水鏡 弐
夕食後、水盆の報告をしてきた桂一郎はどことなく不貞腐れた様子だった。だがあえてそこを突っ込むような忠弘ではない。
一通り話を聞き終え、忠弘はにやりと笑った。
「そうか。あの水盆に憑いているのは娘を亡くした母親、か。ナルホド、読めてきた」
「何がだよ?」
面白くなさそうに聞く桂一郎に、忠弘はいつもと変わらぬ調子で答えを返す。
「この件についてのカラクリが、な。まあ、今は仮説だが。調べりゃすぐに分かるだろう」
核心を話す気などないのだろう、忠弘は話を切り上げるように手を振った。
「もうお前はいいぞ。十分助かった。後は俺に任せとけ」
だが桂一郎は―彼にしては珍しく―そんな忠弘に不満があるようだ。
「何だよ、それ」
その反抗的な響きのある声に、はて、と忠弘は首を傾げる。
お涼も言っていたように大人びた―言い換えれば現実を冷めてみるような―態度を常としている桂一郎にしては、ずいぶんと子供じみた発言だ。
忠弘の横柄な対応など、いつもは溜息一つで流してしまうくせに。
「所詮、俺はここの道具と同じなんだろ」
こうも食い下がってくるところをみると、どうも本格的に機嫌が良くないようだ。
(反抗期か、思春期か)
なんと面倒な、とも思うが、桂一郎の成長と思えば仕方がないだろう。第一、自分とて覚えがないわけでもない。そして、それをそうと思い返せるぐらいには、忠弘は歳を重ねていた。
(しゃあねぇなぁ。付き合ってやるか)
内心ではそう思いながらも表には出さず、忠弘は面倒くさそうに桂一郎に顔を向けた。
「嫌なのか?」
忠弘がそう聞けば、
「別に…………そういう意味じゃない」
桂一郎は視線を下に落としてそう答えた。
それが悲しいまでの彼の本心なのだと忠弘は知っている。
桂一郎が己を道具だと―どこかで人間とは違うのだと―考えていることなど。そしてだからこそ、こうして揺らぐのだということも。解っているから、忠弘はただ黙って桂一郎を見ている。
俯いた桂一郎が小さく呻くように呟いた。
「ないけど…………」
だがその先は言葉にならない。
(言っちまえよ――――ってのは、さすがに無責任がすぎるってもんか)
その言霊はすべてを変えるだろう。桂一郎のしがらみの何もかもを。
けれど、それと引き換えにするものを思えば―――忠弘が言えるはずもないのだ。
「安心しろ。お前はひとだ。まだ、な」
だから、そんな言葉しか桂一郎にはかけてやれないのだ。
「気休めにもならねぇよ」
忌々しく言う桂一郎に、その通りだな、と胸中で苦笑いして、しかし忠弘は厳しい顔のまま忠告めいたことを口にした。
「気休めじゃあない。ただの現状だ。自分のことくらいきちんと解ってろ」
対する桂一郎はそんな忠弘の胸のうちなどちっとも気がついていないようだ。顔を逸らしたまま、忠弘を見ようともしない。
(まだまだ若いねぇ)
青い、というべきか。
どんなに足掻こうが、結局のところ桂一郎は子供なのだ。そしてそれが故、彼はこうしてここにいられる。子供だから―――――定まらずに。
「…………解ってるさ。そんなことは」
やっとそう言葉を返した桂一郎は、顔こそ不機嫌なものの、どうやら気持ちのほうは浮上したようだ。
苛立たしげに―桂一郎の場合こうして怒っていた方がまだし調子が良い―忠弘を睨んでそれから踵を反した。
「ああ、もう良い! とにかく、そういうことだからな」
言い捨てて出ていくその姿は、もうすっかりいつもの可愛げのない桂一郎のものだった。
それを何とも言いがたい気持ちで見送って。
「やれやれ…………俺も大変なのを預かったもんだなぁ」
忠弘は彼にしては珍しく溜息など吐いたりした。
こういう役回りは元来苦手なのだ。子守など、もってのほか。
「先代なら………もっと上手くやれてたかな」
思わずこぼさずにはいられない忠弘に、鏡の中で一部始終を見ていた涼が労う様に声をかけた。
―――ヒロはよくやってるわ。前に言ったでしょう、貴方は間違いなく弥上の店主だって。
店主、のところを強調されて、忠弘はふっと苦笑いを漏らす。
「その割に、皆、手厳しいじゃあねぇか」
―――皆、其々店主には思い入れがあるのよ。でも、貴方を認めていないわけじゃないわ。
忠弘の脳裏に浮かんだのは、ほのぼのと笑う―けれどけして甘くはない―老人。先代の店主だったそのひとに言われた言葉を思い出す。
(手前のやりたい様にやりゃあ良い、か)
自分は間違いなく、彼から託された。そしてそれは、いつか自分も誰かに託さなくてはいけないものだ。
「…………解ってるさ」
それは先ほど誰かが言っていた台詞そのままで、けれど響く声は先ほどのそれと違い深く優しかった。
その違いに忠弘は気が付いて、あぁ、いつかの彼もこうだったのかもしれない、と今更のように思うのだ。
到底及ばないと思っていたひとも。そしてまだ若い彼も。いつかは―――――きっと。
―――大丈夫よ。貴方は私達の望む、良い店主だわ。私達を愛し、大切にしてくれてる。
そんな涼の言葉に、忠弘はただ笑う。
「それが俺の仕事だ」
簡潔でそれ以上のない言葉を、忠弘は口にした。
涼は柔らかに笑った。
―――大丈夫よ。きっとケイもいつか解ってくれる。
「だと、良いんだがな」
それについてはまったく自信がない。顔をしかめるしかない忠弘だったが、涼はあらあらと可笑しそうにそれを見つめて、からかうように言った。
―――自分のことになると、まだまだ駄目ねぇ。
そんな彼女に忠弘が反論できるはずがない。桂一郎はもちろん、忠弘だってこの姉のような存在の涼には頭が上がらないのだ。
頭をがしがしと掻いてその場を誤魔化すと、忠弘は「さて」と表情を変えた。それはいつも通りの、飄々とした―不敵な笑みすら浮かぶ―万屋弥上の店主の顔だ。
「あとは俺の腕のみせどころ、ってなもんか」
忠弘は実に楽しげにそう言うのだった。
穏やかな午後の日差しの中、まったくもって似つかわしくないホテルのラウンジなんぞでコーヒーをすすりながら、忠弘は今回の依頼主である彼女に言った。
「残念ながら、呪いは解けませんでした」
「っな! どうしてです!」
悲痛にそう叫ぶ彼女を「まあ、話は最後まで聞いてくださいよ」と忠弘は宥める。
「そもそもアレは呪いなんかじゃあ、ないんです」
「どういう意味です?」
訝しげに聞く彼女に、忠弘は逆に尋ねた。
「あの水盆を持った女性達のことですが。浮気、DV、嫁いびり、夫の借金と、結婚前にあの水盆を手にしたひとは、その後に悲惨な結婚生活を送ることになる。と、いう話はご存知でしたよね?」
手にした女性が不幸になる、呪われた水盆。その呪いを解いてほしいというのが、彼女の依頼だった。
「そう聞いています。噂ですけれど」
怖々と頷く彼女に、忠弘はいとも簡単に答えを返した。
「それは事実でした」
「!」
あっさり呪いの事実を肯定され、彼女はパニックに陥ったようだ。目を見開き、何度か口を開けては閉めを繰り返す。
そんな彼女に忠弘はひたすら穏やかに話しかけた。
「すみません、驚かせて。でも、まあ、落ち着いて聞いてください。先ほども言いましたが、これは呪いなんかじゃあないんです」
「どういう、ことなんですか」
何とか言葉を搾り出した彼女に、忠弘は芝居がかった調子で言う。
「さて、それを語るにはもう一人の役者が必要でして」
そこで忠弘は彼女の後ろへと視線を向けて―実に満足げに―その目を細めた。
「よくお出でくださいました。こちらへ」
にこやかにそこにいた人物を促した忠弘だったが。目の前の彼女は、現れた人に目を見開いた。
「どうして、ここに」
招かれた青年は彼女のとてもよく知る人――――婚約者の彼だったのだ。
「私がお呼びしたんですよ。貴方が危惧している件で、ね」
忠弘は含みを持たせてそう言うと、いきなり青年に向き直り語りだした。
「そうそう、話が少し変わってしまうんですがね。五年前に貴方のお母様は亡くなられていましたよね?」
「………………」
何故、急にそんな話になるのか、と驚いている彼女をよそに、二人は対峙するように向き合っている。
「おや、だんまりですか? まあ、いいでしょう。話を続けます。
その時、貴方は多額の保険金を手にしていますよね。ああ、これも調べがついているんです」
忠弘が何を言いたいのか分からない。どうして、そんな話をしているのかも。
けれど彼女が一番解らないのは――――婚約者である彼だった。どうして彼はそんな目で万屋の彼を睨んでいるのだろう?
ざわつく胸を必死で落ち着かせようとする彼女の耳に、忠弘の声が静かに聞こえた。
「でも―――――貴方、保険金を手に入れたのは、それだけじゃないでしょう?」
ひたり、と、刃物でも突きつけたような。忠弘の声はそんな声だった。
「貴方は他にも、貴方の伯母と――――前妻の方。ニ名の保険金を手に入れている」
思わず彼女は息を呑んだ。
「前妻って…………どういうこと?」
隣にいる婚約者をまじまじと見て。彼女はふいに気が付く。今まで見てきた彼と、今ここにいる彼が、まったく違って見えることに。
そう、まったく別人のように。
「おやおや、これから一緒になろうという人に隠し事ですか? いけませんね」
場は緊迫しているというのに、忠弘の口調はまったくそぐわない穏やかさだ。むしろ、どこか楽しそうな響きさえある。
「…………黙れ」
その態度が気に入らなかったのか、それともその他のことが原因なのか。婚約者の彼が低く唸った。
彼は今にも忠弘に掴みかかって、その息を止めんばかりの形相だ。これが、彼の本来の姿? そう思ったら彼女の肌はぞっと粟立った。
だが忠弘はそんな二人の様子さえ気にせず、しれっと言った。
「いいえ、喋らせていただきます。これは貴方の婚約者様が、私共に依頼したことですから」
「君が?」
ぎらぎらとした彼の目は、もはや恐怖以外の何でもない。思わず腰を浮かして後ずさり、彼女は助けを求めるように忠弘を見た。
「わ、私は…………何も!」
しかし忠弘は「いいえ」と首を振って笑うのだ。
「ところが、そうなるんです。間接的に、ですがね」
そして忠弘は立ち上がると、彼女の手を取った。
「あの水盆は手にした人を不幸にする物ではないんですよ。不幸になる人のもとへ、やってくるんです」
「……………え?」
急に戻った話の流れに困惑する彼女に、忠弘は顔を近づけて囁いた。
「信じるか信じないかは別にして。あの水盆は吉凶を占うものだったんですよ。そして不幸な結婚を控えた女性に警告する」
まさに今、この状況のように、と。
忠弘はそのまま彼女の手を引いて立たせると、彼と隔てるように間に立った。
「そう、例えば―――――保険金目当ての結婚、などとかね」
「―――――っ!」
その瞬間―驚くほど自然に―すべてが彼女のなかで繋がって。
彼女がそれを理解すると同時に、婚約者の彼が忠弘に襲い掛かった。
「黙れぇぇえぇ!」
その手にはいつの間に握られたのか、光る刃物があった。
「きゃぁあぁぁぁっ!」
彼女が叫ぶと同時に、切りつけられた忠弘の腕から血が滴った。
だが忠弘は退くことなく逆に彼との間合いをつめると、簡単にナイフを持つ手を掴んで――――一気にねじり上げ彼をそのまま床へと組み伏せた!
彼が忠弘に襲い掛かってから三十秒ともかからない早業だった。
「やれやれ、っと」
とりあえず彼が放したナイフを蹴飛ばして、忠弘は馬乗りの姿勢のままに顔を上げる。そして。
「あのーー、すみませんが、誰か手を貸してくれませんかね? あと、警察に連絡を」
まったく緊張感の欠片もない声でへらりと言ってのけたのだった。
その夜のこと。
忠弘はものすごく渋い顔の桂一郎と向き合うことになっていた。
「で?」
桂一郎の問い詰める言葉は簡潔だ。はぐらかされる気などないのだろう。腕を組んで真っ直ぐこちらを見てくる彼に、忠弘は早々に逃げることを諦めた。
第一、桂一郎に話して困ることでもない。まあ、正直に言えば面倒臭いのだけれど、ここで何も教えないようなひどいこともできないだろう。
忠弘はやれやれと肩を竦めて事の顛末を語った。
「すぐ警察にお出ましになってもらったさ」
実際は彼を引き渡し、事情聴取をうけてと、厄介なこと盛り沢山だったのだが。まあそこらへんは割愛して、桂一郎が聞きたがっているだろうことを教えてやる。
「彼女もあんなのを目の前で見せられちゃあな。アイツとは即、婚約破棄するってさ。この一件でそれも簡単にできるだろーよ」
くくっと笑う忠弘を桂一郎は睨んだ。
「まさか、狙ってたんじゃないだろうな」
「またそんな人聞きの悪い。確認を彼女の前でしただけだろう。でもまさか、あんな暴挙に出るとはな」
どこまでも飄々とそう言ってみせる忠弘に、桂一郎は探るように聞いた。
「初めから分かってたのか。保険金ねらいだって」
忠弘はそれには素直に首を振った。
「いいや。お前が水盆の報告をしてきた時点では、そこまで分かっていなかったさ。ただ、婚約者に何かあるんじゃねーかな、とは思った。
で、調べたら奴の周りにやたら保険金がらみの死亡が多いってことが分かってな。あとは、まあ、大人のツテってやつで」
そこから保険金ねらいの殺人にたどり着いたというわけだ。
だが確証があるわけでもなかった。しかしそれが事実ならば悠長にしてもいられない。うかうかしていれば、二人は結婚してしまっていただろう。
だから脅迫めいた文章を婚約者の彼に送りつけ、あの場に招いたのだ。彼の本性を暴くために。
そしてそれは―――――かくのごとくだったわけで。
「事件の真相は警察に任せるとして。それがどうあれ、あんなヤツと一緒にならんほうが良いってのはハッキリしたさ」
忠弘は皮肉げに鼻で笑い、それから「彼女も、感謝してるってさ」と付け足した。
考えようによっては、結婚をぶち壊しにされたようなものだ。彼女の考え方しだいでは紙一重の仕事だっただけに、理解してくれたことには感謝するしかない。
桂一郎がほっとしたように呟く。
「よかった…………それなら、あのひとも報われる」
「―――――そうか」
ふっと、ここにきてようやく空気が緩んだ。
ひとまずこれでこの水盆の件についてはカタがついたことになるだろう。
「あとは、あの水盆だが…………まあ当分、ウチにいてもらおう。吉凶を勝手に占うなんて代物、危なっかしくてよそには出せんし」
「ああ。あのひともそうしたいと言ってる」
「なら問題ないな。じゃ、そゆことで」
もう他に話すことなどないとそそくさと出て行こうとする忠弘の腕を、しかし桂一郎がつかんで引き止めた。
「何だよ、まだ他に何か」
あるのかよ、と忠弘が言うより先に、桂一郎が素早く着物の袖をたくし上げて、腕をあらわにしてしまった。
そこにあるのは、真っ白な包帯に巻かれた腕だ。
「怪我、したのか」
じろりと、桂一郎が睨む。またも険しい空気が二人を包んだ。
「あー………ちょっと掠っただけだ。やっぱり部屋に籠ってばかりだと反射神経が鈍るな」
ははははは、と忠弘は笑ってみせるが――――これは誤魔化されてくれないだろう。
案の定、桂一郎は腕をがっちりとつかんだままだ。
「年寄りが無茶するからだ」
「だから、そんな歳じゃねぇって何度言や分かるんだ」
軽口の悪態をついてみるも、ちっとも効果なし。
「…………俺に行かせなかったのは、危険だったからか」
唸るように言う桂一郎に、忠弘は内心で(あぁ、面倒くさい)と思いつつ、答えてやった。
「そうじゃないさ。あのテの人付き合いは、お前には難しかろうなと踏んだだけだ。実際、苦手だろう」
さしたる理由じゃないと、忠弘は桂一郎の手を払いのける。
着物で見えなくなった―包帯の巻かれた―腕を苛立たしげに見つめて、桂一郎はなおも食い下がった。
「いつもだったらやらせるじゃないか」
「普通の仕事だったらな」
いつも通りの、のらりくらりとした忠弘の言葉だ。だが今の桂一郎には通じない。
「…………やっぱり危険だからなんじゃねぇか」
低く響くそれは、完全に不のスイッチが入ってしまっている。さて、どうしたものか。
(って、考えるだけ無駄か)
どうせ、忠弘のやりたい様にやる以外に選択肢なんてないのだ。そう、かつてのあの人がそうだったように。
「適材適所だ。言っただろ、お前を使うのも俺の仕事のうちだってな。使いどころは、俺が決める」
桂一郎を見下すように、忠弘は厳しく言い放った。
「手前自身で言ったんじゃないか、桂一郎。お前はこの店の道具に過ぎない、ってな」
その冷たい視線を桂一郎が睨み返す。
「だったら!」
しかし、その反論は許されない。
「煩い。口答えすんな。店主は俺だ」
それは絶対の言葉。忠弘はこの万屋弥上の店主で。
「忘れるなよ、桂一郎。ここは俺の店で、ここの道具達を正しく管理するのが俺の仕事だ。
例外は一つだってない。もちろん、お前もだ」
揺るがないものが、そこにはある。それはただ真っ直ぐに、己のすべきことを胸に決めた強さだ。
託された店主というもの。それが繋がっていく先は。
「解ってるさ」
きっとその桂一郎の呟きがすべてだ。繰り返される、託し託される何かは。いつかは、きっと。
睨み合うように二人はしばらく向き合って。桂一郎が下を向き、ふぅと息を吐いた。
それはどこか息継ぎにも似た溜息だ。そして顔を上げた桂一郎は―どこかすっきりとした顔で―これだけは、と口を開いた。
「けど、せめて怪我してることくらい言え」
途端に忠弘が面倒くさそうに顔をしかめる。
「だぁーって、五月蝿いだろう。お前とか涼とかが」
もうそれで、すっかりいつも通りだ。
「子供かよ。ともかく、当分頭は俺が洗うからな」
呆れたように言った桂一郎の台詞に、忠弘が「げ」と目を剥く。
「お前と風呂なんて冗談じゃないね」
「だれも一緒に入るなんて言ってない。髪を洗うだけだ」
「嫌だ」
だがこの応酬に思わぬところから加勢が入った。
―――ケイ、此の際だから徹底的に洗っちゃいなさい。ついでに髭も剃っちゃって!
桂一郎の側に、だ。
思い切り苦い顔で忠弘が鈴に言い捨てる。
「嫌だって言ってんだろうが」
だが加勢は鈴だけではなかったらしい。
―――ヒロ、今回ばっかりはケイに味方するわ。きちんと綺麗にしてもらいなさいな。
お涼までもがやんやと口を出してきて、忠弘はもう全力でそこから逃げたくなった。彼女にまで参戦されては、勝ち目などあるはずがない。
「あのなぁ、お前達がいつ俺の味方だった時があるんだよ。ケイにばかり味方しやがって」
―――そうだったかしら?
くすくすと笑う涼に忠弘は情けなくも「勘弁してくれ」と唸ったが、どうも許してくれる気配がない。
怪我をしたこと自体に加え、隠していたのが不味かったようだ。
「いい年して駄々なんかこねるな」
―――観念しなさいね、ヒロ。怪我した貴方が全面的に悪いのだから。お風呂くらいは我慢しなくちゃ。
―――あーーーー、もう! とにかく、まるっと綺麗になんなさい!
三方向からの攻撃でまったく逃げ場なし。下手をしたらこのまま風呂場へ強制連行されかねない。
否、きっと桂一郎ならするだろう。こういうところで容赦がないのはいったい誰に似たんだ?
(……………俺か)
簡潔な結論に思わず天井を仰いで。
「ああ、まったく――――これだからウチのモノ共は厄介なんだ」
忠弘は嘆きだか笑いだか判らない声を漏らすしかなかった。
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