第19話 トリエスティの葛藤②

翌日返事が来た。

緊張しながらDMを開く。


『鳥生亮介様

 初めまして。

 77事務所所属、鏑木春斗と申します。

 ご連絡ありがとうございます。

 内容に少々驚きましたが、コラボの件了解しました。

 マネージャーに確認した所、ある程度打ち合わせさせて頂ければ

 その企画内容に沿う形で問題ございません。

 ただ、1点だけ。

 私はアナザースフィアのバトルでは物語を作れるように意識し、

 多くのプレイヤーと対戦させて頂いております。

 それは見てくださっている多くの視聴者の方が楽しめるようにしたいからです。

 そういった点から明確なヒーローとヴィランが決まっているのも

 一つの物語の形になると思いますのでそれには賛成いたします。

 ですが、一方的に私が有利になるバトルというのは頂けません。

 確かに最後に正義が勝つというのは分かりやすいストーリーですが、

 意図的に負けるようにプレイするのはやめて頂けませんでしょうか。

 私は以前よりトリエスティというプレイヤーについては知っております。

 操作の難しい魔弓という職業であなたほどプレイスキルのある方は

 そうそうおりません。

 私はあなたとのバトルを楽しみたい。

 それに辿るまでの道は確かに過激ではありますが、

 正々堂々と戦いましょう。

 また、弊事務所ではコラボなどで金銭は受け取っておりません、

 配信についてはあくまで当人に委ねられておりますため

 不要でございます。

 とはいえ、私のイメージもございますため、

 バトル前のやり取りについての発言内容については

 いくつか制限をさせて頂ければと考えておりますため、

 後日打ち合わせをさせてください。

 詳細の日程についてはまたご連絡をさせて頂ければと考えておりますが、

 ご都合の良い日時がございましたら、ご連絡ください。

 何卒よろしくお願いいたします。


 鏑木春斗』



そうか。

力を入れていた肩が徐々に下がってきた。

なるほど、引き受けてくれるのか。


「イケメンの癖に、随分いい奴じゃないか」

そんな愚痴を零し、俺は返信をした。


その後、通話で簡単な打ち合わせをした。

俺が発言しようと思っている事。

言ってはならない事。

簡単な流れについての段取りの事。


なるほど、本当にいいやつだ。

俺なんて底辺のライバーだってのに真剣に打ち合わせをしてくれる。

「トリエスティとの戦いは楽しみだ。

 実は一度戦ってみたいと思ってたんだよね」


彼はそういっていた。

ありがたい。

俺のバトルスタイルは遠距離攻撃型だ。

普通はアーシェスのような近接系はやりたがらないバトルだろうに、

楽しみといってくれる。


本当にありがたい。

普通こんな無茶な企画に付き合ってくれない。

純粋に俺とのバトルが楽しみなんだと話していて伝わった。


だからだ。



俺は間違っても勝ってはいけないのだ。


間違いなく、アーシェスのファンは俺に牙をむけるだろう。

それに対し無様に負ける。

そこで俺はアーシェスに喧嘩を売り負けた馬鹿野郎として認知されるのだ。

そこでようやくだ。

ようやく、世の中に認知されるようになる。

愚かにも人気配信者に牙を向いた馬鹿者として

認知される。


この世界では如何に認知されるかが勝負だ。

俺のような腕は良いが配信として恵まれない奴は幾らでもいる。

その中でどのように目立つか。

どのような立ち居地を気づけるかが勝負だ。


だから俺の都合としても負けた方が良い。

間違って勝ってみろ。

俺はずっとアーシェスのファンに叩かれる。

ただの糞野郎として確実に炎上する。

アンチしか着かない。

それよりは負けて溜飲を下げて

ピエロになった方が全然良い。




だからだ…………




初めて生放送で4桁を超えた視聴者が着てくれて、

本当にうれしかった。

こんなピエロのような俺を笑いにきたのだとしても

多くの人が見てくれえるという事に今までにない興奮も味わった。


きっとだからなんだろう。

アーシェスから『本気でやろう』といわれたとき、思ったんだ。

わざと負けるのは失礼なのではないか。

そう思ってしまった。


俺はアーシェスに恩義を感じている。

勝つつもりはもうとうない。

いや、勝った所でデメリットしかない。

今後アンチばかりの視聴者を相手に

俺は配信業を続けられるだろうか。

アーシェスアンチの連中が味方になるかもしれないが、

それだって少数派だ。

ずっとヴィランでいるような精神力も俺にはない。


でも……


いや、そもそもだ!!


いつから俺は上から目線で見ていたんだ。

向こうは明らかに俺より実力が高い。

いつから本気でやれば勝てるなだと思い上がっていたんだろうか。

そうだ。

その態度自体、あまりに失礼だ。

ここまで無茶な企画に、

アーシェスにとってそこまで大きなメリットがない企画に付き合ってくれたのだ。

せめてその恩に報いよう。


勝ち負けじゃない。


本気で戦う事がアーシェスに対する礼になるのなら…



普段は絶対に使用しない高価な使い捨ての装備も使い、

本気で戦う。


俺の今の全力でアーシェスと戦う。



それこそが……







宙に舞う腕を見ながら目の前のアーシェスを見る。

どうやってミーティアラインを避けたのかわからない。

だが、それなりの代償を払っているのは確かだ。

右目から流血し、俺からほとんどダメージを与えいなかったにも

関わらず、肩で息をしている。

スキルのダメージはほとんどないようだ。

どれだけ防御を重ねていても、さっきの攻撃スキルには

外側の能力まで使って威力を上げていたのだ。

掠っていれば目の前のアーシェスのようにほぼ無傷はありあえない。


いったいどんなスキルを使ったのか。


「本当に化け物だな、アンタは―――!」


俺は敬意を払ってそう叫んだ。


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