一日一回

「いいね。それはやろう」

「いいと思います。待つだけでは進めません」

「……じゃあ、誰から行く? じゃんけんでもしよっか?」


 三人がじゃんけんを始め、何かの順番が決まる。そして、最初に葵が僕のもとに近づいてきた。


「これから毎日、わたし達は一日一回、光輝に気持ちを伝えるってことになった。光輝のペースにできるだけ合わせるけど、背中を押すために。いいよね?」

「ああ……うん。わかった。回りくどいことさせてごめん……」

「いいよ。これも惚れた弱味ってやつ」


 ふぅ、と軽く息を吐き、告げる。


「わたしは光輝が好き。光輝の声を聞けて、光輝のことも知れて、本当によかった。もともと好きだったのに、もっと好きになった。毎日毎日、好きの気持ちが大きくなるのを感じてるんだ。これからどういう関係になれるのかわからないけど、こうして、目一杯誰かを好きになれただけでも幸せなことだと思う。わたしと出会ってくれて、ありがとう。すごく、すごく、好き」


 薄暗くてよくわからないが、葵はきっとまた赤面しているんだろう。僕も、同じ顔をしている気がする。体も、顔も、熱い。


「……ありがとう。こんな風に好意を向けてもらえるのは、すごく嬉しい。誰にも必要とされないと思っていたけど、そんなことはなかった。僕に初めて明るい世界を見せてくれたのは、葵だよ」

「へへ。もう、そんなこと言われたら、またキスしたくなっちゃうじゃん。急かさないけど、早くわたしと付き合ってよ」

「それ、急かしてるよ」

「あ、バレた? あはは。気にしないで。いつまでも待ってるから」


 葵が下がり、今度は怜が前に出る。恥ずかしげにはにかむ姿が可愛らしい。


「……自分で提案しといてなんだけど、これ、やるのも聞くのも恥ずかしいね」

「……だな」

「えっと……今日初めてお互いをちゃんと認識したばかりなのに、こんなに親しくなれたのは、とても嬉しい。問答無用で振られることも想像してたから、振られなかっただけでも良かったと思う。ただ、こうして話してると、どんどん光輝のことを好きになる。もっとずっと、側にいたい。

 歌うことと同じくらい、私は光輝が好き。あ、これは、私なりに、最上級の好意の表明。私は、一生歌が好きだと思う。だから、つまり、それくらい光輝が好きってこと……だよ? じゃ、以上で」


 言い終えると、怜が俯いて視線を外す。恥じらう姿は、やっぱりとても可愛らしい。


「ありがとう。今日は、怜に助けられた場面もあって、怜がいてくれて良かったと思う。僕の心はまだこの状況に混乱しているんだけど、好意を持ってもらえるのは、たまらなく嬉しい。感情が溢れてしょうがなくて、こっそり、踊り出したいくらいにはなってるんだ。でも、僕は情けないやつだから少し待たせてしまう。ごめん」

「待つのはいい。私は、光輝が一番幸せになれる形を望む。光輝の心の雲が晴れて、綺麗な青空が広がったときに、答えを教えて」

「……うん。わかった」


 怜が下がり、最後に翼がつかつかと接近してくる。ちょっと近すぎない? というところで、ようやく立ち止まる。


「好きです」

「お、おう」

「なんですかその微妙な反応は。他の二人の時はもう少し何かを感じている風でしたよ」

「勢いに押されて……」

「二人が何を言おうと、光輝さんを一番好きなのは、あたしです。間違いありません。光輝さんのためなら死ねます」

「僕は死んでほしくないぞ」

「もちろん死にませんけど。ただの例えですけど。でも、本当に、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでしょうがないんです。むしろ好きすぎて死にそうです」

「……あ、ああ」

「絶対、光輝さんを離しません。ずっと離れません。光輝さんが他の誰を選ぼうと、あたしは決して離れません。そして、あたしは幸せになりますし、光輝さんのことも、幸せにします。今は待ちますし、多少は控えますけど、待たされるだけ光輝さんへの想いを溜め込んで、受け入れてもらえたときに色々とやらかすと思います。覚悟してください」

「……わ、わかったよ」


 翼が、至近距離で僕を睨む。告白されているんだか、恐喝されているんだかわからない。告白って色んなスタイルがあるもんだな……なんて若干の現実逃避。


「付き合い始めたら、即日エッチします。いいですね?」

「……うん。わかった」


 それ以外に、なんと言えただろう?


「言質取りましたよ? いざというときに、腑抜けたこと言わないでくださいね」

「ああ、大丈夫、だ」

「さ、光輝さん。あたしには何を言ってくれるんですか? まさか、勢いに飲まれて頭真っ白、とか言わないですよね?」

「それは言わないよ……」


 僕は軽く咳払いし、改めて言葉を紡ぐ。


「こんなに激しく好意を持ってもらえて、嬉しいよ。僕は、本当に誰にも好かれず、必要とされず、過ごしていくんだと思ってた。その資格もないと思ってた。

 だけど、翼があのとき、僕にあの質問を投げ掛けてくれたおかげで、僕にも、誰かのためにできることがあるんだと知ることができた。翼がいてくれて良かった。最初は対面ではなかったけれど、僕と出会ってくれてありがとう。

 この出会いが、僕の人生を大きく変えたのは紛れもない事実だ。待たせて申し訳ないけれど、少なくとも、今でも翼は僕にとってとても大切な人だよ」


 不意に、翼の目に涙が浮かぶ。すぐにぐずぐずと泣き始めて、僕は戸惑うばかり。


「つ、翼?」

「ご、ごめん、なさい。嬉しくて……急に、涙が……。こんなつもりじゃ… …なかったんです、けど」

「……えっと、ごめん」

「謝らないで、ください。悪くない、です。自分でも、なんでこんな、泣いてるのか、よく、わかりません……。たぶん、あんな形でも、あたしも、誰かを変える、きっかけになれて、それが、嬉しいんだと、思います。それだけだから、大丈夫です……」


 翼が泣き止むまで、しばし待つことになった。葵と怜にもどうにもできなかったが、悲しくて泣いているわけではないので、泣きたいだけ泣けばいいと思う。

 こういう姿を見ると、僕はまだまだ翼のことをよくわかっていないなと痛感する。今の言葉は、こんなに泣かせるほどのものではなかったはず。それでも泣くのだから、まだまだ抱えているものがあるんだろう。

 強そうに見えて、内面は誰より繊細な子。

 もしかしたら、僕がメッセージを伝えたときも、画面の向こうで翼はこんな風に泣いていたのかもしれない。こういうケースは珍しいだろうけれど、こんな風に、また誰かを救うことができたら良いなと思う。

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