弟の代理で配信者を始めたら、一部で妙に人気が出てしまった。身近な女の子達からも迫られることになるなんて、いったいどうなってる?

春一

代理配信

「えっと……これでいい、のかな? あ、なんか始まってるみたいだ。『こいつ誰?』『まさか乗っ取り?』か。そりゃ、いきなり知らない男が出てきたら混乱するよな。すまない。先に自己紹介なんだけど、僕はヤマトの兄だ。ヤマトの一つ上で、高校二年。いつもなら弟、ヤマトが登場するところなんだけど、今日は代理で僕が出ることになった。背景は同じだから、僕がヤマトの兄だっていうの、ひとまず信じてくれるか?」


 カメラ越しに、顔も知らない誰かに向けて話し掛ける。なんとも奇妙な感覚だし、視聴者千人ちょっとという表示も、本当にそんなに見ている人がいるのかと疑問に思う。

 数字が表示されるだけで、本当は僕は独り言を言っているだけなんじゃないだろうか。

 しかし、僕の心配を他所に、画面には様々なコメントが流れてくる。


『本当に兄?』

『私、ヤマトくんとはリアルで友達なんで、この人知ってます。本当にお兄さんですよ』


「お、ヤマトのリアル友達も見てくれてるんだ。なら話が早くて良かった。もう知ってる人もいるかもしれないけど、弟が今日、腕を骨折しちゃったんだ。ダンスの練習で疲れきってたとき、ふらっと倒れちゃって、それから打ち所が悪くてそのまま骨折。より正確に言うとヒビが入った。腕の骨折だから、この配信も本当はできなくなないんだけど、親が怒っちゃってさ。配信して人気者になるのはいいけど、自分の体調管理ができないんだったら二度と配信なんかするな、って。それで、これから一ヶ月は配信禁止、ってことになった」


『それは心配』

『お大事に』

『親の心配ももっとも』


「というわけでさ、これから一ヶ月、ヤマトは配信できない。ただ、ヤマトが、急に配信しなくなったら皆に心配させる、ってことで、僕が代理で出てきたわけ。最低限、一時休止することは伝えてくれ、って。

 ヤマトからメッセージも預かってる。『楽しみにしてくれてる皆、急に出演できなくなってごめん。また一ヶ月したら必ず戻ってくるから、俺のこと忘れないでくれよ!』だって。

 まあ、ぶっちゃけ、ヤマトは心配させるのが嫌なんじゃなくて、自分が忘れられるのが怖いのかな、とも思う。兄としてこの半年ヤマトを見てきたけど、登録者が増えるのを喜んでいるのと同時に、結構プレッシャーを感じてたみたいだ。今回、疲れきるまでダンスの練習なんてしちゃったのも、そういうプレッシャーで自分を省みられなくなったからだとも思う。だから、しばらくヤマトを休ませてやってほしい」


 僕が状況を説明し、誠実に話しかけると、視聴者からは割と好意的な反応が返って来た。『そういうことなら仕方ない』『いつまでも待ってるって伝えてください!』『復帰を楽しみにしてます!』などなど。

 弟は何かと心配していたようだが、視聴者だって鬼じゃない。一ヶ月後にはまた来てくれるだろうし、自己管理ができていないことを責めるような人はいないようだった。


「ヤマトは、皆がいなくなっちゃうのを怖がってるみたいだけど、これも正直な話、僕は皆がもうヤマトを視てくれなくてもいいとも思ってる。ヤマトは、本当にすごい弟で、僕なんかよりずっとキラキラしてるんだけど、やっぱりまだ高一でしかないんだ。場合によっては自制できないこともある。配信を続けるにしても、身の丈に合わないことはしないでほしい。兄としては、弟には人気者にならなくてもいいから、健康で元気に生活していてほしい」


『わかります』

『兄というより親目線』

『でも、やっぱりヤマトくんの配信楽しみな気持ちも……』


「僕は別に、ヤマトに配信止めろとか言うつもりはない。もし親が反対しても、出来るところまで精一杯頑張ってみてほしいと思う。苦しくもあるだろうけど、やっぱり根底にあるのは楽しいって気持ちだろう。ヤマトはまた復帰するだろうから、そのときはまた視てやってくれ」


『了解です』

『視聴者も節度が大事』

『誰もヤマトくんが不幸になってほしいなんて思ってない』


「優しい視聴者が多くて、本当に良かった。それじゃあ、短いけど、この辺で僕からの配信は終わりにするよ。一ヶ月後にヤマトが復帰したら、宜しく頼む」


 そこで配信を切ろうとする。しかし、予想しなかったメッセージが表示されて、戸惑った。


『もし良かったらもっとお兄さんのお話聞きたいです!』

『弟を気遣う兄、素晴らしい』

『今日だけじゃなくて、また配信してください! 視に来ます!』


「え? 僕が配信を続けろってこと? 僕の話なんて面白くないだろ?」


『面白いとい言うか、話を聞いてみたい』

『ヤマトくんの話も聞かせてほしい』

『滲み出る優しさと誠実さに惚れました!』

『付き合ってください!』


「付き合ってくださいって、ノリ軽いな。えっと……わかった。そう言ってもらえるなら、もう少し配信も続けるよ。もちろん、こんな配信がつまらないと思ったら、離れてくれてかまわない。ただ、離れて行く人も、一ヶ月したらヤマトが戻ってくるから、そのときにはまた戻ってきてやってほしい」


 僕は頭を掻いて、流れてくるメッセージに目を通していく。

 何やらまだ実感は湧かないが、僕の配信を希望する人は少なくないらしい。

 視聴者が何を求めているのかわからないし、この先幻滅される恐れもある。しかし、僕は別に配信者になりたいわけではないし、誰も視てくれなくなっても構わない。気軽にやっていけばいいだろう。

 ヤマトのチャンネルの登録者は、現在一万人ちょっと。それが多いのか少ないのかもよくわからないが、とにかく、この日から僕は、いわゆる配信者というやつになった。

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