面接 2
「うんうん。王樹君は現代っ子でね、うちでよく葵と一緒に動画を観たりゲームをしたりしてたの。バスケもしてたからインドア派ってわけじゃなくて、外に出るのも好きだった。親子揃って、一緒にキャンプとかもしたわね。
ちなみに、本は嫌いだったみたい。三行読んだら眠くなるー、って言ってた。ついでに、難しい話も苦手だったわね。考えなしで突っ走るの、葵によく叱られてた」
母親の王樹を語る口調は楽しげで、葵と王樹が結ばれることを望んでいたのかなと思わないでもない。親としては、性格もきちんとわかって信頼できる相手がよかったのだろうか。
「……なんか、うちの弟と似てる気がします」
そんな返ししかできなかったが、これで良かったか。葵さんは僕が幸せにしますから大丈夫です、などと言うのは違うよな? まだ友達だし。
「ヤマト君でしょ? 何度か動画を見たわ。うん、確かに似てるかも。それに、そうね、二人は幼馴染みで、姉弟のようでもあったかな。王樹君含めて五人家族っていうか……。
王樹君のご両親は仕事で家を空けることが多くて、そのときにはいつもうちに来て遊んでた。本人も、たまにどっちが自分の家かわからなくなる、とか言ってね。まぁ、だから、王樹君とはずっと縁があるのかなー、なんて、勘違いしちゃったところがあって。葵が王樹君を選ばなかったのには、親としては結構衝撃的だったのね。
何があったのかはわからないけど、何か話しづらいようなことでもあったのかな……。珍しく葵も気まずそうだったし。
でも、何て言うか、男女ってちょっと残念ね。恋人にならなかったら、疎遠になるしかないなんて。たまに見かけるから、またいつでも来てね、って言うんだけど、気まずくて来られないみたい。もう別の彼女がいるし、仕方ないのかな」
寂しげに目を細める。しかし、その印象もすぐに掻き消して、微笑む。
「ある意味、嬉しい気持ちもあるんだけどね。息子に彼女ができた、みたいな。しかも、結構モテモテみたいで、高校入ってから一年半で、三人くらい連れてる女の子が変わってたわ」
「へぇ……。それはすごいですね」
「そうなの。あの子、すごいのよ」
口調が、我が子を自慢するものになっている。……ちょっと反応に困るな。葵が親に話さなかった内容も、僕は少しだけ知っている。あえて伝えることはしないが。
「でも、秋月君もなかなかよね? 女の子四人から言い寄られてるんでしょ?」
「あ、ええ……まぁ」
「いいわよねー。まだ友達らしいけど……実際どうなの? 誰が一番気になってるとかあるの?」
どこか意味深に笑う母親。単純な興味なのか、探りをいれているのかはよくわからない。王樹の話も、単なる雑談の一種だったのか。
「……誰が一番というの、なくはないですよ。でも、まだ僕の気持ちもはっきりしてないので、口にはしません」
「そう? ふぅん。可愛い子達だもんね。迷っちゃうよね。ちなみに、単純に外見だけの話で、どの子がいいとかもないの?」
「外見の好みは……あまりないんです。可愛い子は皆魅力的なので……」
「そっかそっか。男の子はそんなもんだよねー」
「まぁ、そんなもんです。けど、見た目についてはそこまで気にしてない部分もあります。付き合う相手は、可愛いかどうかより、性格が僕に合うかどうかが大事です。
僕はあまり活動的でもなく、明るくもなく、面白くもなく……。趣味も読書っていう変わり者で、小難しいことが好きだったりして。こんなの、性格が合わないと続かないでしょう?」
「そうねぇ。秋月君は大人っぽいから、相手を選ぶところはあるのかな? はしゃぎたいだけの女の子じゃダメでしょうね。葵は大丈夫かしら?」
「……葵さんは、大人びている子だと思いますよ。あの懐の広さは稀有なものでしょう」
僕の評価をどう思ったのか、母親がにこりと微笑む。
続いて、父親の方が真面目な顔をして尋ねてきた。
「ちなみに……秋月君には、葵はどんな子に見えているのかな? 優しいとか、懐が広いとかくらい?」
「うーん、そうですね……」
問いの真意はわからない。僕の気持ちを確認したいのか? 深読みしすぎ?
ともあれ、父親の問いかけに、灯達と話していたことが思い浮かぶ。葵は、特筆した何かができる子ではなくて。
「葵さんは……普通の子、です」
「普通の子?」
父親と母親が、揃ってキョトンとする。葵は、可愛いくて優しくて気立てもよくて懐も広いから、こんな評価を聞いたことはないのだろう。
「それは、どういう意味で言ってる?」
問いかけには、不審が滲む。娘をバカにされたように感じただろうか。それは申し訳ない。そんなつもりは、一切ない。
「……僕もまだ葵さんのことを詳しく知っているわけではありませんが、葵さんには、何か特筆した特技があるわけではありません。歌やダンスができるとか、料理が特別に上手だとか……。将来こんなことをしたい、という夢も特に聞いたことはありません。
だけど、人としてできてほしいことが、きちんとできます。
思いやりがあって、面倒見がよくて、優しくて、包容力があって。笑顔は明るくて、他人の良くないところは指摘して、悪いことが嫌いで、良い心を持っている。好きな人に告白する勇気があって、相手の気持ちに寄り添うことだってできる。
一つ一つのことは、特別ではないと思います。優しいと言っても、自分のことを全部後回しでいつも他人に奉仕できるわけじゃない。他人の幸せが自分の幸せだと断言するわけでもない。
葵さんより特徴的な人はたくさんいるという意味では、至って普通の部類です。
だけど、世間一般のいわゆる普通の人って、皆、どこかイビツです。
優しいけど、自己主張ができない。陽気なんだけど、他人の気持ちを察せない。頭はいいけど、嫌味っぽい。これはできるけど、あれはできない。それが、普通なんです。アンバランスさを持つのが、現実的な普通です。
でも、葵さんは、バランス良く、良い普通をたくさん持っています。良い普通を詰め込んだその姿は、普通の人のはずなのに、何故かとても特別に見えます。
人として、こうあってほしいと思うものをきちんと備えている。当たり前のことが、ただ当たり前。その普通さが、本当に魅力的です。
ただ普通であるからこそ……葵さんは、とても美しい人だと思います」
言い終えて、両親はどこか感心した様子。
僕としては、苛立ちが見えないことに安堵。普通だけど、特別。僕の言葉の意図が伝わってくれたようで良かった。
「なるほどなぁ。やっぱり、秋月君は少し他の子とは違うものの見方をしている。葵はこういう子が好きなのかな」
「秋月君と比べたら、王樹君はある意味至って平凡だったわね。現代っ子で、可愛い子が好きで、ワンパクで。そこがいいとも思ったけど、もしかしたら葵からすると、異性としてのときめきは感じられなかったのかも」
「そうだなぁ。恋人になっても、案外そんなに盛り上がりはしなかったのかな。葵は女の子だし、もうちょっと、恋らしい恋をしたかったのかもしれん」
うむうむ、と多少は警戒を解いた様子。僕を少しは認めてくれたのだろうか。
そこで、不意に母親が鼻をすすり、目頭を押さえる。
「あ……えっと?」
「あ、ごめんなさいね。秋月君を見ていたら……葵は、本当に秋月君を好きなんだなぁ、って思って。そしたら……王樹君は、もうここには戻らないんだなぁ、って、思っちゃって」
どうやら、僕には計り知れないほどに、王樹の存在は、この家族にとって重要だったらしい。
僕は何も悪くないはずだけれど、いたたまれない気持ちにはなる。
「……ごめんなさい。秋月君が何かしたわけでもないのに」
「……いえ、まあ。あの、でも……」
花梨は王樹を好きみたいだし、葵とは結ばれなくても花梨と結ばれることもあるのではないだろうか。今は三歳差が大きな違いに見えるが、花梨が高校生になる頃には、そんなのは誤差程度になるはず。
花梨をチラチラ見つつ、それを口にしていいか迷っているうちに、母親が先に言う。
「王樹君は……花梨のこと、妹くらいにしか思ってないわ。三年か、五年? くらいしたら変わるかもしれないけど、その頃には、王樹君は別の子ともっと深い関係になってるでしょう。花梨のことは……」
その先は言わない。花梨は仏頂面でそっぽ向くばかり。母親の言わんとすることは、自分でもわかってるということか。
「恋ってタイミングも大事だから。出会うべきときに出会えること。それが、永く続く恋と、儚い恋の違いだったりするもの。
けどまぁ、花梨にまた別の縁があるように、葵にも、別の縁ができたということなんでしょう。……うん。なんだか全く異質な縁に見えるけれど、葵は、良い出会いをできたってことなんでしょうね」
二人が顔を見合わせ、頷き合う。その表情はどこか晴れやか。
僕のことを探る意図もあったかもしれないけれど、同時に、二人にとっては心の整理の時間だったのかもしれない。
長く一緒にいた「家族」が一人いなくなるのは、心に穴が空くような思いだったのだろう。
相談とかではないけれど、こういう寄り添い方もあるのかな。
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