面接 1

 あれこれと話し合いをしているうちに、時刻も十二時近くになる。そこで、葵がポンと手を叩く。


「そろそろお昼にしようか? 連絡はしてたけど、カレー作ってあるよ。用意してくるから少し待ってて」


 葵が立ち上がる。ありがたくもあるが、申し訳ない気持ちにもなる。

 手伝うよ、と僕も続こうとしたところで、ドアをノックする音。


「うん? 花梨? どうしたの?」


 ノックの音に特徴があるのか、葵が扉の向こうの相手を言い当てる。

 そして、花梨が顔を出し、数秒ジト目で僕を見た後、口を開く。


「……お父さんとお母さんが、あんたと話してみたいって言ってる」

「僕と? え、どういう状況?」


 親として、娘の連れてきた男が気になるのは当然ではあると思う。しかし、どういう意味合いで僕と話したいのかは気になる。娘の安全を脅かす危ない男とでも思われているだろうか。


「来るの? 来ないの?」

「ああ、行くよ」

「なら、早く来て」


 花梨は僕にちょっと冷たい。質問に答えるそぶりもなく、ただ僕を急かすのみ。


「ちょっと行ってくる」

「あ、わたしも……」

「お姉ちゃんは来ないで。こいつだけ」


 こいつ、て……。そんなに嫌われるようなことをしたかな?


「あ、そう……。ごめんね、光輝。別に喧嘩売ろうとしてるわけじゃないと思うから……」

「うん。ま、大丈夫だよ」


 僕だけ部屋を出て、歩き出した花梨についていく。背中越しに、花梨が僕に尋ねてくる。


「あんたって、お金持ち?」

「え? 違うよ。貧乏でもないけど、お金持ちでもない」

「将来は医者か弁護士?」

「それも無理だろうなぁ……。僕はそんなに頭良くないよ」

「なら、なんであんなに女の子が集まるの? 何か脅迫でもしてる?」

「それもない」

「もしかして、スポーツが上手い? それはないか」

「まぁ、ないな」


 花梨が、ケラケラと小馬鹿にしたように笑う。今日会ったばかりにしてはなかなか失礼な態度だ。でも、中学生なのに、これだけ堂々と年上の男とやり取りができるのはある意味才能だろう。この度胸は見習いたい。

 花梨に導かれて、一階のリビングに辿り着く。ドアの向こうでは、葵の両親がソファに座り僕を待っていた。来たときには顔を合わせなかったが、おそらくずっと一階にいたんだろう。先に挨拶くらいしておけばよかったか。

 僕が立ち止まっていると、葵の両親が立ち上がり、柔和な笑みを見せる。


「はじめまして。私は父の大護で、こっちが母の華。急に呼び出してしまってすまないね」


 父親が言い、僕は首を横に振る。


「いえ、僕の方こそ、ご挨拶もせずに上がってしまいまして、申し訳ありません」

「いやいや、葵がそのまま二階に連れていってしまったからね。仕方ないよ。

 まぁ、そんなに硬くならないでくれ。別に君に文句を言おうとしているわけじゃない。単に、少し話してみたかっただけなんだ」


 父親の隣で、母親もうんうんと頷く。


「そうそう。葵の好きになった男の子がどんな子なのか、気になっちゃって。王樹君とそのままいくのかなぁ、って思ってたのに、王樹君とは疎遠になって、他の子を選んで……。王樹君と何が違うのか、知りたくなったの。それだけ」

「うんうん。別に、彼氏としてふさわしい男なのかを見極めるとかじゃないんだ」

「そもそも、まだ彼氏じゃないんでしょう?」

「……ええ、今のところは」

「うんうん。さ、秋月君も、こっちに来て座って」


 父親に促されて、僕は二人の対面のソファに座る。二人もソファに座り直した。

 彼女になるかもしれない女の子の両親か……。言葉通りの意図で僕を呼んだのだとしても、緊張せずにはいられない。

 なお、花梨は壁に背を預けてニヤニヤしている。


「……ちなみに、葵さんからは、どこまで聞いてるんですか? 僕の家だと親と恋愛の話なんてほとんどしませんから、親が娘の恋愛事情を知っているだけでも少し驚きです」


 僕の問いに、父親が苦笑しながら答える。


「男の子の家だとそうだろうなぁ。私も男兄弟で育ったから、秋月君の感覚はよくわかるよ。だからというか、四人家族で男一人というのは肩身が狭いんだよなぁ……。と、それはまた別の話だな。

 正直、そんなに詳しくは聞いてない。ただ、好きな人ができたってことを聞いたくらい」


 母親も微笑みながら頷く。


「最近、妙に機嫌が良くて、それで花梨が葵に訊いたの。好きな人でもできたの? って。そしたら、そうだよ、って」

「へぇ……。でも、親としては複雑じゃないですか? 特に父としては」

「まぁ、ね。でも、父親だからっていつも娘の恋愛に否定的なわけじゃない。若いときに恋愛を経験してないと将来悪い男に騙されるだろうし、今のうちに色々経験しておいた方がいいのは確かだ。それに、王樹君と仲良くしてるのを見てきたから、ちょっと慣れてるところもあるかな。

 ……とはいえ、相手が変なやつじゃないか、見ておきたい気持ちも少しはあるかな」

「……そうですか」


 両親としては、やはり、僕がどういう人物であるのかを知っておきたいのだろう。柔和な雰囲気ではあるが、その奥には警戒心が滲んでいると思う。

 表情は柔らかく、しかし、その瞳は真剣で鋭い。

 娘に近づくな、とか極端なことは言われなさそうだが、気を抜けない感じはある。

 そして、父親が先を促す。


「秋月君は……読書が趣味なんだって?」

「はい。自由な時間は、だいたい本を読みます」

「特に影響を受けた作家とかはいるのかな? といっても、私はそんなに本を読む方ではないから、マイナーな作家がわからないんだが……」


 なんだか面接を受けている気分。あながち間違ってもいないだろうが。

 しかし、読書好きではない人に対して本の話をするのは難しい。よく知られた作家がいいだろう。


「そうですね……。東野圭吾さんからはだいぶ影響を受けてますね。ちなみに、東野圭吾さんは、福山雅治さんの出ているガリレオシリーズや、阿部寛さんが出ている加賀恭一郎シリーズも書かれています。他にも、映画化された作品は多数ありますね。


 東野圭吾さんの作品は単純に面白いものも多いですが、僕としては、社会人的なものの見方を学ぶのに大変役に立ったと思います。

 例えば、『手紙』という作品では、主人公の兄が人を殺してしまい、そのせいで主人公の弟はその後の人生で様々な苦難を強いられます。

 少年漫画なら、兄と弟は別なのだから、弟は弟で独自に生きて幸せになる、という展開になるでしょう。しかし、その作品では、兄が人殺しであるせいで仕事を失ったり、歌手デビューできなくなったり……。幸せをあと一歩のところで逃してばかりの、散々な人生です。それを理不尽にも思いますが、社会は厳しく、しかし、その厳しさにも一定の正義や道理があることが読み取れます。色々と考えさせられる作品ですね。

 東野圭吾さんは、こういう作品をたくさん書かれています。現代の社会人としての倫理観、道徳観を垣間見ることもできて、高校生の僕からするととても貴重な読書体験をさせてくれます」


 言い終えて、両親の反応をうかがう。ほほう、とどこか感心している様子なので、感触は悪くなさそうだ。……本当に面接を受けているみたいだ。


「なるほどなぁ。東野圭吾さんは、私でも知ってるくらいに有名な作家さんだね。ちなみに……無名の作家だけど、この人の作品は素晴らしい、というのはあるかな?」

「無名の作家ですか……。無名と言って良いかわかりませんし、これはいわゆるライトノベルなんですが……仁木健さんの、『Add』というシリーズが印象的です。

 舞台としては、隕石と共に謎のウィルスが地球に降ってきて、そのせいで地球の人口が激減したり、一部の人が超能力に目覚めたりした世界なんですが……そういうのと同時に、人間と同じレベルの知性を持ち、少し異質ながらもちゃんとした感情も宿したロボットが登場します。作中では、無機人と呼ばれます。

 ライトノベルらしく、超能力でのバトルシーンも多々あって面白いんですが、それはさておき。


 その無機人と人間の共存風景が興味深いです。無機人には、国にもよりますが、人間と同じ人権が認められています。人として扱われ、人間と同じように生きています。

 きちんと共存できている者達もいれば、無機人を、人間ではないというだけで差別したり排斥したりする者もいます。無機人という、人間と同等の存在が生まれて初めてわかる、『人間であること以外に誇れるものがない』人のエゴや切なさなども感じられて、とても奥深い作品です。

 命ある人間は、ただ生きているだけでも尊いんでしょうけれど、だからって、人間じゃないもの、作られた生命を差別する理由にするのは違うよな、なんてことも思いました。


 もし、地球上に人と同等の人工知能が生まれ、そして人間と共存し始めたら、こんな世界になるんだろうなと思える世界が広がっています。SF系の創作物を見る目がだいぶ変わりますね。それに、AIが存在感を増している今の時代、読んでみる価値はあるように思います。

 まぁ、人間と同等の思考を持つ人工知能はなかなか生まれないかもしれませんが……。


 世界観や描かれる人物の描写は秀逸だと思うのですが、もしかしたら、ライトノベルとしては内容が重すぎたのかもしれません。アニメ化などもなく、長く読み継がれている風でもありません。それが少し残念ですね」


 区切りをつけると、両親がふむふむ、と頷いてる。


「いやぁ、面白そうだね。すごく気になるな。ちなみに、重めのものからライトなものまで、色々読むのかな?」

「そうですね。基本的にはなんでも。それぞれに違った面白さがありますから」

「そうかそうか。にしても、本が好きなんて今時珍しいと思うけど、動画とか、ゲームとかにはあまり興味ないのかい?」

「なくはないですが、もう少し奥深いものを感じられる読書の方が好みですね」

「なるほどね。秋月君は、その年頃の男子としてはちょっと異色だなぁ。思慮深そうなところは王樹君とだいぶ違う。なあ?」


 父が母の方を向き、同意を求める口調。母はゆったり頷いて、にこりと笑う。

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