配信、五回目。いじり
「こんばんは。今日も視に来てくれてありがとう」
視聴者は、二千人ちょっと。特段増えもせず、減りもせず。
何から話そう、なんて特に決めていたわけではなかったのだけれど、自然と、先程のことを話していた。
「……ついさっきの話なんだけど、ヤマトと久しぶりに将棋を指した。六年ぶりくらいかな。小学生のときにうちでブームになって、そのときはよく勝負してた。で、だいたい僕が負けるという流れ。当時はそれが悔しかった。どうにかして勝とうと頑張ったんだけど、ヤマトの方が強くて、覚えがよくて、僕が勝ち越すことなんて全くなかった。
久しぶりに将棋をやってみたら、お互いに昔覚えたことなんて忘れてて、グダグダでほぼ五分の勝負になってた。とはいえ、一勝二敗で、また僕の負け。だけど、別に悔しくはなかったな。
少し話が逸れるけど……勝つっていうのは、この社会では重要なことなんだと思う。どれだけ綺麗事を言っても、世の中は競争で成り立っていて、勝てなければ立ち行かなくなる。僕の周りの話で言えば、望んだ大学に行けないとか、好きな人に振り向いてもらえないとか。社会の話で言うと、就職できないとか、会社が潰れてしまうとか。
昔流行った歌で、花は争わないとかいう歌詞もあったけど、そんなことはないよな。長い争いの果てに綺麗な花が生き残ったんだよ、とか、強い花と弱い花を同じ鉢にいれたら弱い方が枯れるだろ、とか、色々反論できる。っていうか、それを言うなら寝ている人間は争ってないだろ、とかひねたことを思っていたこともある。
それで、話は戻るけど……勝つのが大切とはいえ、ヤマトとの勝負は、負けても悔しくなかった。
将棋の勝敗なんていちいち気にしない年齢になったっていうのもあるし、勝っても負けても失うものはないっていうもある。けど、それだけじゃなくて、僕はたいていのどんな勝負であっても、ヤマトに負けることは、もう悔しくないんだと思う。
ヤマトに勝てなくても、僕には僕の人生があって、それでいいんだなって、ようやく納得した。頭ではわかってたはずなんだけど、今になって腑に落ちたんだ。
それに気づいたのは、この配信のおかげだ。ヤマトの配信を楽しむ人もいれば、僕の配信を楽しむ人もいる。両方とも楽しめる人もいるけれど、片方しか楽しめない人、どちらかをより楽しいと感じる人、色々いるんだよな。フォロワー一万人の人と、フォロワー二千人の人を比べたら、フォロワー一万人の人が優れているということはない。
僕はヤマトにたくさん負けてきたけれど、そのおかげでわかったこと、得られたものもたくさんある。だとすると、何が勝ちで、何が負けなのかもわかったもんじゃない。この先また色んな面でヤマトに負けたとしても、僕の人生は失敗じゃない。
そんなことに、今さっき気づいたよ。
……独り言レベルの話が長くなってしまったかな。すまない。
まだまだ拙い配信だけれど、視に来てくれて、本当にありがとう。色々と気づかせてくれたことも、ありがとう」
『ヤマト君にはヤマト君の良さ、兄君には兄君の良さがありますよ』
『配信が繋ぐ兄弟の絆……いいですね!』
『ヤマト兄だからこその配信、いつも楽しみです! ヤマト君なんてただのテンション高い人ですから、ヤマト兄の方がずっと素敵です!』
「ただのテンション高い人って……。酷い言われようだな。僕は逆に、ただのテンション低い人だよ」
『ヤマト君復帰したら共演してください! テンション高い人と低い人のギャップが面白そうです!』
『逆に、兄が弟につられてテンションぶち上がってても面白いw』
『将棋配信も可。グダグダしながらトークしてても面白そう』
「グダグダしてるのを視るって、どんだけ暇なんだよ」
『暇っていうか、寂しい人。家にいつも一人なんで、誰かの姿を見てホッとしたい』
「あー……そういう人もいるのか。誰かの気配を感じるっていうのは、テレビにはないかも。グダグダ配信も多少は需要があるのかな。試しにやってみるくらいはいいのかもしれない。ヤマトと話してみるよ」
さて、今日はなんの話をすればいいだろう。今のところは、まだ悩み相談に関する知らせはしていない。そもそもそんなに需要もあるのかわからないし、様子を見ようと思った。
「えっと、何か訊きたいこととかあるかな? なければ適当に話すけど……」
『ヤマト兄さん、彼女はいますか?』
『わたしも、気になります!』
『お、ヤマト兄君、モテモテだ』
『訊いてるのが男だったら草』
「あー、彼女ね……」
この配信は、葵達も視ているはず。変に意識しないよう、基本的にコメントはしないという風に気を遣ってもらっているが、僕がなんと答えるかは注視しているに違いない。
ただ、この不特定多数の相手に対し、三人の女の子から言い寄られているところで、などと言ってしまうのは気が引ける。混乱を招きそうなので、少しぼかそう。
「とりあえず、彼女はいない。ただ、気になっている人はいる。割と親しくしてもらってもいるから、フリーという風でもない、かな」
『もしかして、その人もこの配信視てますか?』
「あー、うん。視てる。はず」
『珍しく歯切れ悪い兄』
『緊張してる緊張してる』
『っていうか、もはや兄君がコクったのと同義では? お相手の方、お返事は?』
「……お返事というか、これは僕が保留にしている問題だから、向こうが返事待ちだ。僕が配信始めてから告白してきた子がいてさ……。でも、急なことで僕の方はまだ心の準備とかできないから、まずは友達としての関係を保ってもらってる」
『ヘタレだ』
『ヘタレがいる』
『ヘタレの鑑』
『男に心の準備なんて必要ない』
『据え膳食わぬは男の恥』
『やればできる(意味深)』
その後も、僕をなじるコメントが続く。全てを話しているわけじゃないが、やはり僕のやっていることは、客観的にかなり情けないことなんだろう。わかってはいたが……。
「うわ……今までで一番高速でコメントが流れていく……。まぁ、僕が悪いから仕方ないけど……」
『保留にされている本人様、どうか一言コメントを』
『ボクらも応援しますよ!』
『付き合えるように皆で説得します!』
「……はは。皆、ノリがいいな」
訊かれたので答えたが、この辺のことはノーコメントの方が良かっただろうか。
しかし、もし視聴者の声に応えるとして、誰がコメントをするのだろう。三人同時にコメントされると、ますます状況が混乱しそうだ。
「えっと、視聴者さんは色々書いているけれど、気にしないでいいよ。これは僕の問題だしさ」
少し待つと、アービー、つまりは葵からコメントが上がる。
『ヤマト兄君に告白した者です。ヤマト兄君にはヤマト兄君のペースがありますし、一方的に好きになって、一方的に告白してしまっただけなので、返事を保留にされるのは仕方ないことだと納得しています。逃がすつもりはありませんが、まずは友達として仲を深めて、それから恋人関係になれたらいいと思っています。応援はありがたいですが、わたしはヤマト兄君のペースを尊重したいので、無理に圧力などはかけないでいただけると嬉しいです』
「……えー、アービーさん。ヘタレな僕のために、コメントありがとう。助かるよ」
『いえいえ。この程度、未来の彼女として当然の務めですから』
これ、本当に葵かな? 文面に少々翼の気配も感じる。
『良くできた未来の彼女』
『むしろ未来の嫁』
『末永く破裂しろw』
『ボクも配信してるんで、ヤマト兄とボクを比べてから、どっちと付き合うか決めてくれませんか? 無理ですか? そうですか』
「皆、恋バナになると急にテンション高いな。他人の恋でそんなに盛り上がらないでくれよ」
『他人の恋だからこそ無責任に面白い(ゲス)』
『もはやヤマト兄は皆のお兄さん。他人ではない』
『今後、進捗は事細かに報告すること。特にファーストキスと初体験は必須』
『電車男から時代は変わって、今は配信男か。え? 電車男って何って? ジェネレーションギャップが……』
「本当に無責任に盛り上がってるな……。悪いけど、僕達の恋愛事情について都度詳細を報告するつもりはないよ。あんまりしつこいようだったら、配信自体の継続も考える」
『うぇえええええええええ!? やめちゃダメです!』
『心配しなくても、皆ノリで書いてるだけ。本当に子細報告しろとは思ってない』
『俺は本当に思っていた』
『皆のお兄さんを奪う者がいれば、そのときは……覚悟しろ』
「あはは。なんだか皆で勝手に盛り上がってるなぁ。あんまりしつこいのは困るけど、多少ネタにして盛り上がってくれるのは構わないよ。干渉しすぎは遠慮してくれ」
『了解です!』
『別れたら教えてください! 告白しに行きます!(リアルで知っている女より)』
『結婚式は配信してくれますよね?』
「いや、配信はしないけどな。芸能人じゃないんだから」
しばし、僕の恋愛についてでコメント欄が盛り上がる。視聴者って勝手だな、と呆れる面もあるが、嫌なら配信をやめろ、という話だろう。
配信は、プライベートの切り売りという面がある。僕は人気を気にしないし生活もかかってないからいいけれど、半ば職業としてやると、本当に大変だろう。ある程度のプライベートは確保しつつ、視聴者の希望も叶える。バランスが非常に難しい。
「そろそろ、僕の恋愛については終わりにしようか。別の話にしよう」
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