おしゃべり
その日の午前中、休み時間に廊下を歩いているときに、三人の女子生徒から配信の件で話しかけられた。面白かった、応援してる、と軽く言ってもらえたのは素直に嬉しかったが、調子に乗ってはいけない。僕は弟の人気を笠に着ているだけなのだから。
ちなみに、大和の配信は男女共に人気がある。どちらのファンもつくよう、女子受けのよいダンス動画をつくることもあれば、男子受けのよいゲーム配信をすることもある。どっちつかずに終わるのでは、という心配もあるが、今のところは両方から受けが良い。
そして、昼休みに、また清水が話しかけてきた。
「ね、一緒にご飯、食べない?」
「……へ?」
「……あ、嫌ならいいんだけど……」
「嫌とかじゃないよ。ただ、びっくりしただけで……」
学校で女子に話しかけられるということにはまだ慣れない。しかも、それが学年でも有数の美少女とあっては戸惑いが大きい。
「っていうか、友達はいいの?」
「うん。今日は用事があるって言ってある」
「そう……」
清水が微妙に机を近づけてくる。清水は可愛らしい弁当を広げ、僕も鞄から弁当を取り出す。
「いつもお弁当だよね? お母さんの手作り?」
「ああ、うん。一応手作り、かな? 冷凍食品とかを解凍して詰めることも多いから、おふくろの味とは言えないかもしれないけど」
「あはは。確かにね」
「清水さんは自分で作ったりするの?」
「たまにね。週一くらい」
「すごいね。僕は炊飯器の使い方もわからない」
「それは簡単だよ。やってみたら誰でもできる」
「キャベツとレタスの見分けもつかない」
「それも慣れればすぐだよ」
「砂糖と塩すら見分けがつかない」
「そんなわけ……ない? ああ、でも、場合によっては見分けは……つかない、かな? 瓶詰めでポンと置かれたらわからないかも? でも、砂糖はこう、湿気りやすいから、瓶とかにくっついたり、固まりになってたりする。塩は、多少引っ付いてることもあるけど、基本的にさらさらだよ。うん、でも、確かに綺麗な砂糖と塩は見分けはつかない、かもね。っていうか、味見したらすぐわかるよ」
身ぶり手振りで砂糖と塩の違いを説明してくれる清水。しょうもない会話だが、その姿は可愛らしいと思った。
「ずっと疑問なんだけど、レシピにある塩少々とかの少々って、どういう意味?」
「それは、少々、だよ。お好みに合わせてというか、ちょっといれればいいんだよ。いっそいれなくてもあんまり味変わらないくらいだから、無視してもいいくらい」
「数字で書いてくれればいいのにな。重要度わからないから、すごく迷う。ちゃんと料理分野での専門用語として、意味を紹介してほしい。あと、レシピの時間通りに焼いたりしても生焼けだったりするんだけど、なんで?」
「あれはあくまで目安だよ。具材の厚みもそれぞれ違うし、ひとえに中火っていっても、火力が決まってるわけでもないんだからさ。にしても、秋月君、いかにも料理初心者って感じだね」
何がそんなに面白かったのか、清水がくつくつと笑う。きっと、僕が面白いのではなくて、清水の笑いのハードルが低いのだろう。
それからもおしゃべりは続き、清水が言う。
「秋月君は、やっぱりおしゃべりに向いてるんじゃないかな?」
「そう?」
「うん。だって、話してて面白い」
「たぶん、清水さんの基準が甘いんだよ」
「そうかなー。でも、秋月君、少なくとも昨日の配信ではさ、始めから最後まで視てた人もいたよね? それって、結構すごいことなんだよ? 一分の動画が長いって思われるのに、一時間、他人にずっと話を聞かせ続けるって、なかなかできることじゃない。わたしには無理。それは、れっきとした才能だよ」
「……そうかな」
「逆に、この人の話だったら一時間聞き続けられるって人、身近に思い浮かぶ?」
「……いや。本は読んでられるけど」
「でしょ? なかなかいないもんだよ。だから、秋月君は自分の力を認めていいと思うよ」
「……そっか」
まだいまいち納得できず、頭を掻く。
そんな僕に、清水がやや照れ臭そうに、告げる。
「少なくとも、わたしはもう、秋月君のファンだよ」
清水がはにかむ。正直言えば、僕はそれだけでかなり清水に心を掴まれてしまっていた。
友達は少なく、彼女なんていたことはない。僕には、清水の笑顔は眩しすぎた。
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