待ち伏せ
翌日。
清水から、家も近いし駅で待ち合わせて一緒に学校に行こう、と誘われた。僕としてはそれを断る理由はなく、いつもより早めに家を出た。
浮き足立っているのを自覚していたが、マンションのエントランスを抜けたところで一人の女の子から声を掛けられ、出鼻をくじかれる。
「あの、ヤマト君のお兄さんですよね?」
「え……? あ、ああ。そうだけど……」
見た目の第一印象は、とても地味な女の子。縁の太い黒眼鏡に、三つ編みのお下げが二本。また、目元が半ば隠れるくらいに前髪が伸びてしまっている。面識はないが、僕と同じ高校のセーラー服を着ている。
誰なのかは知らないが、ヤマトの兄という認識で僕を知っているということは、配信で僕を知ったのだろう。しかし、まさかこんな風に他人から声を掛けられることになるとは思っていなかった。こちらは顔を知らない他人に、一方的に顔を知られているというのはちょっと怖い気もする。
「あたし、風見翼って言います。今、高校一年の、十六歳」
「ああ……」
「クイールって、覚えてますか?」
「あ、クイール? もしかして、一昨日の?」
「はい」
死にたいです、などとコメントを書いていた、誰か。
それがこの子だったというのか。そうだとして、どうして僕の家を知っているのだろうか。ヤマトの追っかけか何かで、自宅を突き止めたのか?
僕が不審そうにしているのがわかったか、風見が慌てて付け足す。
「あ、あたし、もともとこの近所に住んでるんです。それで、たまたまヤマト君の家を知りました。ヤマト君のお兄さんなら、同じ家に住んでるはずって、ここに来ました」
「ああ……そっか。それで、どうして僕に?」
「お礼を言いたくて……。あのとき、すごく精神的に不安定で、せっかく皆が楽しくしているのに、あんなバカみたいなこと書いてしまって……。でも、あんなものにも真剣に答えてくださって、あたし、救われました。本当に、ありがとうございます」
深々と頭を下げる風見を、僕は気まずいような、嬉しいような、複雑な思いで眺める。自分が誰かを救えたというのなら嬉しいが、面と向かってお礼を言われるのは気恥ずかしい。
「……僕にできることなんて本当にちっぽけだよ。こうして直接会えるなら、多少は何かしらの力になれるかもしれない。けど、結局頑張るのは風見さん自身。それは間違いない。ただ……皆同じように、結局自分が頑張るしかない中で頑張ってるって意味では、風見さんも独りじゃない。お互い、頑張ろう」
「……はい」
風見が顔を上げる。急なことでびっくりしたが、これで話は終わりだろう。そう思ったのだけれど。
風見は、上気した顔で、若干潤んだ瞳で、告げた。
「好きです」
「……え?」
「好きです」
「……えっと」
「好きです」
「……う、うん?」
「好きです」
「わ、わかった。聞こえてる。ちゃんと聞こえてるから、落ち着いて」
風見が少しずつ距離を詰めて来る。恥じらいを含んだ表情は可愛らしくもあるのだが、うなされるように同じ言葉を繰り返しながら接近してくるのは、若干ホラーっぽくもあった。
「僕を好きになってくれたことは嬉しい。でも、僕は風見さんのことを何も知らないし、急にそんなことを言われても困るよ……」
言いながら、見知らぬ男子にと突然告白される美少女の心境を感じてしまった。一方的に想いをぶつけられても困惑するばかりだし、わかりました、さあ付き合いましょう、などとはならない。
「すみません。あたし、他人との距離の取り方が苦手みたいで……。本当は告白するつもりもなかったんですけと、会ってみたら、急に気持ちが昂って、何もせずにはいられなくて……」
「……とりあえず、まずは少し話でもしてみよう。お互いのことを知ってからじゃないと、話が進まないよ」
「はい……。あの、一緒に駅まで行ってもいいですか? 同じ高校ですよね?」
「同じみたいだね……。いいよ」
本当はそんなことをしない方がいいのかもしれないが、ここで突き放して話がこじれても困る。この子がちょっと良くない子であったなら、変な噂を流されるようなこともあるかもしれない。僕はともかく、配信を頑張っている大和の足を引っ張るわけにもいかない。
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