休憩

「そういえば、僕、花梨に嫌われてしまったみたいだ。もう来るな、って言われちゃった」


 昼食は、リビングに降りてから摂ることになった。葵の両親は買い物に出掛け、花梨も友達の家に遊びに行った。花梨にちゃんと友達がいることに安堵しつつ、あの捨て台詞について話をする。


「花梨が? もう来るなって? そっか。なんか、久々に聞いたな」


 落ち込んでいる僕に対し、何故か葵は微笑む。


「久々? 誰かに言ってたの?」

「うん。おーちゃんの帰り際にはいつもそう言うの。もう来るな、って。なんだろう、照れ隠しなのかな? また来てね、って言うのが恥ずかしいみたいで。

 言い始めたのはかなり前。たぶん、花梨がおーちゃんを好きになった頃。それがいつしか定例になって、花梨はいつもおーちゃんに、もう来るな、って言い続けてた。おーちゃんは全然気にしないで、また来るね、って返すの。……けど、本当に来なくなっちゃったのは、きっと寂しかったと思う」

「そっか。……とりあえず、その話からすると、僕はそこまで嫌われてない可能性はあるのか」

「うん。むしろ好意的だと思うよ。花梨、関心のない人には、あえてもう来るなとか言わないから。天の邪鬼っていうか……ツンデレ?」

「ツンデレ……」


 花梨はそういう属性持ちなんだろうか。まだ交流が少なすぎてなんとも言えない。

 それから、僕が葵の両親と話したことや、花梨とのやり取りについてが話題となり、その内容を共有した。特に隠すことでもないし。

 僕が話をして、そして葵の補足が少々。それから、翼が言う。


「とりあえず、王樹君が来なくなったのは、葵さんを無理矢理エッチに誘って、それを拒絶されて気まずくなったから、ということですよね?」

「……まぁ、そういうこと。今までは普通にそれぞれの部屋の出入りとかしてたんだけど、とりあえず密室に二人っていう状況は作らなくなって、だんだんお互いの家を行き来することもなくなって。学校では普通に話してたし、完全に仲たがいしたわけじゃないよ」

「ふぅん。なら、また来てもらえばいいんじゃないですか? 会うのは嫌ではないんでしょう?」

「うん……。嫌ではない。あのときはたぶん、おーちゃんもそういうのに興味を持ち始めた頃だし、ちょっと暴走しちゃっただけかな。誘っては来たけど、無理矢理何かしようとはしなかった。それくらいの自制心はちゃんとある。それに、もう彼女もいるし、色々経験して、落ち着いたところもあるでしょ」

「二人きりは無理でしょうけど、光輝さんとか、あたし達がいるとき限定でも呼んでみたらどうです? 半端な仲たがいは終わりにして、単なる幼馴染みとしてやり直せばいいと思いますよ」

「……そんなこと、できるかな?」

「葵さん次第ですよ。葵さんが明確に相手を許せば、王樹君はまた来るでしょう。まぁ、交流を再開した途端に向こうが変な勘違いして、付き合おうとかエッチしようとか言い出したら考え直すべきでしょうが」

「それは、たぶんない。なら……そっか。それでもいいのか」

「あとは、光輝さんがどう思うかでしょうか。彼女が自分とは別の男と仲良くしているのは嫌ですか?」


 その問いで、四人の視線が僕に集まる。このハーレム状態で、葵が他の男と接するのを禁じるのは変な話だろう。


「まだ彼女ではないんだけど、そうだったとしても、僕はいいと思うよ。二人の場合は姉弟のような関係でもあるみたいだし、できることなら、家族は仲良くした方がいい」

「……そっか。じゃあ、そういうのも考えてみようかな。本当にさ、おーちゃんはうちの家族の一員みたいなものだったんだよ。いなくなってなんとなく寂しいのはわたしも同じ」

「許せないことをしたわけでもないなら、もういいんじゃないですか? あたしなんて、あの三人の横暴も我慢しようとしてるんですよ」

「……だね。一時期揉めたときがあったって、それで終わりじゃないよね。今度話してみるよ」


 葵が溜息を一つ。肩の荷が降りたような雰囲気。

 それから、今度は怜から葵に質問。


「ちなみに、葵は光輝のことをお兄さんみたいに思ってるの?」

「それは、あるかも。ただ、甘えたい相手というより、隣にいると安心する相手、という感じかな。確かにわたし、ずっとお姉ちゃんやってる気がする。気を張って生活してるから、そういうことをしなくても大丈夫な相手の隣で、ほっとしたり安心したりしたいのかも。

 光輝は、精神的には自立してると思うから、一緒にいて居心地がいい」

「なるほど……。じゃあ、光輝が急に甘えてきたら残念?」

「うーん……矛盾してるようだけど、それはそれで嬉しいかも。光輝は一人でなんでもやっちゃう雰囲気があるから、ずっとそうだとわたしの存在意義とかわからなくなるじゃない? わたしもきちんと光輝を支えたいって思うよ」

「そっか……。光輝、よかったね。甘えたくなったら、葵が全部受け止めてくれるって」

「あ、ああ……」


 チラリと葵を見ると、目が合う。同級生に甘えるって、いいのか? 悪くはないか?


「わたしは、その、いつでもいいよ? 光輝のこと好きだから、なんでも受け止めたいって思う」

「うん……」


 曖昧に返事をしていると、灯が割って入る。


「同級生に甘えるのが気まずいなら、私に甘えてくださっても構いませんよ? 私は年上ですし、甘えやすいでしょう? 男の人は女性の胸を見たり触ったりするとそれだけで落ち着くらしいですし、たっぷり甘えさせてあげます」


 さらに、翼も続く。


「待ってください。その甘えさせ方ならあたしだってできますしウェルカムです。一年の年齢差なんて誤差の範囲なんですから、あたしに甘えてください」

「そうは言っても、やはり年下には甘えづらいですよ。男の子ですから」

「光輝さんは年齢で人を差別なんてしませんよね? 年齢で上下関係を決めるのは、単に社会秩序を保つ手段の一つでしかなくて、絶対そうでなければならないことではありません。対等な一人の人間と認識して、あたしに思う存分甘えてください」

「単なる手段でしかなくても、刷り込まれた思い込みというのはなかなか拭いされないものですよ? 私の方がすんなりいくと思います」

「その思い込みは軽くぶっとばしますのでご心配なく」


 二人が、お互い譲らずに言葉の応酬を繰り広げる。翼に引けを取らない灯って結構口が達者だよな……。ここでのやり取りならいいけど、配信なんかでは少し不安だ。


「……光輝」

「ん? どうした?」


 翼と灯のやり取りを尻目に、怜が僕に話しかけてくる。


「好き」

「……急だなぁ」

「ごめん。なんか、どう会話をしていけばいいのかわからなくて……」

「そっか。改めて考えると、難しいよな」

「うん……」

「そういえば、怜はキョウダイいるんだっけ?」

「兄が一人。大学生で、独り暮らし中だけど」

「お兄さんは、音楽活動はしてるの?」

「してるけど、プロになろうとかは考えてないみたい。ただ、高校のときにはバンド組んでて、割と人気だった」

「そっか。それはすごい。バンドって、青春って感じだ。怜は、バンドをしようとは思わなかった? 軽音部、うちの高校にもあったよな?」

「バンドしようと思ったことはあるけど、メンバーを集めるって案外難しい。私が真剣であればあるほど、難しい。高校生がバンドをするとしても、だいたいは、なんとなく音楽やりたい、程度のもの。持てる青春の全部をかけて音楽に打ち込みたいっていうのは、ほとんどいない。私には合わなかった」


 寂しそうに微笑む怜。友達だっていないわけじゃないし、今は僕達も傍にいる。だけど、自分の本当にしたいことについては、孤独を抱えている様子。

 力になりたいけれど、それは、本気で一緒に音楽活動をしてくれる相手じゃないとできないこと。

 そこで、翼とのやり取りに区切りをつけた灯が言う。


「そんな寂しそうにしないでください。これからは私とやればいいじゃないですか。私、仮にも元プロですよ? 音楽もダンスも大好きです。またプロの世界に戻ろうとは思ってませんが、個人の活動としては、本気で取り組みたいと考えています。配信でも本気出しますよ? 私だって、青春全部かけるくらいにアイドル活動頑張っていたんですから、怜さんの気持ちにも応えられると思います」

「ただ、元プロからすると、私はそんなに……」

「さっき歌った感じ、レベルはそう変わらないと思います。私だってそんなに上手くないのに、勢いでプロやってました。怜さんだって、やろうと思えばやれますよ。生涯歌手というのは難しいでしょうけど」

「……そうですか」

「あ、でも、私にはゼロから一を作り出す才能はありません。歌とか振り付けは誰かに用意してもらって、それを演じるだけ。プロと言っても、アイドルはそんなもんです。メジャーなやつだって、作詞作曲振り付けはメンバーとは別人が担当です」

「……なるほど。役割が演者だとしても、一緒に本気でやってくれる人がいるの、すごく嬉しい」


 二人がまとまりそうなところで、翼がまた入ってくる。


「二人で勝手に進めないでください。あたしは、歌は一般女子高生レベルですけど、ダンスは本気で取り組んでますし、それなりのものという自負はあります。決められたダンスでも、創作でも、どっちも行けます。最近は歌とダンスがセットというのもよくありますし、あたしも仲間にいれてください」

「……うん。もちろん。その……ありがとう」

「それはこちらこそ、です。元仲間から追い出されて、正直、一人で続けるのはどこか不安な気持ちもありました。けど、お二人となら不安はありません」


 ふふ、と笑い合う三人。何かにひたむきであるからこその、信頼感。

 羨ましいな、と思う。僕はただ、拗ねて本を読んできただけ。それが多少の力にはなっていたとしても、積み重ねてきた厚みは違う。

 三人が眩しくて視線をそらすと、自然と葵と目が合った。たぶん、僕と同じような気持ちで、曖昧な笑みを浮かべていた。

 ぼちぼち葵の用意してくれたカレーを食べ終えて、僕は気持ちを切り替える。

 炎上と関わるのは、最初は灯に関することだと思っていた。そして、それに向けて準備をするつもりでいた。

 だけど、その余裕はなさそうだ。今持てる力で、対応しよう。

 この面子なら、きっと大丈夫。


「カレー、美味しかったよ。ありがとう」

「……光輝のためなら、毎日でも作るよ?」


 葵が、若干頬を染めながら言う。その言葉に込められた意味はすぐにわかって、僕も赤面する。


「流石に毎日カレーじゃ飽きますよ」


 ぼそ、っと翼が呟いて、静かな笑いが起きる。

 なんていうか……いや、今はまだ、いいか。


「……さて、と。それじゃあ、ちょっと頑張ろうか」

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