花梨
最後に、父親の方が尋ねてくる。
「話を聞かせてくれてありがとう。ちなみに、秋月君から訊いておきたいこととかあるかな?」
両親に訊いておきたいことって、難しいよな。
数秒迷い、何も訊かないのもなんだしと、尋ねる。
「そうですね……。逆に、親から見て、葵さんはどんな子ですか?」
「うーん、そうだなぁ、これは親バカになってしまうかもしれないけど、とても良い子だよ。昔から、あまりワガママも言わないで、妹の面倒も見て……」
遠い日を懐かしむように、目を細める。僕は昔の葵を知らないけれど、なぜだろう、父親が見ている光景が、僕にも浮かんでくるようだった。今も昔も葵は変わらず、そして、大和のような幼馴染みと、元気にはしゃいでいるのだろう。
引き継ぐように、母親が言う。
「でもね、そのせいでかえって心配なところもあるの。自分の好きなこととかやりたいこととか、後回しにしてないかなって。
花梨とよく遊んで、必要なときは手助けもして。そのうえ、王樹君のことも面倒見てたもんね。朝が弱いからって起こしに行ったり、テスト勉強を一緒に頑張ったり。
もしかしたらだけど、葵は秋月君のこと、お兄ちゃんのような存在として見ているのかも。お姉ちゃんとして頑張ってきたから、少し、お兄ちゃんに甘えたい気持ちもあるんじゃないかな。そんなそぶりはない?」
「うーん……。今のところは、あまり」
葵から、甘えたがっている印象を受けたことはない。でも、無自覚にそういう面があって、だから、僕を好きになったのかな。ただ、そもそも僕はいつも大和の面倒を見ていたわけでもない。そんなに兄っぽい感じはないと思う。
「なら、的外れなのかな? でも、もしちょっぴり甘えてきたら、そのときは、甘えさせてくれるとありがたいな。逆に、秋月君が甘えたいときには、甘えさせてくれると思うよ? 葵はお姉ちゃんが染み付いてるところあるからね」
「……そのときには、考えます」
同級生の女の子に甘えるってのは恥ずかしい気がする……。そんなことを思う必要もないのだろうか。
ここで両親も満足したらしい。弛緩した空気が流れる。
「あんまり長く拘束しても悪いな。まぁ、なんというか……葵のことを宜しく」
「先のことはわからないけど、ただの友達に終わったとしても、葵のことを支えてくれると嬉しいな」
「はい。恋人だろうと、そうじゃなかろうと、僕にとって葵はもう、大切な人には違いありません。いつだって全力で支えます」
父親は少し気まずそうに苦笑して、母親は笑みを深める。何か変なことを言っただろうか。
二人との話はここで終わり、リビングを出て、ひとまず葵の部屋に戻ろうとする。
すると、花梨がついてきて、僕の背中をつついた。
「二人は納得してるみたいだけど、わたしはまだ納得してないよ」
「……そっか」
立ち止まり、花梨と対峙する。
「配信やってるんでしょ? わたしは視てないけど」
「うん。やってるよ」
「相談に乗ってるんだって?」
「そういうこともある。今のところ、相談に乗ります、なんて打ち出してるわけではないんだけど」
「ふぅん」
花梨から配信の話をしてきたが、数秒次の言葉に迷った。
やんわりと見つめていると、観念したように口を開く。
「『花梨って可愛いだけだよね。なんでモテるのかわからない。むしろ性格悪い。あの子を狙う男子って見る目ない』だって」
「……それ、学校で言われてること?」
「うん」
花梨は相変わらずの仏頂面で、心情が読み取れない。苛立っているのか、言われ慣れてなんとも思わなくなったのか。
「わたしは性格悪いよ。優しくないし愛想良くないし生意気だし愚痴も言うし。だけど、こんなの普通じゃん。お姉ちゃんみたいな天使の方が珍しくて、わたしくらい性格悪い子が普通。なのに、なんでわたしばっかりそんなこと言われなきゃいけないの? 顔が可愛いのなんてわたしのせいじゃないし、モテようと思って男に媚を売るわけでもないし、非難されるようなことなんてなんにもしてない。
わたしよりダメな子なんていくらでもいるよ。もっとずっと酷いことしてる子だっていくらでもいるよ。万引きしてるとか、高校生の彼氏とホテルに行ってお金もらってるとか、ネットで酷いことばっかり書き込んでるとか。
それなのに、なんでわたしもそういうのと同じような扱いをされるの? わたしの何がいけないの? どうして、あいつらはただ可愛いだけのやつにいちいち嫉妬して、攻撃しようとするの?」
花梨が僕を睨む。まるで、僕が花梨を苛む元凶であるかのように。
花梨の学校生活はどんなものなんだろうか。いじめられているわけではなさそうだが、ときには身近な人から悪意を向けられることもあるのだろう。普段もこの調子なら、学校生活は平穏ではないのかもしれない。
友達はいるのかな。気になるけれど、今はやめよう。葵にでも訊いてみればいい。
「……人って、本当に残念な生き物だよな。満たされたいし、幸せになりたいのに、そうなってしまったら、今度はそれをどこか不安に感じる。ふわふわして落ち着かないし、幸せはずっとは続かなくて、次は不幸が来ると思って怖くなる」
「……はぁ?」
花梨が不思議そうに首を傾げる。聞いてはいるようなので、構わずに続ける。
「人って、何か不満を抱えていたい生き物なんだろうな。不満があれば、幸せじゃない。次に来るはずの不安に怯えなくていい。不満を持っている方が安定している。だから、不満を抱えていたい。そして、いつも何かしら不満のネタを探してしまう。
そのネタなんて、なんだっていいんだ。なんでもいい不満の一つとして、君のことを不満に思う人がいる。君は何も悪くないのに、君に不満を持つことで、何となく幸せと不安を遠ざける。
そういう人がいたら、何かに不満を抱かないと心の安定を保てない残念な人なんだな、って思えばいい。いじめを受けるとかの実害がないのなら、何も気にする必要はない。
そして、君を可愛いだけというのは間違いだ。
君は、理不尽に受ける言葉の暴力の痛みを知っている。だから、君はひとより優しくなれて、想像力を働かせられる。今はまだ、抱えた傷が痛んで、他人を攻撃するような言動もしてしまうかもしれない。僕にそうするように。
でも、いずれその傷が癒えたら、君はきっと優しい人になれる。今だって、僕が気に入らないだけで、他の人には優しいんじゃないかな?
つまりは、君は、可愛いだけじゃなくて、思いやりを持てる素敵な人なんだと思うよ」
そこで、花梨がやけに渋い顔をする。
僕を非難する感じではないのだが、何かの葛藤があるような。
しばしの沈黙の後、ようやく花梨が口を開く。
「……とにかく、わたしは悪くないし、あっちが残念なやつら、ってことね」
「まぁ、そういうこと」
「ふぅん……」
ある程度は納得してくれたのだろうか? 念押しで、少し付け加える。
「僕は、君が素敵な人だというのを知っている。何かあっても、僕は君に味方する。君を誤解する残念な人がいたとしても、味方も理解者もちゃんといることは覚えておいてほしい。
それに、お姉さんだって、君を悪くなんて言わないし思ってもいない。君が僕をバカにしようが、悪い子じゃない、と言っていた。君のことをよくわかっているんだろう。
君にとって、大切な人は誰だろう? 君を悪く言う残念な人? そんな人より、君を大切にしてくれるお姉さんの方じゃないかな?
ただの他人の言うことなんか本当はどうでもいいんだ。クラスメイトなんて、たまたま住んでいる場所が近くて、同じ学校に集まっているだけ。道行く人よりは少しだけ近いかもしれないけれど、似たようなもんだよ。
そんな無意味な他人より、身近に支えてくれる人がいるのだから、その人が君をどう思っているかを意識していればいい。
君には、何があっても支えてくれて、助けてくれる人がちゃんといる。それだけで、もう、これ以上心を痛める必要はない」
むぅぅ、と花梨が唸る。そして、何故か僕の肩を右手でパチンと叩く。
戸惑っている間に、花梨が一人で階段を駆け上がる。
「もう来るな!」
捨て台詞を吐いて、そのまま自室へと姿を消した。
「……嫌われた? なんか、悪いこと言っちゃったかな……」
配信では、割と感謝してもらえることが多かった。何かを伝えて、嫌われるのは初めてかもしれない。割とショックだ。やはり、僕だって誰のことでも励ませるわけではない。
残念な気持ちになりながら、トボトボと階段を上がる。そして、軽いノックの後に、葵の部屋へ入る。
すると、何やら憎々しげにスマホを睨む翼を発見。葵と灯も複雑そうな表情。花梨に嫌われたらしいことなど忘れて、翼のことが気にかかる。
「……どうしたの?」
「……光輝さん。あたし、どうしたらいいんでしょうか」
「……うん?」
翼のただならぬ気配。何か、良くないことが起きているようだ。
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