【信長に挑みし者達~ワレノブナガトカクタタカエリ~】その弐【斎藤義龍《サイトウヨシタツ》】

【斎藤義龍】は美濃国の稲葉山城を拠点としていた大名である。

前当主〈斎藤道三〉は【斎藤義龍】の父親である。(本人が土岐氏血統を主張したとしても)そして【斎藤義龍】は〈織田信長〉にとって義父殺しという大義名分によって何度も何度も美濃国への侵攻を繰り返した。

【斎藤義龍】はその手腕を駆使して〈織田信長〉の美濃国簒奪を【斎藤義龍】が生きている間には許すことはなかった。

【斎藤義龍】は過労なのか急病なのか暗殺なのかハッキリ原因がわからない中で急死してしまう。


纏め【斎藤義龍】は親殺しの汚名などがあったにも関わらず終生〈織田信長〉を【斎藤義龍】自身の存命中には決して美濃国簒奪を許さなかった点に於いては〈今川義元〉以来の強敵であったに違いない。

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