雑談?

 三分ほどオロオロしていると、沖島が次第に落ち着きを取り戻す。


「すみません……。いつの間にか涙もろくなっていたみたいです。そんな風に、私を守ってくれようとする人なんて全然いなくて……。もう一人でも平気だと思ってましたけど、本当はそんなことなかったんですね……」

「みたいだね。でも、これからはもう一人じゃない。僕はもちろん沖島さんの味方だし、あの三人だってそう。心配いらない」

「もう! これ以上泣かせないでください! 二人で会って話せる時間は少ないのに、ずっと泣いてるだけなんてもったいないじゃないですか。何か、私が冷静になれる話をしてください」

「ムチャぶりだなぁ」


 へへ、と涙目のまま笑う姿が可憐で美しい。

 数秒考えて、ふと疑問に思ったことを尋ねる。


「そういえば、沖島さん、今年受験じゃないの?」

「ええ、そうですよ? でも、自分で言うのもなんですけど、成績は結構いいんです。最難関とかは到底無理でも、一般の国立大に順当に受かる程度の学力はあります。

 受験生だからって四六時中勉強しているわけではありませんし、トークメインの配信であれば活動はできます。メールチェックも問題ないでしょう。むしろいい気分転換です」

「なるほど……それならいいか。ちなみに、今日は早退とか言ってたけど、それも大丈夫なの?」

「平気です。勉強はわかりますし、教師受けもどうでもいいです。全部の授業をきっちり受けるのが素晴らしいわけではないでしょう?」

「それはそうだ。出席率と成績が比例するわけでもない」

「そうですよ。毎日欠かさず学校に行くのが当然で良いことみたいになってますけど、それ自体にたいした意味はないと思います。

 なんの意味があるかも考えず、生真面目に定められたルールを守るのが素晴らしい……なんて考えるのは、日本の学校の悪いところだと思っています。光輝君は、そんな風には考えませんか?」

「それは思う。学校はおかしいことだらけだ。全部ダメとはもちろん言わないし、一定の効果はあると思う。でも、学校の理不尽なルールに盲目的に従うことが良いとは思わない」

「気が合いますね。そういうのも配信で話していきましょう。きっといい反応が返ってきますよ。あ、とりあえず涙が引きましたね。ありがとうございます」


 一息吐いて、沖島がブラックコーヒーを美味しそうに飲んだ。

 それから、沖島がスマホを取り出して時計を見る。話はそこまで長くなかったが、離席の時間もあったので、二十分ほどが経過していた 。


「あと十分はいいですよね? 組んで配信する件の詳細については、また今度ゆっくりお話ししましょう。これで本題は終わりましたし、雑談しましょうよ。難しいことはなしで、ただ、話したいです」


 沖島が微笑む。アイドル時代には大層人気があったことだろう、とても魅力的な微笑みだ。この笑顔に惚れ込んだ人も少なからずいたはず。僕自身、葵達と先に交流がなかったら、どうなっていたかわからない。

 また、笑顔の魅力だけではなく、沖島は相当な努力を積み重ねて来たに違いない。怜を見ても、アイドルなんて生半可な努力でなれるものではないのはわかる。青春全部をかけるような生活だったに違いない。

 取り返しのつくミス一つで、それだけ必死に築いたものが全て失われてしまうのは、やはり惜しいことだし、おかしいと思う。


「あ、そうだ。雑談の少し前になんだけど……僕が沖島さんと組むなら、あの三人とも一緒に活動することもあると思う。それでもいい?」

「ええ、それは構いません。光輝君が認めている相手であれば、私から口出しすることはありません」

「信頼されてるのかな?」

「もちろんです。現状の話で言えば、私は光輝君以上に信頼している人物はいませんよ」

「……それは大袈裟だろ」

「大袈裟ではありません。本気です」


 沖島が、少しムッとした表情を見せる。本気だったらしい。


「……そっか」

「そうです。私の炎上から四ヶ月くらい経ちましたけど、真に私の味方になってくれたのは光輝君だけです。親でさえも、私のことを調子に乗りすぎたバカ娘と思っています」

「……そっか。本当に苦労してるんだな」

「まあ、それはもういいです。どうでもよくなりましたから。それより……気になってたこと、訊いてもいいですか?」

「うん。何?」

「女の子が三人ついてきてますけど、三人とも光輝君に告白してきた、ってことで間違いないですか?」

「うん。そういうこと」

「配信始めてまだ五日くらい? それで三人……私を含めれば四人というのは、すごいですね。それで、本命は誰なんですか?」

「……まだ、なんとも」

「本当ですか? それは、誰かの名前を言うと他の子に悪いとかで言わないだけですか? それとも、本当は誰のこともそんなに好きじゃないってことですか?」

「まぁ、正直言うと、僕の中では、誰が一番というのはある。でも、今は言わない。それに、ロングの翼と、ショートの怜からは、三人同時に付き合えばいい、とか言われてて……」

「んん? 三人同時? どういうことですか? リアルハーレムですか?」

「そうなんだ。もう一人の葵は抵抗あるみたいなんだけど、他の二人はそれでもいいって。ポリアモリーの人だっているんだから、そういう関係になればいい、ってさ」

「ポリアモリー……。言葉では知っていますけど、実際に見ることはないですね。でも、そういう関係になればいいと、二人からは言われている、と?」

「うん」

「ふーん。へぇー。なるほどー。そうですか。そういうのもありですか」


 うーん、と悩み始める沖島。もしかして、余計なことだっただろうか。


「私は、ポリアモリーのあり方がいまいちイメージできません。でも、何事も偏見は良くないですよね。それは痛いほどわかっています。……であれば、試してみるのもいいのかもしれません」

「……えっと」

「あ、そんなに困った顔しないでください。ポリアモリーとはいえ、何人でもオッケーというわけではないですよね。それに……私は、たぶん、光輝君とは特別な関係にはならない方がいいんだと理解しています」

「というと?」

「光輝君は、私を擁護し、励ましてくれました。でも、あの言葉って、私達が特別な関係にないからこそ、より価値があるものだと思います。恋人関係だったら、本心はどうあれ、擁護して励ますのが当然でしょう? 赤の他人のための言葉だったからこそ、私だけではなく、より多くの人の気持ちを動かせるんだと思います」

「……それはあると思う」

「だから私は……伝えるだけ伝えて、この気持ちについては終わりにしようと思っていました。新しい出会いもありますし、緩やかに忘れていけばいいと……」


 思っていました、か。ということは、思い直してしまった?


「……どうしましょう。こんな話を聞いたら、忘れられないかもしれません。でも、迷惑ですよね?」

「……僕には、そんなにたくさんの想いを抱えられる自信はない」

「です、よね。当然です。一人分の想いをしっかり受け止めるだけでも大変なんですから、それを四人もは、難しいですよね」

「ごめん」

「いえ、いいんです。片想いはもう少し続きそうですが、期待はしません」

「……うん」


 期待しません、と笑う沖島の目から、涙が一筋流れる。気まずくて視線を外す僕と、慌てて涙を拭う沖島。


「あ、ご、ごめんなさい。もう……やだ……また……カッコ悪い……」


 つい最近まで、告白されることなんてなかった。自分の失恋は知っていても、誰かを振る痛みとは無縁だった。

 気持ちに応えられないって、辛いことなんだな。でも、ここで沖島の気持ちも全部受け止めるなんて簡単にできるわけじゃない。沖島のことは嫌いではないし、素敵な人だとは思うけれど、ここは安易に手を差しのべるわけにはいかない。この痛みに耐える他ない……。

 時間にすれば、ほんの一分ほど。沖島はすぐに泣き止んで、微笑む。


「すみません。気にしないでください」

「うん……」

「自分で話題にしておいてなんですが、恋愛の話は止めましょう。私の心がえぐれます」

「……ごめん」

「すみません。気まずいですよね」


 沖島は強引な笑みで話を変え、アイドルは好きかとか、そんな話を少し。そうする間に時間はあっという間に過ぎていった。


「そろそろ時間ですね。本当に、昨日も今日も、ありがとうございました。おかげで、また素直に笑っていこう、って思えるようになりました」

「うん。それは良かった。僕としても、自分が何かできたと思うとすごく嬉しい。僕と出会ってくれてありがとう」


 真っ直ぐ見つめて言うと、沖島が頬を赤くして目を逸らした。


「……やっぱり諦められないかも」


 沖島がぼそりと呟いた頃に、翼から着信。約束の三十分を少し過ぎていた。

 通話を開始したが、店内なので、端的に一言。


「話は区切りがついた。すぐ戻る」

『わかりました』


 通話を切って、軽く苦笑い。そんなにきっちり時間を計らなくても、と思わなくはない。

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