古巣
「……あたしの古巣が炎上中です」
「……古巣が? というと、前に一緒にダンスをしてた子達?」
「はい」
翼を追い出したダンス仲間達。詳しいことは聞いていないが、喧嘩別れに近かっただろうことは想像がつく。
「どうして炎上に?」
「あれから三人で活動しているらしいんですが、あたしがいなくなったことを疑問に感じた人がいたみたいです。それに対して、個人の都合で配信活動をやめた、と簡単に説明しています。ただ、ちょっとした自己防衛のためか、「引き留めたんだけど、本人がもうやめると言い出した」という風に言ったようです。
でも、視聴者の中にあたし達の身近な人もいて、誰かが書き込んでます。『クラスメイトだけど、抜けた時期に本人が一週間くらい学校を休んでた。本人が抜けたいって言ったんじゃなくて、そっちがやめさせたんだろ。嘘つくな。一人が特に目立ってたから邪魔になっただけじゃん』と。まぁ、それが他の視聴者の目にも入って、現在炎上中です」
翼がスマホの画面を見せてくれる。コメント欄に、否定的な言葉が並んでいた。
『高校生だし仲たがいはあるかもしれないけど、自分達は悪くないと嘘をつくのはよくない。やめた子が可哀想』
『嘘吐いたって身近な人からバレるって、そんなこともわかんないの? バカだなぁw』
『女同士って仲良さそうでも実はギスギスしてることもあって萎える。あんたらもういいよ』
『コトちゃんいないならもう見る価値ない』
『エースの人気にあやかっての登録者二千人なのに、自分達の実力と勘違いしちゃった? ご愁傷さま。身の程を知りなよ』
『四人じゃなくて三人と一人だったってこと? 今までの動画全部色褪せて見える。笑顔の裏の暗い感情が怖すぎ』
『いっそ一からやり直せばよかったのに。コトちゃんが勝ち取った登録者だけ引き継いで配信を続けようっていうのは虫が良すぎる』
『女子高生ってやっぱりバカだよなぁw 嘘がバレたときどんな反応が返ってくるかも想像できないw』
散々な言われようだった。登録者の全員が否定的なわけではないのだろうけれど、コメント欄がこんな言葉で溢れていたら、皆が自分達を責めていると勘違いしてもおかしくない。
「ちなみに、コトちゃんは、あたしが配信活動してるときの名前です」
「うん。だよな。……それで、この炎上について、どうしたらいいんでしょうか、っていうのは? 翼はもう抜けてるんだし、活動してる子達が謝罪なりをするしかないんじゃ?」
「ですけどね……。この炎上についても元仲間から知らせがあったんですが、その続きでこんなメッセージが……」
翼が、今度はメッセージアプリの画面を見せてくれる。
『あんたのせいで炎上してるんだけど。あんたが変に学校休んだりするから誤解されてるじゃん。一回だけ出て、自分からやめたって言ってよ』
『ファンもいるみたいだし、最後に挨拶くらいしたら?』
『最終的に、翼が自分でやめるって言ったのは事実じゃん。話し合った結果じゃん。迷惑なやめ方しないで』
「……はぁ。僕は何があったか全部は知らないけど、イラッとくるな」
「本当ですよ。最終的に自分からやめるって言いましたけど、半ば一方に拒絶されて、そう言うしかなかっただけですよ。せめて下手に出て言えないもんですかね?」
「……だなぁ。なんか、ブラック企業の上司が、退職した元部下に戻ってこいって高圧的に命じる感じだ」
「ですねー。……まぁ、あたしが抜けたら、いつか何かやらかす気はしてましたけどね。向こうからしたらあたしは口うるさい感じだったかもしれません。けど、それは、あの三人が考えなしなことをやりがちで、危なっかしかったのもあります。自分で言うのもなんですが、あたしはブレーン的な立場でした」
「……なるほどな」
「それで、あたし、どうすればいいんでしょうか? 正直、あたしはもう関わりたくないです。でも、これからの光輝さん達との活動は、こういう困った人達にも手を差し伸べるものになるのかなと思います。それに、無視したことで向こうが理不尽に怒って、あたし達の配信の邪魔をしてくることになっても困りものです。……何かするべきでしょうか?」
翼が珍しく迷いを見せる。僕だって、翼の立場だったら、こんな元仲間に力を貸すようなことはしたくない。身勝手な三人に、相応の罰を与えたいとさえ思うだろう。
僕も答えに迷う。そして、四人が僕の答えを待って、静かに見つめてくる。
本当は突き放したい相手。事情の一部しか知らないにしても、許しがたい相手。
だけど。
「……はぁ。仕方ないな。上手くいくかはわからないけど、できる限り力になろう」
「……そうですか。でも、なんでこんな人達を助けようとするんですか?」
「そうだなぁ。許しがたいとは思うんだけど、これは本来、僕が怒ることではない、とも思うからかな。
僕は、翼の以前の配信活動を知らない。元仲間のことも知らない。なら、この苛立ちは、本来僕のものではない。
サッカーの試合を見て一喜一憂するのが、本来僕の喜びでも悲しみでもないように。
ただ横から見ているだけなのに、これは許してはいけない、なんてことまで思わなくていいと思う。罰するのも、僕のすべきことではない。
少し冷静になって考えると、こんな風に何かを勘違いしてしまっている人達にも、考え直したり、やり直したりするきっかけを与えられたらいいと思う。
ただ、翼は当事者だから、許さないのなら、許さなくていいと思う。翼が許せないなら、僕が勝手に頑張る」
「光輝さんが頑張るなら、あたしだって頑張ります。ムカつきはしますけど、我慢します」
僕の言葉が終わった瞬間に、翼が宣言。ちょっと発想が依存しすぎな気もするが……。悪い方にはならないだろうことを信じる。
「皆はどうする?」
翼以外の三人に問いかける。もう答えは決まっていたみたいに、三人が微笑んだ。
「わたしも力になるよ。まあ、こういうときにはあんまり役に立たないかもだけど」
「うん。光輝についていく。もちろん、無条件に従うわけじゃない。光輝の考えに納得したから」
「私的な断罪と永久追放の流れだけでは、もう世の中立ち行かないと思います。私も手伝いますよ」
「そっか。ありがとう。皆がいれば、本当に心強いよ」
こういうの、仲間っていうのだろうか。
一人だったときにはなかった、誰かに支えられている感覚。
そして、僕を茶化すように、翼がにっこり笑って言う。
「皆ってことは、やっぱりハーレム路線で行くということですね。あたし含めて、末永く宜しくお願いします」
「や、そういう意味では……」
「もういい加減観念してください。他にあたし達皆を幸せにする方法なんてありませんよ?」
「……結論を出すにはまだ早い」
「皆さん、いっそもうここで既成事実作りませんか? それが手っ取り早いですよ」
翼が気軽に言って、やはり止めるのは葵。
「そういう強引なのはダメだってば。好きなら我慢も覚えなさい」
「……ふん。仕方ないですね。ん? 電話ですね。あたしが返事しないから、わざわざかけてきたんでしょうね。ちょっと出ます」
翼が軽い調子で電話に出る。
なんで返事しないの誰のせいでこんなことになったと思ってるの今からこっち来て謝罪動画でも作れ、とブラックフレンドな言葉が漏れ聞こえてくる。
そして、翼があっけらかんと言う。
「お昼ご飯食べたら話聞いてあげるから、またあとでね。『炎上くらい今時珍しくもないし、過敏にならなくてもいいんじゃない? 謝罪すれば終わりでしょ?』とかなんとか。そう言ってたのは美佳だったと思うけど?」
そこで翼が電話を切り、ついでに機内モードをオン。これで電話もメッセージも届かない。
「葵さん。お腹空きました。カレー、食べたいです」
微笑む姿を見ると、元仲間に拒絶されて死にたいと言っていたことが嘘のよう。
一人だったら、きっとまた落ち込んだり、心を乱したりすることもあっただろう。今の安定感を、僕が、あるいは僕達が与えられているのなら、とても嬉しいことだと思う。
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