三つ目

「光輝君は、今はまだヤマト君の代理で配信をしているだけですよね? でも、ヤマト君が復帰する頃には、代理ではなく、独立して配信されるんでしょう?」

「うん。その予定だ」

「それ、ソロでの活動じゃないと都合が悪いとかあります?」

「いや、特にそういうことはない」

「なら、一緒にやりませんか? もちろん、私は住む場所も離れてますし、単純に共演というわけにはいきません。でも、色々協力しあえることもあると思うんです。配信の話題やテーマを一緒に考えるとか、気になるニュースを共有するとか。

 それに、そもそも事前に視聴者から話題や相談事を集めてもいいと思うんです。メールやSNSを利用すれば簡単です。その管理を私に任せてください。迷惑メールとか怪しいメールとかもたくさん来るでしょうから、それを省いて、光輝君に転送するなりします。共通のアドレスを持ってもいいかもしれませんね。私が順次不要なものを削除します。

 あと、簡単にではありますが動画の編集もできますから、動画投稿をする際にはお手伝いもできます。

 あ、そうだ。これは今の思い付きですけど、配信中に私が光輝君に電話して、スピーカー機能を使って話をすれば、簡易的な共演という形も実現できますね。ビデオ通話という手もあります。ちゃんと調べればもっといい配信方法も見つかるはずです」


 勢い込んで提案してくる沖島。その提案は一考の価値があるとは思うのだが、急なことで戸惑いが大きい。


「ちょっと待ってくれ。そもそも、沖島さん自身も配信するつもりでいるの? それとも、あくまでサポート役がメイン?」

「あ、すみません。実を言うと、私も段階的に配信を再開してみようかと考えています。

 というのも、昨日、配信が終わってからゆっくり考えたときに、ふと思ったんです。私がいつまでも悪者としておとなしくしているのはおかしいなって。

 それに、私のことを誰も知らない街に行ったって、そのうち誰かが気づくんですよね。私の名前を検索したら、あの件は調べがつきます。

 たぶん、隠れていても誰かの批判に怯える生活で、表に出ても批判される立場なんだと思います。だったら、私はもう隠れていないで、堂々と表に出てもいいかなと思いました。

 もちろん、アイドルに戻ることはもうありません。芸能関係者になるつもりもありません。あくまで私個人が素人として活動します。

 ただ、私は、思い立ったら後先考えずに行動してしまうところがありまして。今日の話だって、本当は明日でもよかったはずなのに、早く話したくてしょうがなくて、早々に来てしまいました。

 行動力はある方だと思います。おかげで、当たってくだけろ感覚でアイドルをやれました。でも、逆にそのせいで考えの足りない発言をして、廃業する他なくなりました。

 私は、一人でやってはダメなタイプなんです。隣に、もっと思慮深くて冷静な人がいてくれないと、きっとまた同じ失敗を繰り返します。

 だから、光輝君と一緒にやれたら理想だと思ったんです。

 そして、光輝君が私を勇気づけてくれたように、私も、誰かを勇気づけてあげられる配信をしたいと思っています。一度失敗してしまったからこそ、伝えられることもあると信じています」


 沖島がそこで一度区切る。今さっきまでは興奮気味だったのだが、急に少しだけ表情を曇らせる。


「……まぁ、ちょっといい感じのことばかり言いすぎましたね。実のところ、私も悩んでいます。

 本当に配信復帰していいのか? 誰かと組んでも迷惑かけるだけじゃないのか? 誰も私のことなんて求めてないんじゃないのか?

 考え込んで、不安にもなります。

 特に、私だけがまた批判されるなら、まだいいと思います。でも、私と一緒に活動したせいで、光輝君まで炎上したら最悪です。どんな言葉で責められるのかはわかりませんが、二人とも配信をやめなければいけなくなるかもしれません。

 リスクを考えるなら、私はあくまで裏方としてお手伝いするのがいいでしょう。たとえそうなっても、光輝君の配信の力になれるならとても嬉しいです。

 ……色々言いましたが、具体的なことはまたあとで考えるとして。

 私と組んで、配信活動をしてくれませんか? 二人だからこそできることもきっとあります。光輝君がとめるのなら、私は裏方に徹します。そして、光輝君を全力でサポートします」


 沖島が、真摯な瞳で僕を見据えてくる。

 この言葉に裏はなく、単純に一緒に活動したいからこその提案なのだろう。先に告白し、その話をすっぱり終わらせたのも、沖島なりのけじめなんだと思う。恋の成就を密かに狙っているとか、余計な下心はないという意思表示だ。

 それにしても、沖島と組んで配信か。全く想定外だし、最悪二人とも活動できなくなるリスクがあるとすれば、色々考えるべきことはある。

 それでも、僕は一言、告げる。


「一緒にやろう」

「まぁ、色々考えて、気になっている子達とも相談して決めて……ん? 今なんと?」

「だから、一緒にやろう」

「え? ……え? いいんですか? そんな即決で? 誰かと相談とかは?」

「相談しても、僕の意思は変わらないよ。一緒にやろう」


 僕の言葉に、沖島は呆気にとられている。構わず、僕は続ける。


「僕は昨日、いざとなれば学校に乗り込んで話をつける、ということも言った。その場のノリのいう面は確かにあったけれど、あれは本気だ。

 沖島さんは、これ以上誰かに怯えたり、責められたりする生活なんて送るべきじゃない。それは間違いないことだ。

 一緒に配信活動をすれば、何かしら僕にも飛び火する可能性はある。そのときには、沖島さんと一緒に僕も戦う。そして必ず、沖島さんがなんの抵抗もなく公の場に出られて、思う存分笑っていられるようにする。

 僕の配信なんて、本当に口だけ。口だけならなんとでも言える。

 だけど、口だけじゃなくて、もっとちゃんと力になりたい。誰が敵になったとしても、沖島さんの居場所を守りたい。

 一緒にやろう。タイミングは計るけど、沖島さんも顔を出して、堂々とやろう。

 まぁ、僕の配信を今後どうしていくかは未知数だし、二人でやるより一人でやる方がいい場面もあるだろうから、常に共演という形は取らないと思う。

 でも、とにかく、一緒にやろう」


 言い切ったところで、沖島からの返答はない。何かを言おうとしては口を閉ざし、結局何も言葉を発さない。

 スン、と鼻を啜る音が聞こえたかと思えば、目尻から涙がこぼれ出す。沖島はそれを両手で拭う。


「あ、ご、めん。なんだろう……思ってたより、嬉しい……。胸の中が、ぶわってなってる。は、初めて、ステージでお客さんに拍手貰えたときみたいな……」


 沖島の涙は止まらない。最近、女の子の泣く姿をよく見ているのだけど、相変わらず上手い対処なんてわからない。


「あ、えっと、とりあえず、ハンカチ……」


 ポケットから取り出したハンカチを、沖島に手渡す。洗いたてというわけでもなかったのだけれど、沖島は気にせずにそれで目を押さえる。


「あり、がとう……」


 絞り出された声に、僕は曖昧な笑みを浮かべるだけ。とりあえず、ハンカチのお礼ではないよな、とは思った。

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