わかってるでしょ?
翼に案内されて、僕達は翼の元仲間達が主な拠点にしている家へと向かった。
お願いがあるなら向こうから来ればいいのに、と思わないでもないが、葵の家を知られるのも良くない気がするので、こっちから赴くことにした。
葵の家からだと徒歩二十分くらいの住宅街に、目的地はある。花村美佳という子の家で、八階建てマンションの六階に彼女の部屋があるらしい。
なお、翼が共に活動していた三人は、クラスは違えど同じ学校の同期生だ。
「翼は、よくあの三人と一緒に活動してたよな。失礼な言い方かもしれないけど、あまり友達になりたくないタイプのような……」
マンションのエントランスが見えてきたところで、僕は翼に言う。
「始めからあんな感じではありませんでしたよ。最初は普通に仲良しでした。一緒に活動していくなかで、少しずつ色んな不満が溜まって、ギスギスしちゃって、今はあれです。……配信をしていなければ、きっとまだ友達で、その辺の高校生らしく、わいわいやってたんじゃないですかね……」
翼の声に、やりきれない思いが滲む。吐き捨てるように続けた。
「ま、それが本当に幸せだったかはわかりません。わいわいやるにしても、お互いに本心を隠して、なんとなく同調して、仲たがいを避けるだけの関係だったかも。
それに、元仲間とダメになったことを考えると、あたし達だってまだこの先どうなるかはわかりません。案外、やっていくうちに合わないところが出てきて、ダメになっていくのかも」
「それはあるかもな。でも、やってみないとわからない」
「ですね。ま、さほど心配していません。このメンバーは人間的な成熟度が全然違いますから」
マンションに辿り着き、エントランスを抜けると、オートロックの自動ドア。
翼は慣れた動作で、インターホンで六○三を入力。ほどなくして、女の子の声。
『遅い。なんで早く来ないの』
「彼氏とエッチしてた。彼がしつこくてさぁ」
『はぁ?』
はぁ? は僕の思いでもある。相手の言葉もどうかと思うが、翼もどうかと思うぞ。灯だけは、クスリと笑っていたが。
「ほら、早く開けなよ。別にあたしはこのまま帰ってもいいけど?」
『誰のせいで……』
苛立ちを滲む声と共に、自動ドアが開く。マンション内に入り、エレベーターの前で止まる。
「というわけで、光輝さんは、今日はあたしの彼氏と言うことでお願いしますね?」
「というわけって、どういうわけだよ……。別に彼氏じゃなくていいだろ」
「それじゃぁ、あたしが見栄っ張りみたいじゃないですか。光輝さんが、あたしとついさっきまで濃厚なエッチをしていたことにしてくだされば、全て解決です」
「別の問題が発生するだろ……」
「翼は、ことあるごとに既成事実を作ろうとするのをやめなさい」
葵が最後にたしなめ、到着したエレベーターに乗り込む。ほどなくして六階について、そこから花村家の前へ。またインターホンを鳴らすと、すぐに見覚えのある女の子が出てきた。翼のダンス動画に出てきていたが、髪に少し癖のあるショートカットの子だ。余裕がないのか、目付きが鋭い。
「呼んだらすぐに……え?」
翼が一人で来ていると思っていたのだろう、ぞろぞろと五人で来ていることに、花村がびっくりしている。
「何、この人達」
「んー、あたしの新しい配信仲間かな? まだ配信してないけど」
「……なんで」
「助っ人だよ。炎上して困ってるんでしょ? その道の専門家とかじゃないけど、力になってくれるよ」
「……どういうこと?」
花村が僕達を胡散臭そうに見てくる。そんなに怪しい集団に見えるかな……。
「僕は、秋月光輝。花村さんと同じ高校の二年生。まだ準備段階だけど、翼と一緒に配信をしていこうと思ってる。翼だけだと話が拗れそうだし、一緒についてきたんだ」
それから、他のメンバーも軽く自己紹介。花村は戸惑いながらも最後まで聞いていた。
「じゃ、中に入れてよ。別に危ない人達じゃない」
「……何しに来たの」
「言ったじゃん。力を貸しに来ただけ」
「……もういい。入って」
花村が僕達を招き入れる。足を踏み入れたところで、ふと、女の子の家に入ることの緊張感もあったが、もう二回目。それは意識から外す。
廊下を進むと、ドアが三つ。その一番手前に入っていく。部屋には、ポニーテールの子とサイドテールの子がいて、僕達を見て怪訝そうな顔。部屋は七畳くらいだろうか、八人が入るとやや狭い。勉強机にはノートPCが置かれていて、それで動画を作ったり配信したりしているだろうことが察せられた。また、女の子らしいというべきなのか、部屋にはキャラクターもののぬいぐるみが多数。他にも、室内のもの一つ一つが可愛らしい。
「あ、光輝さん。騙されないでくださいね。この部屋にあるもの、撮影で映すためにあえて可愛らしく飾ってますけど、美佳はそんなに可愛いもの好きじゃないです。いつもホラー映画とかゾンビ映画観て興奮してますよ」
「あ、そうなんだ?」
僕はホラー系映画は苦手である。漫画ならいいのだが、赤い血飛沫が舞うと血の気が引く。
「ちょっと! 変なこと言わないで!」
「別に隠さなくていいじゃん。光輝さんは、そういう面を知ったからってコメントに書き込んだりしないよ」
「……っていうか、なんでそんな態度でかいの? 炎上してるの、あんたのせいじゃん! 早くなんとかしてよ!」
花村に続いて、他の二人も立ち上がって、同じくヒステリックに翼を責める。
翼の目が険しくなり、唇が引き結ばれる。色々と言いたいことがあって、それが口から飛び出してきそうなのを、必死にこらえている様子。
しかし、翼が何かを言う前に、葵が前に出て、間に割って入った。そこで、三人の気勢が揺らいだ。
「わたしは、あなた達の事情の全部は知らないよ。一年以上も一緒に活動していれば、色んなことがあったと思う。だけど、そうやって、誰か一人に責任を押し付けるのは、間違ってるよ」
静かに、だけどきっぱりと、葵が断言する。
そして、花村がたじろぎながら口を開く。
「だって、翼のせいで……」
「違うよ」
「あんたに何が」
「わからないよ」
「だったら、口を挟まないで!」
「そうはいかない」
「翼と一緒だからって、味方してるだけでしょ!」
「違うよ」
「違わない!」
「違うんだよ。翼に全く責任がないとは、わたしも思わない。だけど、今回のことは、翼だけのせいじゃない」
「何も知らないくせに」
「知らないよ? でも、わかる」
「もう、なんなんの!」
「ねぇ、花村さん」
葵が、ただまっすぐに花村を見つめる。
駄々をこねる子供を見る、母親のような雰囲気。
「本当は、わかってるでしょ? 自分達が間違えたって」
「間違えてない!」
花村は、頑なに葵の言葉を拒む。憐れだなと感じてしまう。これで上手くいくと思ったことが、そうでもなかった。それを認めるのは、そんなにも辛いことなのだろうか。
「わかった。じゃあ、もう、帰るね?」
葵があっさりと宣言。くるりと僕達に振り返って、両手を合わせる。
「せっかく来たけど、なんか、タイミングが悪かったみたい。帰ろ」
「あ……うん」
この場で話し合う雰囲気ではないらしい。葵に従って、五人で部屋を後にする。そのまま廊下を抜け、玄関を抜ける。
「え、ちょ、え?」
花村が戸惑っているが、葵は振り返らない。そのまま、エレベーターに乗って、一階のエントランスへ。そこで立ち止まり、葵はふぅ、と長く息を吐く。
「ごめん、勝手に決めて」
「いや、まあ、いいんじゃないかな」
他の三人の様子をうかがう。怜と灯は微笑みで返し、翼は肩をすくめる。
「まあ、あたしとしては助けたい相手ではないからいいんですけどね」
「それで、葵はどうするつもり? 本当にこのまま帰る?」
怜の問いに、葵は苦笑。
「少し、この辺をうろうろしてようか。反応を待とう」
皆も頷いて、しばし相手の出方を待つことになった。
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