第2話 私を呼ぶ声

「ちょっと……笑いすぎじゃない?」

 休み時間、自分の席で、ややむっとしつつもウケたことにほんの少しの満足を得つつ、私はやっぱりむっとした口調で眉間にシワを寄せた。

「だって、アヤ、それって『猿みたい』ってことでしょ」

 小猿、とスミコが笑いながら私の刈りたての後頭部を撫であげた。

「やだ、気持ちいい」

「そーですか」

 こんな子に相談した私がいけないのだ。でも。

「でも!まだお爺ちゃんが私のこと『悟空』て言ったとは限らないじゃん!」

「じゃあ何で『悟空』なんて言ったのよ」

「そ、それは……それに!今までお爺ちゃんと喋ったこともないんだよ?」

「でも、初めて見たわけでもないんでしょ」

「時々見かけるくらいだよ。名前だって知らないし」

 それに、と私は力説した。

「ひとり言かもしれないじゃん」

「そりゃ、ないわ」

 素気無く私の発言を却下して、スミコはひらひらと手を振った。

「まあ、いずれにせよ、またお爺ちゃんに会えばわかるよ」

「お爺ちゃんはレアキャラだから、そうそう会わないもん」

 やっぱり少し切りすぎたかと、私は短くなった後頭部をさりさりと掌で撫でた。切り立ての短い髪はちょりん、と音がしそうだった。


 その翌週の日曜日、流れ出る汗をハンドタオルで拭っていた。あんなに短かった髪は、たった1週間で「けっこう短い」くらいまでには伸びている。夏休みの小学生男子のようだ。

 エレベータホールに入って、私は少したじろいだ。薄暗がりに立っているのは、レアキャラのはずのお爺ちゃんだ。お爺ちゃんも私に気づいたのか、ちらっとこちらを見た気がした。

 目が合ったのに、乗らないわけにいかない。やってきたエレベータに、お爺ちゃんが先に乗り込み、私が続く。私が扉の前で、お爺ちゃんは後ろだ。

 動き出す前から、私はじっと階数表示板を見つめる。後頭部に、視線が刺さる。

 ごうん、と箱が緩やかに持ち上がった。静かなモーター音。

「斉天大聖」

 私はぎしぎしと首だけで振り返る。壁に寄り掛かったお爺ちゃんが、キャップの鍔の下から、私を見ている。

「斉天大聖だな」

 また声が、私を呼んだ。斉天大聖、花果山から生まれ、筋斗雲に乗り、三蔵法師と共に旅に出たという、あの……。

「……孫悟空?」

「そうだ」

 うむ、と首肯した後で、にたり、とお爺ちゃんが、笑った。振り返ったまま、固まる私、口角を半分だけ持ち上げたお爺ちゃん。

 ちん、と涼やかな音がして、エレベータの扉が開いた。

 箱から降りた私は、ただ閉じていく扉の隙間を見つめるしかできなかった。

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