怜と歩く

『五人で一緒に水着を選びましょう!』


 翼はそう提案したが、実行はされないことになった。女性用の水着売場に僕が入るのは抵抗があったし、怜が特に恥ずかしがった。

 朝食を食べ終え、出掛ける準備をしている間にも、メッセージは続いている。


翼『光輝さん。今日は四人で買い物に行きます。けど、女子高生と一緒に水着を選べる大チャンスを逃すなんてどうかしてますよ! この先の人生でこんな機会はそうそうないんですからね! 何かしら理由をでっちあげてでもついてくるのが男というものでしょう!』

灯『光輝さん。実は、高校生のうちにやり残したことがありまして。好きな人に私の下着を選んでもらうのが夢だったんです。卒業まであと半年程度しかありません。来月でいいので、どうか私の夢の実現に協力してください』

翼『光輝さん。あたし、高校生になったら誕生日に彼氏とエッチするのが夢だったんです。あたしの夢を叶えてください。あ、逆に光輝さんの誕生日に光輝さんの夢を叶えるのでもいいですよ?』

葵『二人ともいい加減にしなさい。特に翼は直接的すぎ』

怜『私はクリスマスがいい』

葵『怜も対抗しなくていいから!』

灯『光輝さん、葵さんの理想は夏休みにヒグラシの鳴き声を聞きながら、だそうです。私にだけこそっと教えてくださいました。案外詩的ですね』

葵『今一緒にいるからって、密かに話している風で書かないで! そんな話、一言もしてないんだから!』

翼『でも、葵さんの理想ってどんなシチュエーションなんですか? あたし達にはあれこれ言いますけど、あるにはあるんでしょう?』

葵『そういうのは光輝のいないところで!』

灯『言質とりましたよ? 来月は濃い女子会をしましょうね?』

光輝『あの、眺めてるだけで正直楽しいんだけど、どんな顔をして会えばいいかわからなくなるような話は控えめにしてもらえるとありがたい』


 なんだか邪魔してはいけないような気もしたのだけれど、あまりエスカレートしても後で会ったときに気まずい。ほどほどで止めておこう。


「ヒグラシの鳴き声を聞きながら、か……」


 葵が言ったことではないようだが、そういうのもいいな、なんて……いや、これ以上考えるのはよそう。

 とりあえず、海に行くにはまず電車で都心近くに行き、そこから電車を乗り換えるらしい。都心まではひとまず五人で行き、その周辺で一旦別れ、僕以外の四人が水着を購入、再集合して海を目指す手はずになった。なお、僕は水着不要とのこと。自分のは買わない代わりに、皆の水着代を数百円ずつ出すことになった。

 ぼちぼち準備を進めて、午前八時半頃。家を出ようとしたところで、玄関先にて大和から声をかけられる。


「お、今日もお出掛け? 随分活動的になったな」

「確かに」

「いつもなら部屋に籠って読書だったもんなぁ。今日はどこまで?」

「海だって。詳しい場所は知らないんだけど」

「海かぁ。俺も行きてぇな。ま、邪魔はしないけどさ。あの子達、水着を着るの?」

「そのつもりみたいだ」

「うーらやーましー。……避妊はちゃんとしろよ?」

「そういうことはしないって」

「え、避妊しないの? それは流石にどうかと……」

「そういう意味じゃない」

「あはは。わかってるって。でも、なんで? すればいいじゃん。相手もそれを望んでんだろ? 水着姿も見せてくれて、相手はオッケーで、どうして我慢すんの? 意味わかんねー」

「……色々あるんだよ」

「え、まさか、その歳でED? 本読みすぎるとEDになんの?」

「やめろ。そんなわけないだろ。変な風評被害を引き起こすような発言はよせ」

「あはは。まぁ、好きなようにすればいいけどさ。ただ、光輝、もうちょっと若気の至りがあってもいいと思うよ? 今しかない勢いってあるじゃん?」

「……かもな。とにかく行ってくる」

「おう。いってらっしゃい」


 大和に見送られ、僕は家を出る。今日も翼が待っているはず……と思ったのだが、マンションの前には怜がいた。僕を見つけると、怜はじんわりと微笑んだ。


「光輝、おはよう」

「ああ、おはよう。わざわざ一回電車を降りて来たの?」

「うん。そう」

「翼を見てない? 一緒に行こう、って話になってたんだけど」

「……光輝は私じゃ不満なの?」

「そういうことじゃなくて。どこに行ったのか気になっただけ」

「翼は先に行ってもらってる。翼は毎日こうして光輝と一緒だから、今日は交代してもらった。私も、もう少し二人きりの時間が欲しい」

「……そっか。じゃあ、駅まで少し遠回りして歩く?」

「うん。それ、いい」


 怜と二人きりで会うのは、最初に告白されたとき以来かもしれない。いつも皆と一緒だから、あえて作ろうとしないと、こんな機会はない。

 二人で並んで歩きながら、怜が嬉しそうに微笑む。


「こうして二人でゆったりした時間を過ごせるのもいいな。皆といるのも賑やかでいいんだけれど」

「……だな。僕は一人で過ごすことも多かったから、静かなのも好きだ」

「正直言うと、このまま光輝と二人でどこかに逃げたい。他の皆のこと、ほったらかしにして」

「……それは、なぁ」

「わかってる。そんなことはしない。ただの、密やかな願望」

「そっか」

「ただ、光輝にはわかっていてほしい。私、本当はあの三人にすごく嫉妬してる。三人のことは大好きなんだけど、同時に、少しだけ疎外感。私だけ出遅れる感じがいつもある」

「……特に翼と灯が主張強いからなぁ。ただ、僕もおとなしい方だと思うから、主張強めより、ゆったりしてる方が落ち着くところはあるんだよな」

「……それは、翼や灯さんよりも、私の方が好き、ということ?」

「そういう言い方をしていいかはわからないけど、怜のことも……まぁ……要は、怜がいてくれてありがたい、んだよ」

「……光輝。今、何を言おうとして言葉を濁したのか、きちんと聞かせてほしい」

「や、なんでもない、よ。うん。今は、まだ」

「私は光輝が好き」

「……ああ」

「光輝といると、夏の暑さも愛しくなる。この一瞬一瞬が名残惜しくて、時間が無情に流れていくことが憎らしくてしかたなくなる。

 今湧いてる感情が、どうして黙っていても光輝には伝わらないのか、不思議に思う。溢れだして、目に見えるようになったとしてもおかしくないくらいなのに……」

「……あの、嬉しいんだけど、今聞いてると、恥ずかしい……」

「正直、私も恥ずかしい。でも、今の感情は、今しか言えないものだから……」


 二人して、赤面した状態でトコトコと歩く。友達の距離感……なんて、やっぱり無理な話だろうか。


「……いつも僕を想ってくれてありがとう。怜の言葉を聞くと、本の世界では感じられない強い想いを感じる。人の言葉は、話して伝えることが本来の形なのかな、って思う。僕はいつも不完全な形で言葉を理解して、何かをわかった気持ちになっていた気がする。

 何万文字にも勝る、一言の「好き」が、僕の感情を揺らすんだ」

「……それ、やっぱり光輝も私を好きってこと?」

「……それは、まだ言わないことにするよ」

「そう。どうしてもというなら、もういい」


 怜が拗ねたように言うが、その頬がニヤついている。僕が、怜を……大切に思っているのは事実で、僕の気持ちを見透かすようなそのニヤつきは、どこか愛しいと感じた。言わないけれど、明確にはしないけれど、伝わってほしいものは伝わっているのだろう。

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