変化

「フフ。愛されてますね。羨ましいです」

「……嬉しいのは確かだよ。戸惑いも大きいんだけどさ」


 席を立ち、僕がトレーを運んで返却。店を出る。

 出入り口のすぐ近くに三人が待ち構えていて、特に翼が僕を睨んだ。


「何もされてないですね?」

「されてないよ」

「……されればいいのに。そしたら遠慮なく襲います」

「どっちが正解だよ」

「問答無用で光輝さんがあたしと付き合うのが正解です」

「それは、ちょっと」

「もう! いつまでも女を待たせるもんじゃないですよ!」

「ほらほら、待たせるって、まだ二、三日くらいでしょ? 急かしすぎ」


 最後に葵が翼をたしなめて、翼も引き下がる。僕達のやり取りを見て、沖島がふくふくと笑った。


「いい関係のようですね。親衛隊が三人もいたら、悪い女が近づくことはないでしょう。ある意味安心です」

「……これでいいのかは悩むところだ。僕がしっかりしていたら、三人を無闇に待たせることもなかっただろうな」

「事情が複雑ですからね。それに、一人一人ときちんと向き合うことの大変さがわかるからこそ、たくさん悩むんでしょう。光輝君はそれでいいと思います。それは、風見さんもわかっているでしょうけどね?」


 むぅ、と翼が呻く。


「わかりますけど。でも、これくらい言わないといつまでも保留になっちゃいそうですから」

「あ、それはあるかもですね。後押しはした方がいいと思います」

「では、遠慮なく」


 翼が僕に抱きついてこようとして、また葵に止められた。


「やめなさい」

「そうそう。やるなら翼だけじゃなくて、私と葵も含めて皆で」

「怜もなんか違うこと考えてる!」

「大丈夫。葵もそのうち私と翼色に染めて上げる」

「二人ってそんなに仲良しだったっけ!?」


 僕のことなど放っておいて、三人がわちゃわちゃとじゃれ合う。こんな光景も決して嫌ではなくて、誰も欠けてほしくないな、と思ってしまった。……僕は案外欲深いのかな。

 少し待つと、葵の尽力のおかげで皆が落ち着きを取り戻す。そこで、沖島が居住まいを正して言う。


「それでは、私はこの辺で失礼しますね。皆さんの団らんを邪魔したくはありません。今日は、大切な彼氏未満をお貸しいただきありがとうございました」


 沖島がペコリと頭を下げ、葵が手をパタパタと振りながら応える。 


「光輝はわたし達の所有物とかじゃありませんから、少しくらいいいですよ。ずっとは嫌ですけど」

「あなた達から奪っていくのは至難でしょうね。ちなみに、光輝君に一番最初に告白したのって、清水さんですか?」

「え? まぁ、そうですけど」

「ふぅん……。なるほどなるほど」


 沖島が、妙にニヤつきながら僕と葵を交互に見る。何かを察しているようだが、僕からは何も言うまい。

 きょとんとする葵。その隣で、翼が顔をしかめる。


「なんですかその訳知り顔は。葵さんはこの三人の中で何か特別な存在というわけではありませんよ? 立場はあたしと同じです」

「……そうでしたか。なら、私の早とちりですね」

「まったくもってそうです。勘違いも甚だしいです。その予測は事実無根です」


 翼が言い募るのを、沖島は微笑みを浮かべて受け流す。翼は不満そうだが、何かを言い出す前に、僕が少し口を挟む。


「あのさ、沖島さんがいる間に話しておくけど、僕と沖島さん、一緒に配信をやっていこうってことになった。今すぐにではないけど」


 僕からすると、そこまで重要なことではなかった。一緒にやるからって、三人よりも大切だとかいうことはない。そして、だからできれば皆にも協力してほしい、と続けるつもりだった。

 しかし、僕の予想以上に、三人にとっては一大事だったようだ。


「……え? どういうことですか?」

「……うん? なんか、衝撃の告白をさらっと言わなかった?」

「……三十分の間に何が起きたの?」


 三人とも唖然とした顔で僕を見る。その反応の大きさに驚く。


「あ、えっと……何かまずかった?」

「まずいとかまずくないとかの話ではありません! 誰かと組んで配信をするつもりなら、なんで沖島さんより先にあたしを誘ってくれないんですか!? こんなぽっと出の女を先に口説くってどういうことですか!?」

「そのつもりがあったなら、事前に話くらいしてくれたら嬉しかったなぁ」

「まぁ、私達は皆ぽっと出。一週間も経ってないんだから。でも、翼の気持ちはよくわかる」


 三人になんの相談もなく即決してしまったが、悪いことをしてしまった様子。かといって、あの場では他の答えは考えられなかったが……。


「もう! もう! なんで! なんでですか! 人が、こんなに!」


 いつも饒舌な翼が言葉を無くし、目に涙を浮かべ始める。これは、よほど翼を怒らせてしまったようだ。

 うーっ、と唸りながら僕に近づき、握った拳で僕の胸を殴る。物理的に痛いわけではないが、胸をえぐるような痛みだった。僕から誘ったわけではなくて……。その説明をする前に、沖島が割って入る。


「待ってください。光輝君は何も悪くありません。私が一緒にやってほしいとお願いをして、光輝君が承諾してくださっただけです」


 沖島が端的に事情を説明。翼も多少は落ち着いたようだが、顔をしかめたまま。


「それでも……なんか、悔しいです。あたしだって、絶対に光輝さんの力になれるのに」

「……その、ごめん。翼が頼りないと思っているわけじゃないんだ。これは、ちょっとした流れで……」

「言い訳はいりません。言い訳じゃなくてもいりません。早とちりはすみませんでした。けど、あたしも一緒にやります。いいですよね?」

「あ、うん。もちろん。たぶんだけど、翼の力も必要だ。翼の言葉は、こういうときに大きな武器になる」


 そう言うと、翼が嬉しそうにムニムニと唇を動かす。


「……逆にやり過ぎないように、光輝さんが抑えてくださいね」

「ああ、わかった。なんとかする。翼が協力してくれるなら心強いよ」


 多少は機嫌を直してくれたのか、翼が半むくれの顔で器用に笑う。


「翼は誘われて、わたしは誘われないのか……」

「私も必要ないのかな……。確かに流暢に喋れるわけじゃないけど、なんだか寂しい……」


 葵と怜が実に悲しそうにぼやく。その声も心をえぐってくる。


「できれば二人とも協力してほしいと思ってるよ。どういう形で何をするかは決まってないんだけどさ」

「え? いいの? あんなこと言ったけど、わたし、なんにもできないよ? 特技とかないし」

「私も、配信でどこまで協力できるかはわからない……」

「そんなことはない。皆が皆、翼のように言葉を尽くして相手を圧倒する必要はないし。

 ただ……正直、一緒に活動することで、色々と大変なこともあると思う。だから本当は、巻き込むべきではないとも思う。協力と言っても、裏方に徹するとかになるかも……」

「何言ってるの? 光輝にリスクがあるときに、一人だけ安全なところにいるつもりはないよ?」

「私は、光輝も翼も信頼してる。二人が組むのに、何を心配すればいいのかわからない」

「……なら、いいか」


 二人からの非難がましい視線が痛い。僕はまだまだ二人のことをわかってないらしい。


「三人ともありがとう。ただ、これからどうしていくのかはまだ全くの白紙状態。具体性がなくてすまない」

「構いませんよ。光輝さんとなら何だってします」

「わたしも同じだよ」

「うん。同じ同じ」


 と、そこで沖島が妙に呆気に取られているのが視界に入る。


「あ、沖島さん。そういうわけだから、やっぱり皆一緒にやることになった。いいかな?」

「それは、いいです。でも……本当に、大変だと思いますよ? 余計な厄介事を抱え込むなんて……」

「はぁ? 何言ってるんですか? 厄介事って、ただのアホな炎上中毒者に絡まれるくらいでしょう? あたしと光輝さんに勝てる相手がいるならむしろ見てみたいですね」

「すごい自信……。わたしはそこまで役に立たないかもしれませんけど、沖島さんが悪いとは全く思ってないので、そんな理由で組むのを止めたりしません」

「炎上なんて、今の時代は誰にでもリスクはあります。反省して済むはずの人を、いつまでも腫れ物扱いする気はありません」


 三人の力強い言葉に、沖島が視線をさ迷わせる。目尻に数回手を当てるが、すぐに笑顔を見せる。


「こういう人達もいるんですね」

「もちろんだ。むしろ、いつまでも沖島さんを責める人の方が圧倒的少数派だよ」

「です、よね。ありがとうございます」


 沖島が瞳を輝かせながら綺麗に笑う。そして、調子を取り戻した翼が一度手を叩く。


「じゃあ、そうと決まればちょっと皆で話し合いましょうよ。これから何をするのか。どうするのか。沖島さんはどうせホテルに行っても暇なんでしょう? それとも、有料チャンネルでAVでも観ますか?」

「そ、そういうのは観ません。ホテルの有料チャンネルってラインナップがいまいちですし……じゃなくて! 暇と言えば暇です」

「なら、今後の活動について話しましょうよ。そんなさっさと帰らないでいいです」

「……いいんでしょうか? 私、突然やって来て、皆さんの邪魔を……」

「邪魔ではないです。むしろ皆で光輝さんを籠絡する方法を考えましょう。光輝さんはじっくり攻めれば問題なくハーレム路線に堕ちていくはずです」

「……話が変わってますし、その言い方、なんだか怖いですよ?」

「怖くないです。あたしは常にあたしと光輝さんの幸せを願っています」

「光輝さんの幸せを、と言わないところがある意味誠実ですね。とりあえず、活動について話し合うのは賛成です。……皆さんもいいんですか?」

「いいですよ」

「私も」

「うん」


 そして、話し合いの場として安いハンバーガーショップを選び、そこへ向かう。

 女の子達に囲まれるようになったのも大きな変化だが、それとはまた別で、何かが変化していく予感があった。

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