登校

 高校二年生、九月。

 俄に配信者デビューを果たしてしまった僕だったが、だからといって特別に生活を変化させるつもりはなかった。今まで通りごく普通に学校に行き、勉強してご飯を食べて、漫画や小説を読む。一応毎日二十一時から一時間は配信に使うというスケジュールを組み込んだが、それ以外は何も変わらない。

 学校に行ったって、別に急に僕が有名人になるなんてこともないだろう。昨日の視聴者は最終的に五千人となっていたが、全国で五千人であれば、僕の身近な人で視ている人なんてほとんどいないはず。いつも通り、学校でも教室の隅っこで人知れず生活することになるだろう。

 そう思っていたのだが。


「あ、秋月君! 昨日の配信、視てたよ!」

「……へ?」


 朝、教室で自分の席につくなり、隣の席の女子が話しかけてきた。

 名前は、清水葵。ミディアムの黒髪が綺麗で、顔立ちも整っている。見た目も可愛いが、性格も明るく、学年でも上位人気の女の子だ。今まで、事務的な会話くらいしかしたことはなかったのだけれど……。


「えっと、清水さん、もしかして、ヤマトのファン?」

「んー、ファンっていうか、チャンネル登録はしてるよ。いつも視てる。地元で頑張ってる高校生がいるんだなー、って思って、応援してたんだ」


 ヤマトは、出身地をある程度公開している。地元の名所や絶景などを利用し、そこでダンス動画などを作っているので、隠しても仕方ないからだ。家まで知られると何かとリスクはあると思うが、弟の挑戦を後押しするため、うちの家族はある程度そのリスクを容認している。

 住んでいるマンションは借家だし、いざとなれば引っ越せばいいと、父は言っている。


「応援してくれたのか。なんというか、ありがとう」

「うちの学校でも視てる人結構いるよ? でも、ヤマトと秋月君が兄弟とは知らなかったな。こんなに身近な人だとは思わなかった」

「大和は高校別だからな……」


 大和は何をやっても僕より優秀なやつだ。僕が地元の中堅公立高校に入るのがやっとだったのに対し、大和は公立のトップ校へ通っている。配信だとかなんだとかで大変なのに、勉強でもきっちり成果を出している。まさにハイスペック男子。彼女がいるかは知らないが、モテることは間違いない。


「ヤマト君もいいけど、わたし、秋月君もいいなって思ったよ。アービーっていう名前で色々メッセージ送ってたけど、見てた?」

「ああ、そんな名前もあったな……。名前は覚えてる。でもごめん、何を書いてあったのかは覚えてないや」

「仕方ないよ。あれだけたくさんの人がメッセージ送るんだからさ。とにかく、秋月君、すごくいいお兄さんっぷりで良かった。トークも、面白おかしいってわけじゃないんだけど、聞いてて楽しかったよ。『わざわざ視てくれるのはありがたいけど、他にやることないの? 皆そんなに暇をもて余してる?』とか、普通言わないことまで言っちゃうし。普段配信なんてしてないからこその発言、新鮮だったよ」

「ああ、ありがとう……。でも、それが面白いと思われるとは思わなかったな」

「なかなかそんなこと言う人いないし、配信者の兄視点の話も良かった。人気者の家族も大変だなー、って思ったよ。『弟が何かやらかして炎上したら家族まで巻き添えだから、結構不安。たまに、家族で夜逃げするならどこがいいか、とか、冗談半分、本気半分で話すよ』とかさ」

「……よく細かく覚えてるね、それ」

「うん。途中から録音してたから」

「げ、マジで?」

「うんうん。だって、面白かったんだもん。じわじわくるというか。それに、秋月君って、いい声してると思う。ヤマト君はテンション高くて場を盛り上げてくれる感じだけど、秋月君はすごく落ち着いてて、聞いてて安心する」

「……そっか。ありがとう?」

「あとね、そもそもなんだけど、秋月君って意外とおしゃべりだったんだね。教室だといつも小説とか読みふけってるイメージだったのに、配信ではめっちゃしゃべるじゃん。本当に秋月君? ってびっくりしちゃった。教室でもしゃべればいいのに」

「いや……普段はあんまりしゃべらないよ。人と対面で話すのはそんなに得意じゃないっていうか。配信は半分独り言みたいな感じだから、ぶつぶつ呟いてただけで……」

「そっかー。でも、話すの嫌いじゃないよね? だったら、これからも普通に話しかけていい? 迷惑?」

「そんなことはないよ」

「よかったー。じゃあ、普通に話すね。あ、連絡先の交換とかは無理かな?」

「え? もちろん、いいけど……」

「じゃあ、あとで教えてね。ちなみに、今夜も配信するの?」

「うん……一応そのつもり」

「よかった。楽しみにしてるね」

「……ありがとう」

「もし良かったらさ、ヤマト君が戻ってきても、秋月君は別で配信してみたらいいんじゃないかな? 視てくれる人、結構いると思うよ?」

「はは。まさか。流石にそんなわけないって。清水さんは評価してくれてるみたいだけど、昨日だって、結局は僕を視に来てたんじゃない。単にヤマトの兄を視てただけ。それくらいわかってるよ」


 僕は相手にしなかったのだが、清水は不満顔。


「……そんなことないと思うけどな。娯楽で溢れてるこのご時世、単なる人気配信者の兄ってだけの人のために、五千人も集まったりしないよ?」

「……それでも、土台を作ったのはあくまで弟だから」

「そうかもしれないけどさー……」


 清水は納得していないが、そこでチャイムが鳴り、時間切れとなった。

 しかし、清水はきっとなにかを勘違いしているのだろう。僕の配信で人気が出るはずはない。普段配信なんてしない、へっぽこな少年が登場したから、物珍しさにちょっと人が集まっただけ。今夜はかなり人が減っていることだろう。

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