やりたいこと?

 僕の話は終わり、しばし歓談することに。


「ところで、秋月君の配信って、テーマとかはあるの?」


 尋ねてきたのは雪村。改めて問われると、なんと答えればよいのだろう。


「正直、テーマはない。単に大和の代理で一回だけのつもりだったけど、続けてくれって頼まれたから続けただけ。普通の雑談しかしてないよ」

「あれが普通の雑談なら、秋月君の考える雑談は随分とハイレベル……。今はなんとなく配信を続けているだけかもしれないけれど、もう少し方向性があってもいいのかもしれない。悩み相談請け負いとか」

「うーん、確かに、僕の言葉で救える人がいると思えたのは、とても嬉しかった。ただ、明確にそういう配信にしてしまうのもちょっと怖いな。僕だってなんでも答えられるわけじゃない」

「なら、基本は雑談だけど、この日のこの時間は主に悩みを受け付ける、とかを決めてもいいのかもしれない。諸注意として、答えられる範囲でだけ答える、とかしておけばいい。お金を取る訳じゃないんだから、良い答えが帰ってこなかったとしても、視聴者も文句は言わない」

「なるほど……」


 二人で話を進めていると、翼が言う。


「あんまりテーマとかは絞らずに、順次悩み相談も受け付け、くらいの姿勢でいいと思いますよ。聞く側としても、素人配信の緩い雰囲気が良い、という面はあると思います。

 ただ、方向性として、自分がどんなことをしたいのかは表明してもいいんじゃないでしょうか。「ちょっとした悩みごとの打ち明けも受け付けてます」くらい書いておけばいいでしょう」

「そういうやり方もあるか」

「まぁ、対外的にどこまで明確にするかどうかはさておき、光輝さんが今後配信で何がしたいのかは考えておいていいでしょうね。ヤマト君は、とにかく視てくれる人に楽しんでもらいたい、という感じでした。光輝さんはどうです? 悩み相談が、一番やりたいことですか?」

「一番やりたいことか……。そういうの、全く考えてなかったな。本当にただの代理で、長くても一ヶ月のつもりだったし」

「それは嫌です。光輝さんは光輝さんで続けてください。毎日とは言いませんが、光輝さんの話をもっと聞いていたいです」


 翼に続いて、葵と雪村が言う。


「そうだよ。わたしも、光輝君には配信を続けてほしい」

「私も聞きたい。秋月君の言葉を聞いていると、とても安心する。秋月君の澄んだ心から生まれる優しい言葉は、私の心まで洗ってくれる」

「……そんなに乞われるとは思わなかったな。僕くらいのことなら、言える人はたくさんいると思うけど」


 僕の言葉の何が悪かったか、三人が眉をひそめた。


「光輝さんと同じことが言える人なんてそうそういませんよ。その辺無自覚が過ぎます」

「わたし、ネット動画は結構見るけど、光輝君みたいな人はどこにもいないよ」

「百歩か千歩譲って、同じようなことを言える人がいたとして。言葉は言うだけでは伝わらない。人の心を動かすのは、同じく人の心。私が救われたのは、言葉の内容に納得したのと同時に、秋月君が真摯に私に言葉を届けてくれたから。他の誰かの言葉だったら、きっと、こんなに救われないし、恋もしていない」

「……そう、か」


 自分のことは、自分ではわからないものではある。僕はまだ、自分を過小評価しているのだろう。精神的な引きこもりは一旦止めても、まだまだ周りを見ることが足りていないようだ。


「配信は、求めてくれる人がいる限りは、続ける」


 そう言うと、三人がにこりと笑ってくれた。いつ愛想をつかされるかわからないが、そのときまでは続けてみよう。生活がかかっているわけじゃないのだから、気楽にやればいい。


「でも、一番にやりたいことっていうのは、まだよくわからないんだよな。別に配信で稼ごうとは思っていないし、どうしても世間に訴えたいことがあるわけでもない。誰かが救われることがあれば、それはもちろん嬉しい。けど、積極的に困っている人を探し出して、勇気づけようというほどでもない。そんなに押し付けがましいことはしたくないかな」


 僕が頭を抱えていると、葵が苦笑。


「風見さんはわたしをふわっとしてるって言ったけど、光輝君の方がよほどふわっふわだね」


 それを聞いて、翼がやや眉をひそめる。


「光輝さんはいいんです。この緩い雰囲気も魅力の一つです。見ていて緊張しないんですよ。積極的に何かをしよう、っていう人は、見ている方もちょっと身構えてしまいます。

 例えば、相談受け付けます! って豪語する人には、明確な相談事を持ち込まないといけない気がして話しづらいです。それに、相談者の姿勢でかしこまらなきゃいけない気がして堅苦しくなります」

「そっかー。それもあるね。このあやふやな感じが、素人配信では武器なんだね」

「そうですよ。たゆたうクラゲみたいな感じがいいんです」

「それ、褒めてるの?」

「ベタ褒めです。クラゲ、綺麗じゃないですか」

「んー、まあ、そうかな」

「無理して合わせなくてもいいですよ」

「合わせてるわけじゃないよ。全然意識してなかったけど、改めて考えたらあれも綺麗かもな、って思っただけ」

「……なら、いいですけど」


 翼が唇を僅かにつり上げる。嬉しそうだ。共感してくれる人が周りにいないのだろうか。

 というか、僕ってクラゲなのか? 褒められているらしいが、それでいいのかと思わないでもない。


「……とりあえず、僕は今のスタイルで続けようかな。誰かを救えるならそれでいいし、そうじゃなくても構わない。緩く続けてみるよ。ちなみに、翼はどうなんだ? ダンス、止めるの?」

「……止めはしませんよ。ダンスは好きです。もはやダンスなしの生活は無理なくらいです。でも、一人で動画作るのは負担が大きいし、気恥ずかしいんですよね」

「あ、そんなに好きだったんだ。へぇ。一人でするのが抵抗あるなら、大和と一緒にやるとか? 話したら協力してくれると思うぞ」

「んー、たまになら、いいと思います。コラボとして。でも、ヤマト君も、今のスタンスは保ってほしいという希望はあります。基本は一人で頑張っているからこそ、視る者を励ましてくれるんです。

 ……一人で頑張るって、本当に大変なんですよ。モチベーションを保つのも自分だけ、批判を受け止めるのも自分だけ、失敗を反省するのも自分だけ。そういう責任を全部背負っているからこそ、カッコいいです」

「そっかー。そういう意味での人気もあるんだろうな。自分が応援して支えたい、みたいな」

「そうですね。あたしもそのタイプです」

「配信って奥が深いなぁ」


 何をしたら人気が出るとか、何をしたら逆に不人気になるとか、なかなかわからない。


「本当にそうです。実際、仕事をしながら配信や投稿をやってるときには人気だったのに、仕事辞めて配信一本に絞ったら人気がなくなった、ということもありえます。仕事を一生懸命頑張りながら、合間をぬって動画を作るという姿勢に好感を持っていたのに、仕事を止めてストレスから解放されて、配信だけで悠々と暮らしているのを見ると逆にムカつく、というわけです」

「深いなぁ……」

「光輝さんも、人気を意識しないスタイルだからこそ人気というのもあります。人気を得るために一生懸命になってしまったら、逆にその積極性が押し付けがましいとかで離れる人もいるでしょう。一部で不評を買うことも恐れずに、色々な話題に言及する姿勢もいいと思います。不評を恐れてテレビ的で軟弱な話に徹してしまったら、もっと人は離れますよ」

「……翼はそういう分析力強いな。やっぱり賢いんだろうなぁ」

「そんなことないですよ。この分野で活動してたら、これくらいはだんだんわかってきます」


 そう言いながらも、翼は唇をムニムニさせている。素直じゃない喜び方だ。


「話はそれましたけど、あたしはあたしでやりますよ。もしかしたら、顔を隠したりはするかもしれませんが」

「そっか。また翼さんのダンスが見られるのは素直に嬉しいよ」

「……そうやってまたあたしを口説くんですね。オアズケのままなのにひどいです」

「あれ? そ、そういうわけじゃ……」


 翼のイタズラっぽく微笑む。からかわれているらしい。


「焦っちゃって、かわいいですね。まぁいいです。ダンスやったらまた褒めてください。尻尾振って光輝さんにすがり付きますから」

「……うん」


 うん、しか言えない自分が恨めしい。男女関係に精通する人は、こんなときなんと返すんだろう。難しいな……。

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