大和、少々
「ところでだけど、私はいつまで雪村と呼ばれて、いつまで秋月君と呼べばいいんだろう? 私も怜と呼ばれたいし、光輝君と呼びたい。友達の距離感でも、それくらいは許されるはず」
おしゃべりの途中でそう言われて、僕には反対することができず、呼び方の変更がなされた。葵と翼も反対はしなかった。
「……じゃあ、そういうことで。宜しく、怜さん」
「……ちなみに、怜ではダメ?」
「えっと……」
再び葵と翼の様子をうかがう。二人もちょうど顔を見合わせて、頷きあう。
「いいんじゃない? なら、わたしも葵でいいよ」
「今からは翼でお願いしますね」
「……うん。まあ、それでいいなら」
呼び方にいちいちこだわる必要はないだろう。女の子を呼び捨ては気恥ずかしいが、「さん」を取るだけだ。
「わたしが呼ぶときも光輝でいいかな?」
「……あたしもそれがいいですけど、年齢差があるので我慢します。本当言うと、生まれた年が一年違うだけでそんな上下関係が固定されるのは気に入りませんが」
「なら、私も光輝と呼ぶ。問題ある?」
「問題ないよ。僕の呼ばれ方なんてそれこそなんでもいいさ」
というわけで、僕達は今日から基本的に名前を呼び捨てしあうことになった。大きな変化ではないはずだが、気恥ずかしさがあるのは確か。時間が経てば慣れるだろうか。
それからは、気安いおしゃべりが続く。ミステリアスなどと言われていた怜もごく普通の女の子らしく話をしていて、特に女の子三人は仲良くなっていた。
にわかに周囲が賑やかになったことに戸惑いは大きいけれど、三人とも良い子なので、なんとか僕もついていけそうだ。
それに、やり取りを見ていて思うが、葵はよく皆を取りまとめてくれていると思う。特に、突っ走りがちな翼を上手く抑えてくれていた。ちょっと姉妹みたいに見えてきて、こっそりと笑った。
四人でおしゃべりしていると、十九時手前で大和が帰宅する気配。そこで僕達もぼちぼち解散になったのだが。
「え、何? 配信の度に女の子が増えるシステムなの? 配信はただ雑談するだけって聞いたけど、女心を巧みにくすぐる甘い囁きでもしてるの?」
怜と対面した大和が、呆れながら言った。
「違うよ。僕はただ普通に話をしてるだけ」
「普通に話すだけで女の子が三人も集まるわけないだろー。でも、光輝はそのうちモテるだろうなとは思ってた」
「は? なんで?」
「だって、光輝はカッコいいじゃん。キラキラのアイドルとは違うけど、深みがあるっていうか? 百人中一人か二人くらいは、どはまりする女の子がいるタイプ。たぶん、そういう子ってめっちゃ光輝を好きになって離さない。それに、学校のテストじゃ計れないけど、俺はずっと、光輝が一番頭いいと思ってたよ」
「……頭は良くないよ。大和の方がすごいじゃないか」
「俺は要領がいいだけだって。光輝はさ、他の人が全く疑問にも思わないことも疑問に思って考え込むだろ? だから、他人よりちょっと進むのに時間がかかる。
昔、「なんで自殺しちゃいけないの? なんで死にたいと思ったらいけないの?」とか親に訊いて困らせてたじゃん。親も上手く答えられないから、光輝は自分で考えて考えて、答えを見つけるんだよ。それ、頭いいってことじゃないの?」
「……わかんね」
「あ、こんなこともあったな。将棋でさ、「相手の駒を取って、今度は自分の駒として元仲間と戦わせるなんて可哀想」とか言ってたろ? あと、「大将さえ守れば他の駒はどうなってもいいなんて酷い」とか。俺、そんなの全く考えたことなかった。光輝はいつも考えすぎ。それが光輝の良さだけど」
「そんなこと言ったかな」
正直言えば、そんなことを言った覚えはある。でも、葵達が、ふーん、ほほう、流石ー、などと言っているのを聞くと、気まずくて誤魔化したくなった。
「ちなみに、俺がたまにつれてくる女の子の友達も、光輝を評価してるやつはいるよ。ミステリアスな雰囲気がいいとか、暗そうに見えるけど何かと気遣ってくれて優しいとか」
「そんな話してるのか。知らなかった」
「あと、配信視てる子もいるんだけど、「わたし、お兄さんのファンになったかも」とか「あたしのお兄さんにほしい」とかいう声も聞くよ」
「ただの冗談だろ」
大和の友達はノリの良い子達が多いから、いつものノリでそんなことを言っているに違いない。
ただ、葵達三人に緊張が走ったように思う。
「……やっぱり焦った方がいいのかな」
「悠長なこと言ってると、どうなるかわかったもんじゃないですよ」
「多少は背中を押した方がいいかも」
三人の言葉の意味がわからない大和は首を傾げる。
「なんの話してんの?」
「……あとで話すよ。それより、この子、雪村怜。大和のファンだって」
「あ、本当? 嬉しいなぁ」
大和が人懐っこい笑みを浮かべる。怜も微笑んで、軽く頭を下げる。
「ヤマト君の配信とか動画とか、よく見てる。一人で頑張ってて、すごいなって思ってた。ヤマト君の明るさとか、頑張ってる姿に、勇気付けられてきた。ありがとう。怪我、早く治して、また復帰してね。でも、もう怪我とかしないように、気を付けて」
「うん。もう怪我はしない。こういうのって、周りに余計な心配させちゃダメだなってつくづく思った」
「うん。頑張って」
「応援ありがとう! 昨日もそうだったけど、視てくれる人の直接の応援、すごく励みになるよ」
「なら、また応援しに来る。……光輝に会いに来るついででよければ」
「あはは。それでも十分だよ」
短いやり取りを終え、大和を残して家を出る。外はもう暗く、僅かに星明かりが見える。
マンションを出たところで、葵が嬉しそうに言う。
「ヤマト君はさ、ちゃんと光輝のこと、見てるんだね」
「あ……うん」
妙に気まずくて俯くと、翼と怜がにやける。
「恥ずかしがってる光輝さん、いいですね。写真撮りたいです」
「うん。待受にしたい」
「やめろよ。恥ずかしい」
「恥ずかしがってる姿がいいんです」
「そうそう」
「……やめてくれ」
重ねてお願いすると、二人は、仕方ない、と諦めてくれた。
「あ、ちなみに、ヤマト君の言うこと、当たってますね。あたし、光輝さんにどはまりして離さないタイプの女です」
「それは私も同じ。葵もそうだろうね。そうだ、今は友達だけど、やっぱり背中は押したいから……。光輝、ちょっと待って」
怜が葵と翼を伴って、ヒソヒソと何かを話す。そして、全員揃って、にやー、と意味深な微笑みを浮かべて僕を見た。
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