秘密

「これは私のワガママなんだけれど……光輝の秘密を一つ、聞いてみたい」


 怜が切り出してきて、戸惑う。


「僕の秘密……? えっと、それはどのレベルの話? 軽い話……ではないのかな?」

「希望としては、誰にも言えなくて、このまま墓場まで持っていこうと思っているくらいのもの。……だけど、そんな話を私にしてくれるかは疑問だし、そもそもそんな話はないかもしれないから、もう少し緩いものでも構わない」

「そんな重大な秘密か……。急だな」

「うん。ただ、光輝と、二人だけの絆みたいなものが、欲しくて。もし何か話してくれるなら、私も、何か話す。そして、今日の話は今後誰にも言わない。約束する」


 怜の目は真剣。本気で聞きたがっていることも、決して誰にも言うつもりがないこともわかる。

 そして。二人だけの絆が欲しい……。その響きは、僕にとっても魅力的に思えた。


「怜がそう言うなら……。えっと、ちょっと待って。何がいいかな……」

「……逆に、そんなにたくさん重大な秘密がある?」

「たくさんはないかな。ただ……今話すのにふさわしい秘密ってなんだろう、って思って。んー、中学のとき、当時好きだった女の子が大和を好きになっちゃって、密かに悔しい思いをしていた……とか程度の話じゃないよな?」

「それはそれで聞きたいけれど、皆の前で話せばいいと思うかな」

「だよな……。じゃあ……」


 少々考える。いくつか思い付くものはあり、そのうちの一つを話してみようと思うが……果たして、本当にこんなことを打ち明けて良いものか。一般的には、ドン引きかもしれないが……。


「……僕、実は女装に興味がある」

「え……?」


 怜の表情がにわかに凍りつく。秘密の内容が突拍子もなさすぎて、脳がバグってしまったかのようだ。やはりまずかったか。好きな男が女装に興味があるって、ショックがでかすぎる。


「あの……それは、本気で?」

「……割と、本気で」

「あー……ううん……えっと、これは、ど、どう反応すればいいんだろう?」

「すまない。ちょっと違う話にすればよかったな」

「ううん。私がお願いしたことだから。予想と違う話なことくらい、全然構わない……。驚いたけど、驚いただけ。これで光輝を嫌いになるとかはない」

「……そっか。それはよかった。本当に」


 ひとまず、受け止めてもらえただけでもホッとひと安心。


「もしかして、部屋には女装用の服があるの?」

「ないよ。興味があるだけで、実際にやってみようとまでは思ってない」

「……服、貸そうか? サイズが小さすぎるかもだけど……ゆったりした服もあるから、無理ではないはず……」

「ううん。正直、興味はあっても、実際にしたいわけではないんだ。女装したって、それが似合うわけではないだろうし。ぼんやりとした憧れがあるだけなんだよ」

「……そんなもん?」

「うん。僕の場合はね。もしかしたら、これは女装してみたいというより、女の子になってみたい、という感覚に近いのかもしれない。可愛い服とか、綺麗な服を来て、鏡に写る自分を見て気分を盛り上げるようなことをしてみたい……のかな。今着たって、似合わないどころか残念過ぎて萎えるだろう。それがわかるから、実際にはしないんだ」

「……そっか。私がどこまで理解できてるかわからないけど、少なくとも、女の子の服を着て興奮するとかではないんだね」

「そういうのではないなぁ。まぁ、この件は他の皆には秘密で。特に翼に知られたら、本気で女装させられかねない」

「確かに。灯さんも嬉々としてやりそう。葵は……温かく見守ってくれそうだけど。あ、だからって葵にも言わない。これは、私と光輝だけの秘密」

「うん。そうしてくれ」


 怜と視線を合わせて笑い合う。今まで誰にも話したことのない秘密だったけれど、気心の知れた相手に話すと言うのは案外心地良いものだ。


「……ちなみに、私からも、一つ」

「うん」


 もしかしたら、僕のことを聞きたいというより、自分のことを話したいという感じだったのかもしれない。そんな予想も立てつつ、話を聞く。


「……兄がいることは、もう話したと思うんだけど。私、兄にキスされたことがある。中三のとき」

「え? お兄さんに?」

「うん。あ、でも、口じゃなくて、おでこだった。だから、キスといっても、比較的軽いやつ」

「……そっか。それは、どういう状況で? 何か軽い調子で?」

「ううん……。雨に濡れて学校から帰ったとき、兄が出迎えてくれて、タオルとかも取ってくれて……。玄関先で髪とか拭いてたら、急に抱き締められた。私が戸惑ってるとこで、不意におでこに唇が当たった感触があって。たまたま当たったようにも感じたし、意図して触れたようにも感じたし。……その辺を曖昧にさせるのが狙いだったようにも思う」

「……なるほど」

「光輝は、これを聞いて、どう思う? 兄は……なんでそんなことをしたのかな?」

「……僕は怜のお兄さんを知らないからなんとも言えないところはあるけれど、まぁ、怜のことが好きなのかな、って思うよ」

「やっぱりそうなのかな。私の勘違いじゃなくて」

「好きだけど、打ち明けることもできなくて、思い余っておでこにキスだけしたのかも」

「そっか。光輝もそう思うなら、きっとそうなんだろうな」


 怜は、当時を思い出したのか、おでこを軽く擦る。


「怜は……お兄さんのこと、どう思ってる?」

「兄は、ただの兄。かっこいいと思うことはもちろんあるけど、それだけ。恋愛感情はない。キスされて、気持ち悪いとかも特に思わなかったけど、逆に意識することもなかった。戸惑っただけ」

「なるほど。そうだよな」

「光輝は、兄のこと、どう思う? もしかしたら、妹のことが好きかもしれない人なんだけれど……。気持ち悪い、かな?」

「……僕は、特に気持ち悪いとかも思わないな。兄妹だって男女だし、たまたま好きになった相手が妹だったってだけ。好きになる相手は選べないんだから、ただ恋をしただけの話だ。

 兄妹間の恋愛は禁止って言うけど、それは人間が社会生活をする中で勝手に決めたルールであって、普遍的な自然法則とかの話じゃない。

 そして、法律で禁止されてるのは結婚であって、恋愛ではない。子作りだって禁止する法律はない。兄妹間で子供を作ったから逮捕、なんてことはないんだ。

 でも、そういうのを好ましく思わない人はいるだろうとは思う。なかなかひとには話せない秘密だよな」

「うん……」

「お兄さん、彼女はいないの?」

「……いる。今は。ただ、当時はいなかったかな」

「そっか。……じゃあ、やっぱりそうなのかな」

「かも」


 なんと言うべきか迷い、二人して無言で歩く。それから先に口を開いたのは怜だった。


「変な話をしてごめん。でも、話せてなんだかすっきりした。たぶん、私はただ話したかったんだ。これを知って誰かにどうしてほしいとかじゃなくて、ただ話して、受け止めてもらえば満足。聞いてくれてありがとう」

「……僕は聞いただけだから」

「それでいいんだよ。どうしようもない話だし。批判もなく、変に騒ぐこともなく、聞いてもらえてすっきりした。なんでもないこと、特別に意識する必要もないこととして受け止めてもいいんだなって、納得できた気がする」

「そっか」

「うん」


 怜が何かを納得してくれたのなら嬉しい。特に何かをした気はしないのだけど、ある意味、何もしないことが救いになることもあるのだろうか。

 ただ、何でもないことのように、受け止める。それが嬉しいことだってあるよな。


「話を聞いてくれてありがとう。また、こんな話をできたら嬉しい。他の皆には言いづらいこととか、また私に教えて」

「うん。怜なら話せることも、たぶんたくさんある。そのときは頼むよ」


 怜が雪解けの景色に咲く花のような笑みを浮かべる。その笑顔がいじらしく感じられて、怜の隣にいられることがいつも以上に嬉しく感じられた。

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