配信、五回目。相談 前

『相談してもいいですか?』


 そんなコメントが流れてきて、少し驚く。改めて尋ねてくるということは、それなりに重い相談なんだろう。配信内でそういうこともしていこうとは思っていたが、二日連続でそういうのが出てくるとは思わなかった。

 相手の名前は、ティア。涙、という意味であっているだろうか。


「僕に答えられるものであれば、相談はしてくれてかまわない。どうしたの?」


『私は十八歳の高校生です。以前、とてもマイナーながらアイドルをしていて、生配信や動画投稿などもしていました。その動画投稿で、自分の無知から、ヘイトスピーチに当たることをしてしまいました。それから炎上して、アイドル活動を辞めることになりました』


「ヘイトスピーチか……。普段の生活ではほとんど聞かないけど、意味としては、「人種、民族、宗教などについて侮辱する発言や言動」だったかな。個人間での発言であれば問題になることはなくても、SNS投稿や動画投稿をするときには、注意しなければいけないやつだ。

 とはいえ、日本人にはあまり馴染みのない言葉。学校で習うこともほぼないし、この重要さを知らずに育つ人も多いよな。

 ……ちなみに、どんな発言をしてしまったのか、訊いてもいい?」


『はい。「近くのコンビニで黒人の男性が働き始めたけど、黒人は犯罪者のイメージがあって、怖いからそのコンビニに行かなくなった。コンビニで黒人を雇うのはやめてほしい」という話をしました』


「なるほど。僕はこういう問題の専門家じゃないから、きちんとしたコメントは難しいし、間違ったことも言ってしまうかもしれない。それは承知しておいてくれ」


『はい』


「えっと……ティアさんの相談とは一旦別の話になるけれど、先に言っておこうか。

 黒人は犯罪者が多いというイメージを持ってしまう人もいるけれど、圧倒的多数の黒人は犯罪者ではない善良な人。そういう悪いイメージになってしまうのは、僕があやふやな解説をするわけにはいかないくらい、複雑な背景があってのことだと思う。

 犯罪なんて、人種に関係なく犯す人はいる。黒人は犯罪者というイメージは、例えば日本人の誰かが海外で犯罪を犯したら、その国において日本人は全員犯罪者だと認識される、というくらい理不尽なことだと思う」


『そうですね。私はバカだから、そういうことを考えずに、理不尽に人を貶める発言をしてしまいました。本当に最低だったと思います。今は反省して、そういうことがないように視野を広げています』


「一度失敗してしまったのは、確かにいけないことだった。でも、そうやって反省して、考えを改めたなら、それでいいんだと思う。特に日本はこういう話に鈍感だから、指摘されなければ自分が間違ったことをしていると気づかないこともある」


『私も、それでいいんだと思います。自分を擁護するみたいで少し気が引けますが、ヘイトスピーチに当たることをしてしまったことは最低でも、それで誰かが死んだわけではありません。取り返しのつかないミスをしたわけでもないのだから、反省して、謝罪したら、許してもらえてもいいと思います』


「うん。僕もそう思う。人間は誰しも完璧じゃないし、公で千も万も発言をしていたら、そのうちに一つくらい、失言をしてしまうこともある。

 もちろん、何度も同じ失敗繰り返すようだったら、それは形だけの反省と謝罪で、許されなくても仕方ないかもしれない。でも、反省してやり直す機会は与えられるべきだ」


『私も賛成です。でも、世間は私を許してくれませんでした。差別思想のあるバカな女というレッテルを貼られて、それ以前にあった、普段なら問題にならない細かな失言なども問題視され、アイドル活動を終わりにする他ありませんでした。比較的小規模かもしれませんが、ネットでも酷いことをたくさん書かれました。

 その上、普段の生活でも、私は人間性最悪の女としてバカにされるようになりました。反省していると伝えても、周囲の反応は変わりません。形だけだろとか、根本的に人間性が悪いとか。

 きっかけを作ったのは私です。でも、自分で言うのもなんですけど、私は、ずっと白い目で見られなければいけない程のことは、してないと思います』


「うん。僕も、そう思う」


『私は、どうすればいいんでしょうか? このまま、ずっと悪者として生きなければいけないでしょうか?』


 文章だけでは、もちろん相手の表情はわからない。でも、おそらく、画面の向こうで、ティアは涙を流しているんだろう。悔しさと憤りが滲んでいるのを感じた。


「これは……正直、ティアさんに何かを伝えて、ティアさんが行動を起こすことで解決する問題ではないと思う。ただ、無力だとは思うけれど、僕に言えることを、言っていくよ。


 人間って、本当にとても醜い部分があって、それは、自分が「正義」と信じているときに、よく現れる。ティアさんをいつまでも貶め続けようとする人は、まず、自分の「正義」に酔ってしまっているんだと思う。


 こんなことが起きるのって、たぶん、人間の根本的な精神に、「競争に勝ちたい」「他人の優位に立ちたい」「優れている人として称賛されたい」という、身勝手な部分があるからだと思う。

 「正義」を盾にし、反論できない状況に追い込んで、安全圏から攻撃すると、容易にそんなことができてしまう。相手を貶めれば、勝者になれて、相手より優位になれて、「悪」と戦う素晴らしい人物にもなれるんだ。

 悪人を断罪するって、気持ちいいことなんだよ。水戸黄門だって、戦隊ヒーローだってそう。悪を懲らしめてより良い社会を作る姿に憧れるより、悪を倒して勝者となり、悪を見下して優越感を覚え、素晴らしいと称賛される姿に憧れる部分の方が大きいんじゃないだろうか。


 それから、もっとシンプルな話。失敗した人をいつまでも責め続けるのは、人がストレス発散の捌け口を探しているから、という面もあると思う。

 日常では、色んなストレスが溜まってしまう。でも、それを発散する場所のない人もたくさんいる。その捌け口として、「悪人を断罪する」という手段を選んでいる人がいる。

 より良い社会を作るという建前は気分が良くて、優越感に浸れるという心地良さもあり、他人を傷つけて喜ぶ嗜虐心も満たせる。ストレス発散には、ある意味優れた方法だ。

 そんなことだから、悪人の断罪って、気持ちいいんだよな。もはや、娯楽の一種だと認識してもいいくらい。それは、一昔前、公開処刑が娯楽だった時代と似ていると思う。


 世の中には、本当に社会を良くしたいと思って、いわゆる「悪」と戦う人もたくさんいると思う。だけど、それよりも圧倒的に多数の人が、今は断罪という娯楽を楽しんでいる。ネットではそれが溢れていて、それが現実にも及んでいる。


 自分がやっていることは本当に「正義」なのか? 改めて考えて、行動していかなければいけないと思う。単なる娯楽として「正義」を振りかざすことは止めるべきだ。それは、決して正しくない。


 そして、「正義」を振りかざす人についてだけじゃなく、ネットを見る者のリテラシーの問題もある。

 断罪し、炎上させる側は、単に優越感に浸ったり、ストレスを発散したりしているだけ。それを、ネットを見る者は理解しておくべきだと思う。見る人が、またつまらないことやってるな、って冷静に見られるようになれば、多少の炎上なんて、本当は些末な問題なんだよ。


 ただ……僕がどれだけこんなことを言っても、ティアさんの状況が改善されることはないのかもしれない。それは、僕の力が及ばず、本当に申し訳ないと思う。

 せめて、ティアさんにも、ちゃんと味方がいるってことだけは理解してほしい。僕はティアさんを責めることはないし、ティアさんが十分苦しんだだろうことも察している。


 質問の答えとして、ティアさんがどうすればいいというのを、僕が明言するのは難しい。それでもあえて何か言うとすれば……ティアさんは、毅然として、胸を張って生きていけばいい。開き直りではなく、ティアさんは、もう「悪」なんかではないんだから、それでいいんだ。

 そして、ずっと白い目で見られるなんて、そんなのはおかしい。時間が流れれば周りは勝手に忘れていくのかもしれないけれど、今のそういう視線も、もう気にしなくていいと思う。向こうに正当性なんて何もない。

 ……もし、ティアさんが僕の身近にいる人であれば、学校に乗り込んでいって、皆に話をつけてやりたいくらいに思っている。僕は本気だから、いざとなれば、呼んでくれ」


 こんなこと言って本当に大丈夫かな……? と内心ちょっと不安だが、後には退けない。いざというときは覚悟しよう。

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