は!?」


 そんなに一気に訊かれても、この男では対処ができない。数人のSPに守られながら、車に乗り込もうとした。けれど今回のマスコミはタチが悪かった。こちらの足を一歩も通してくれないのだ。


「あの、東大臣とわたくしは、えー、何の関係もありません」

「本当ですか!?」

「何か聞いていたのではないですか!?」


 痺れを切らして一言伝えたが、ちっとも聞いてくれやしない。仲間内が問題を起こせば必ずこちらが疑われる。そうだろう、だって彼は、この国のトップなのだから。


 トップに立つのは清廉潔白。かつ品行方正で何の疑いもなく過ごせる人だ。人間生きていれば何かしら言われると思うが、メディアに晒される機会が多いと、あることないこと叫ぶ輩も多くなる。


 発言したことで焚かれるフラッシュが多くなり、今日の夕刊にでも載るのだろうと呆然と考えた。


 いったい何のために総理大臣になったのだ。志など、とうに開かずの扉の中だ。言葉は重なって喧騒となり、そしてそれも段々と何を言っているのか分からなくなってきた。フラッシュがさらに強くなる。


「あ、あの、これはいくらなんでも――」


 強すぎではないですか、と言おうとしたが、その声は日本国民には届かなかった。


「ひっ……!」


 目の前には誰か分からない男が現れる。猛々(たけだけ)しく両手を広げ、自分を炯々(けいけい)と見下ろしていた。よく周りを見渡せば左右にも知らない人物がおり、尻もちをついてしまう。


「おや、十七歳と聞いていたが……!?」


 呼び込まれたのは、相馬 太郎、五十五歳。遠い異世界の、日本という国の首相である。


 この日、日本からは唐突に、総理大臣が消えた。

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