雪村の歌

 僕が頭を掻いていると、葵が雪村に話しかける。


「ところでさ、雪村さんって、よくしゃべるんだね。高一のときは同じクラスだったけと、教室ではおとなしいし、ボソボソしゃべってるイメージだったよ」

「……学校では、あんまり目立ちたくないから。声で、誰彼構わず身バレするの怖いし」

「ああ、そういうこと。配信とかやると、色々気を使うんだね」

「うん。私はそんなに歌が上手いわけでもないから、学校ではあまり知られたくなくて。でも、こういう度胸のなさもいけないんだろうなとは思う。私の歌を聴いてほしいのに、身近な人に知られて、酷評されたり、からかわれたりするのは怖い……。風見さんも言ったけれど、一人で全部を背負うって、本当に大変」

「そっかー。ちなみに、どんなの歌ってるのか聴いてみたいんだけど、ダメかな? この面子なら、雪村さんを変に傷つけることはないと思うけど」

「……えっと」


 雪村が、恥ずかしそうに頬を染め、様子をうかがうように僕と翼を見る。


「僕も興味ある」

「あたしもです」

「そう……。なら、いいけど。でも、本当にたいしたものじゃないから……」


 雪村がスマホを操作し、自分の動画を表示する。おそらくは自室で、クローゼットの前に立っている。首から下しか映っておらず、服装はチェックのワンピース。なお、部屋にPC用のスピーカーがあるので、それに接続して多少音が良くなるようにした。


「顔は出さないんですね。でも、それが懸命です。身バレの心配もありますけど、雪村さんの場合、顔だけでファンができる可能性もあります。歌を聴いてほしいなら、顔は見せない方がいいです」

「うん。私もそう思ってる。風見さんは、そういうのすぐわかるんだね」

「長く視てればわかりますよ。ちなみに、楽器はないんですか?」

「これはないやつ。ピアノは弾けるし家に電子のやつがあるけど、声だけで勝負したいっていう気持ちもある」

「なるほど。その誤魔化さない感じ、素敵です」

「……ありがとう」


 雪村が照れ臭そうに微笑み、動画を再生。アカペラのバラードで、澄んだ声が響き始める。


***


 秋の日 流れる ひつじ雲

 夕焼けのなか ポツリと聞いた

 もう死んでもいいや の意味がわからずに

 あなたのことが怖かった


 触れてはいけない気がしてた

 あなたはどこかに消えていく

 ふとした瞬間に消えていく

 なにも省みずに消えていく


 だけどあなたのことが気がかりで

 窓から差し込む光のように

 視界の端にちらついた


 あなたを忘れることばかり

 考えるうちに日は巡り

 雪の季節にまた聞いた

 もう死んでもいいや にざわついて

 影の気配が怖かった


 春の日 風吹き 桜舞う

 夕焼けのなか ポツリと呟く

 もう死んでもいいや の意味が鮮やかで

 あなたのことが愛おしい


 触れてみれば簡単なことだった

 あなたはどこにも消えはしない

 どこにも消えていくわけがない

 未練だらけで消えられない


 そしてあなたのことが恋しくて

 窓から差し込む光の煌めきは

 目を閉じても眩しくて


 あなたを忘れることばかり

 考えるうちに日は巡り

 花火の季節に呟いた

 まだ死にたくないや が苦しくて

 光の花が散っていく


 もう死んでもいいやと思える瞬間を

 満たされきったその瞬間を

 これからいくつ 知れるだろう


 あなたの隣が欲しかった

 そこに私はいないけど

 まだ死にたくないや と呟いて

 滲む夜道を歩いていく


***


 雪村の歌声は、素人の僕からするととても綺麗で美しく聴こえる。気になることがあるとすれば、声がか細く、弱い印象だったことくらいか。


「……上手くはないでしょ」

「僕にはそう聞こえなかったけど」

「んー、普通に上手に聞こえたかな」


 僕と葵がそう評価する中、翼は浮かない顔。


「悪くはないです。声量が足りませんが、その辺は訓練でしょう。でも、それを改善したとしても、歌声としてはいまいち。大人数のアイドルグループに所属するならいいかもしれませんが、単独でやるには実力不足でしょうね」


 翼が雪村を見る。まだ何か言いたそうだが、言ってよいか迷っている様子。


「……続けて、いいよ」

「……わかりました。これはあたしの感覚的な話なのですが、プロの歌手の声って、素人とは違う深みがあると思っています。ずっと聞いていても心地良いんです。でも、素人の歌って、上手くてもあんまり心地よくありません。長く聞いていると耳が痛くなるような、だんだんうんざりしてしまうような感覚があります。雪村さんは、どちらかと言うと後者。

 歌の良し悪しは、単純な技術の問題ではないです。最低限のレベルは必要でしょうけれど、直感的にその歌声を好きになれるかというもの重要だと思います。技術的にそうでもない歌手が大ヒット曲を作ることもありますが、それはその声に魅力があるんだと思います。

 歌詞については、そう悪いとは思いません。ただ、一度聞いただけだと意味がわからない部分もあるかと思います。独り善がりにも感じます。少し哲学的な失恋ソングですかね? 好みは別れるでしょうが、好きな人もいそうです。とはいえ、プロ級かというというと疑問です」

「……うん。風見さんは、よくわかってるね」

「ごめんなさい。批判したいわけではなかったんですけど……」

「いいよ。私もわかってることだから。本当に、声も歌詞も平凡で、特別な魅力を感じない。これで歌手として生きていくのは無理」

「……悔しいですよね。あたしも、一時期ダンサーになりたいとか思ってましたから、悔しさはわかりますよ」

「あ、そうなんだ? そっか。諦めたの?」

「諦めました。技術的な面も足りませんでしたけど、あたしには、極限の努力を続けて、ダンサーとして生きていくという選択はできませんでした。言ってしまえば、逃げ、ですね。でも、ダンサーとしてやっていくより、もっと簡単で楽な道もあると考えたとき、心が揺れてしまったから、やっぱり精神的にも向いてないんです」

「そう……」

「いいんです。あたしの中で、ダンスはそこまで重要ではありませんでした。子供の憧れくらいのものです。……そう割りきれるのにちょっと時間はかかりましたが、もう過去の話です。今は、気ままに動画配信でもやれれば十分です」


 翼が、随分と寂しげな笑みを浮かべる。いつもの勢いがなくなり、悲しさや悔しさが滲んでいる。過去の話というが、完全に過去の話というわけでもないんだろう。


「光輝さんも言っていました。十代に憧れたものになれなくても、イコール不幸な人生ではありません」

「……うん。そうだね。私も、不幸な人生にしないように、これからもまだ頑張っていくよ」

「楽しみにしてますよ。あ、もしよければ、たまにコラボでもしますか? 雪村さんが歌って、あたしが踊ります。振り付けのないやつでも、勝手に踊るんで大丈夫ですよ」

「うん。いいね。そういうのも考えていきたい」

「ちなみに、雪村さんってどんなの歌が好きなんですか?」

「私は、『テルーの唄』が好き」

「あー、なるほど。しっとりな感じですね。いけますよ」


 二人がもう少し具体的な話をし始めたところで、葵が僕に話しかけてくる。


「……すごいよね、自分を表現する術があるって。わたしはなんにもないからなぁ」

「……僕だってそうだよ」

「んー、でも、光輝君には言葉があるじゃない。芸術的なものじゃないけど、自分の心とか、伝えたいことをきっちり伝えられるって素敵なこと。わたしって、一人だけただの視聴者なんだなぁ。中身がないって意味では、わたしは確かにふわっとしてる」

「……けど、葵さんには、人の気持ちを柔らかく受け止めたり、人を応援したり、支えたりする力があると思う。そのおかげで、僕はかなり助けられてる」

「サポーターってことか……。それも悪くはないのかなぁ」


 葵が腕を組んで首を捻る。あまり納得はしていないようだ。


「わたしも何か探そ。できること、きっと何かあるよね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る