厄落とし 壱



 道端にお金が落ちてたら、そりゃ拾っちゃうよな? ラッキーってなカンジ。しかも、五百円。

 誰でも拾うって! てか俺は拾う。確実に。

 でも―――――拾ってたのはお金だけじゃなかったみたいだ。



 このところ妙にツイてない、と大野健おおのたけるは溜息を吐いた。

(バスのドアに挟まれるわ、階段から落ちるわ、自転車のブレーキは切れるわ)

 この二、三日、生傷の絶えないことといったら。

「あーもー、だりぃ~~なぁ~~~~~」

 口に出して言えば、ますます気が滅入って。心なしか身体の調子さえ悪い気がしてくる。まあ、病は気からともいうけれど。

 そんな力なく椅子にへたり込んでいる健を、同じクラスの友人共が覗き込んだ。

「どしたー? 何か、えらい疲れた顔してんな、お前」

「そうなんだよ…………聞いてくれよぉ! もーーー、ほんっと、ここんとこツイてねーんだよ!

 今日だって授業はバンバンあてられるし、携帯は取り上げられるし、購買のパンは売り切れで食べられないし!」

「なんか………びみょーだな」

「だっろぉーーーーーー」

 ごんっと机に突っ伏して「やってらんねぇ~~~」と呻く健を見つめること、しばし。

 ふいに友人の一人が妙なことを口走った。

「でもほんとお前ひどいよな、最近。なんか…………その、悪いモンでもついてんじゃねぇの?」

「悪いモンって、何だよ?」

「ホラ、幽霊とか、そんなヤツ。祟られてる、とか?」

 周りにいた友人も好奇心をかきたてられたのか、もっともらしく話をあわせてくる。

「そうそう、いっぺん見てもらった方がいーんじゃねーの?」

「って、誰にだよ」

 そう聞けば、言い出した友人が声を潜めて言った。

「弥上だよ」

「弥上?」

 彼の言っている弥上とは、同じクラスの弥上桂一郎のことだろう。しかし健もこの友人も、たいして彼と仲が良いわけでもない。

 どうしてそこで彼の名前が出てくるのか分からないのだが。

「なんかさ、弥上ん家って拝み屋やってるらしいんだよ。あいつ、ちょっと変わってるだろ?」

 そう説明されて、健は首を傾げた。

「そぉだったか?」

 教室を見渡して件のクラスメイトを探してみたが、あいにくいないようだ。

(弥上って、どんなヤツだったっけ?)

 思い出そうとしてみたが、どんな人物だったかイマイチ思い出せない。

 つまりはそれほど目立つでもない、可もなく不可もなくといった感じだったろうか。

「あんま知らねーけど、なんつーか地味なヤツ? だったか?」

「まあ、影薄いっちゃー薄いよな。でも、けっこー有名らしいぜ? 同じ中学の奴らが言ってたけど、霊感少年ってやつ」

「ふぅん」

 このクラスになってからはや三ヶ月。噂どころか顔すらろくに覚えていないクラスメイト。それが弥上桂一郎だったわけで。

 こんな風に関わらなければ、健は高校三年間の間ずっと桂一郎を知らないままだったに違いない。

 縁とは得てしてこんなものなのか。こうして健と桂一郎の不思議な付き合いは幕を開けた。



 眠りを誘うような五限目の授業。さっぱり理解できない古典の授業なんかはほおっておくとして、健は教えてもらった桂一郎の席を早速チェックしてみることにした。

(窓際の、後ろから三番目)

 こっそり後ろを盗み見てみた、その席には。思いもよらなかった衝撃が待っていた。

 少し長めの黒髪に中世的な顔。均整のとれた身体に漂うのは知的な雰囲。これはどうしたコトか。

(っちゅーか! どこが地味!)

 何故、今まで気付きもしなかったんだ! と不思議に思えるくらいだった。

(かなりカッコ良くね? あの顔でモテねぇ方がおかしーし! てか、ほんっと、何でこんなヤツ今までスルーできてたんだ、オレ!)

 思わず盗み見ているのも忘れるくらいガン見していたら。

(ら?)

 目が合った。というより、睨まれたような気がして健は慌てて前を向く。

(っはーーー、オドロキだぜ。そーか、アイツが弥上)

 今まで気付きもしなかったクラスメイトに、よもやこんなに驚かされることになるとは。

(でもなぁ、ほんと一度も喋ったことねーんだよな。しょっぱなから霊だ祟りだなんて話したら、引かれっかな)

 さて、どうやって説明したものか。いや、そもそもどうやって声をかけるべきか。あれやこれやと授業をそっちのけで考える。

 べつに友人の言っていた「霊感少年」なるものを信じたわけじゃあない。

ただ、ほんの少し興味がわいただけ。

 そんな風に思いながらも、どこかわくわくしている自分がいることに、健はまだ気がつかずにいた。



 授業じゅう悩んだものの、結局その甲斐もなく「あのさー、弥上にちょっと相談があるんだけど」という、しごくありきたりな台詞しか言えなかった健は、まあ少しばかり脳みそが足りない。

 対して、桂一郎の反応はというと、これまた健の予想をみごとに裏切ってくれた。

「何か用か?」

 ものすごく冷たい目で見下しながらのその言葉は、たいそうな迫力があった。

 思っていたキャラとのギャップに少々怖気づきながらも、健は早々に本題を話すことにした。

「なんつーかさ、俺、最近ものすっごいツイてなくて、お祓いでもしてもらったらいーんじゃねぇかって話になってさ。

 したら弥上ん家が拝み屋やってるって噂聞いたから、お前に一度相談してみようかと思って」

 しかしそんな健の話を。

「俺の家は拝み屋じゃない」

 桂一郎はばっさりと一刀両断にした。

 はっきりと感じられる拒絶の空気。今更だが冷や汗が出る。

「そ、そっか。じゃあ―――――困るよな、こういうの」

 鋭い目を向けられれば、それ以上食い下がることは難しく。

「…………悪ぃ、ちゃんとしたトコに聞いてみる」

 チキンな健はしおしおと引き下がるしかない。

(だよなー。やっぱ引くよな、こんな相談)

 声のかけ方が間違ったのか、それともただ単に人付き合いが嫌いなのか。どちらにせよどこか惜しい気持ちで健はそこを動けずにいた。

 そんな健をしばらく眺め―――――――。

「言いふらすなよ」

 桂一郎がふう、と一息吐いてから言った。

「………………は?」

「だからソレ、何とかしてやるから。変な噂を言いふらすなって言ってるんだ」

 一瞬、何を言われたか分からずぽかんとしてしまった健に、桂一郎は苦い顔で繰り返す。

 そこでようやく意味が分かった健は、身を乗り出すようにして桂一郎にくいついた。

「何とかって、できんの? え? じゃあ俺、ほんとにとり憑かれてんのっ?」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ健に、桂一郎は冷たく言い放った。

「煩い。黙れ。見捨てるぞ」

「ええっ?」

 悲鳴を上げた途端に睨まれて、健が慌てて口を閉じた。

 そんな様子を半眼で眺めて、桂一郎は渋い顔でぼそりと呟いた。

「毎日毎日、そんなの連れてこられたら堪ったもんじゃあないからな」

「は?」

「いいや、こっちの話」

 諦めたように首を振ると、桂一郎は健に聞いた。

「で、大野。お前、何を拾ったんだ」

「拾った?」

「そうだ。最近、何か拾っただろう、お前」

 まるでそういうことがあったことが確定しているかのような、早く思い出せという詰問口調に、はて? と健は首を傾げた。

 何かを拾ったって、そんなことあっただろうか。

 必死で足りない脳ミソの記憶を引っ掻き回した健は「ああ!」と、一つだけ思い当たる出来事を思い出した。

「一週間くらい前、五百円拾ったぜ、そーいえば。でもまさか五百円で警察に届けるとかありえねーだろ。そのままネコババしちまったけど――――」

 だがそこで、ひそめられた桂一郎の眉に、健は思わずごくりと続きの言葉を飲み込んだ。

「まさか……………ソレが原因とか言わないよな?」

 恐る恐る聞いた健に、桂一郎は真剣な顔で聞き返した。

「どこで拾ったんだ」

「どこって…………交差点だ。ホラ、よく事故が起こるトコだよ、バス停近くの。

 ド真ん中に落ちてるなんて珍しいなーって思ったんだよな。信号を渡ってる途中で拾ったから」

 そう答えた途端に桂一郎の顔が歪み、深い溜息が漏れた。

「えっ? ……………マジで、ソレが原因?」

 だって、たかだか五百円玉一枚だ。何がどうしてそんなことになるのか。

 理解できていない健に、桂一郎は呆れと蔑みともつかない視線をよこしながら、

「厄祓いの呪いの中に、四辻で金を投げ捨てるというものがある。金と一緒に厄を捨てて、金を拾った人間に厄を引き受けてもらう呪いだ。

 加えて、あそこは事故が多発する交差点。さぞや厄が吹き溜まってただろうよ」

 と、恐ろしいことを説明してくれる。

「じゃあナニ? その厄ってヤツを拾っちゃったってわけ?」

「だろうな」

 きっぱりと言う桂一郎に、健の背筋はぞくりと震えた。

「な、なあ、その厄ってのは、ほっとくとどーなるんだ?」

「厄だからもちろん害になる。最悪、死ぬ」

 真顔の桂一郎に正直、健は逃げ出したくなった。

 霊だとか祟りだとか、そんなものは信じちゃいない。信じちゃいないが、これは本気で怖い。

 それは死ぬという厄に対する恐怖か、はたまたそんな異常なことを口にする桂一郎に対してか。

(聞きしに勝る霊感少年ぶりってヤツなんだろ、これ)

 そうは思うが、けれどどうしてだろう、異常だとしか思えない桂一郎の言葉が健の足を止めている。

 怖くて逃げ出したくてたまらないのに、反面ここで逃げたらもっとヤバいことになる気が確かにしているのだ。

 硬直してしまった健に桂一郎が呆れた顔で言った。

「だから、さっきから何とかしてやるって言っているだろう」

「ほっ、ほんとか?」

「じゃなきゃ、ここでこうして話をしてたりなんかしない」

 さも面倒くさそうにそう言う桂一郎は、確かに無駄な話などしそうにない。

 そもそも人付き合いさえ避けていそうな彼がこうしている理由はただ一つ。健の相談事に付き合ってくれているからに他ならないだろう。

「お、おう。さんきゅ」

 改めて気付いて、健は思わずお礼を言ってしまった。

 そんな健をやはり呆れともつかない目で眺めた後、桂一郎はどこか吹っ切れたように言った。

「大野、明日その交差点に付き合え」

「な、何でだよ?」

「………………死にたいってならそのままにしとくが」

 冷たく鋭利な桂一郎の言葉は、容赦なく健の脆弱なハートをさっくりと突き刺して。

「行くって! 行きます! 行かせていただきます!」

 どう聞いたって脅しとしか思えないそれに、「嫌だ」なんて言う勇気のない健は必死にこくこくと頷くしかなかった。









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