第9話 友里子の憂い

 冬美に友里子から連絡があったのはそれからすぐのことだった。冬美と友里子は数年に一度は、二人で食事に行っていた。

「元気にしていた?仕事が忙しいのではないの?」

 友里子は相変わらず明るく話を切り出してくれた。

「そんなことないよ。今は訪問看護だからマイペースに仕事ができているのよ」

「そう、前は救急センターでバリバリやっていたのにね」

「もう体力の限界だから・・・」

 冬美は力なく言った。そんな本音は友里子にしか伝えられない。

「そうか。でも、十分に頑張ってきたのだから、冬美は偉いわよ」

「そんなことないわよ。子育てしてきた友里子にはかなわないわよ」

「何を言っているのよ。何だかお互いに持ち上げて、おかしいわね」

「でも、友里子は私のことをとやかく言わないからありがたいわ」

「えっ、どうして?」

「前の病院を辞めるときね、結構嫌味とか言われたから」

「誰に?」

「明日香よ」

「ああ、あの子はそういう子だからね」

 友里子はそう言って話を切り替えようとしていた。友里子は昔話や今ここにいない人の話をすることを極端に嫌う。噂話は芸能人の話であっても友里子の口から聞いたことはなかった。そんな友里子だから、冬美は時々会いたくなるのであった。

「私もそろそろ何か始めないといけないのかなって、思っていてね」

「何かって?」

「パートでもボランティアでも習い事でも、何でもいいのだけれどね」

「今まで家族に尽くしてきたからね」

「それを理由に外に出ていなかったからね。器用な人は家庭と両立させているのだろうけれど、私にはそれができなかったから」

「何かしたいことはあるの?」

「それがねえ、無くて・・・」

「そうねえ・・・」

 冬美の頭は友里子の話を聞きながらも、明日香のことでいっぱいになるのだった。

「ねえ、どうしたの?何かあった?」

 さすがの友里子も冬美の態度を訝しがった。

「うん・・・ちょっとねえ・・・」

「そうか。みんな色々あるよね。ねえ、このスペアリブ美味しいね」

 友里子は何も聞かずにこの場を楽しむことに専念しようとしていた。いつもならそれがとてもありがたいのだが、今日は違った。

「あのね・・・実は・・・」

 冬美は明日香のお母さんから頼まれたことを友里子に話していた。友里子は黙って真剣に聞いてくれた。

「明日香ねえ。実は私も誰にも言っていない事実があるの」

 友里子はジントニックのお代わりをもらい、一口飲んでから話を続けた。

「私がまだ仕事をしていた時だから、もう25年以上まえの話だけれど、明日香はその当時、会員制の旅行会社の社長秘書をしていたのを覚えている?」

「ああ、そうだったわね。あの会社も社長が自殺して潰れたとか」

「そういう話になっているのだけれど、自殺じゃないって言っていた人がいるの」

「えっ、そうなの?」

「うん、当時、研修か何かで他社の人たちとの交流があったのね。そこで同じ年の子と仲良くなってプライベートでも会うようになったの。その子が偶然にも明日香と同じ大学だったのよ」

「明日香の大学時代の話って、私たちはあまり知らないわね」

「そうでしょう。特に私は縁を切ろうとしていたからね」

「それでも明日香はめげずに年賀状を送り付けていたのよね」

「そう、暑中お見舞いだって欠かさなかったわね。まあ、それとして、で、その子の大学時代の友人が自殺しているのよ」

「えっ、明日香が原因で?」

「そう、当時の明日香の会社では50万だったかしら、それくらいを入会金か何かとして集めて、会員制の旅行クラブを運営していたのよ」

「旅行クラブ?」

「そう、会員になればラグジュアリーな海外旅行が何度でもできるという触れ込みでね」

「それも詐欺だったわけね」

「ええ、その会員を集めていたのが自殺をしてしまった明日香の大学時代の同級生だったのよ」

「その会社の社員だったの?」

「社員とかではなくて、ネットワークビジネスのようなもので、会員を集めると親になれて自分にも利益がもたらされるってやつね。私も正しい説明はできないのだけれど」

「ねずみ講ってわけね。でもそれが詐欺だった」

 冬美は何度も詐欺という言葉を無意識に繰り返していた。

「明日香はその会社では役員でもなんでもなかったから、罪に問われることもなかったけれども、本当の主犯は明日香でそれを自殺したとされている当時の50代の社長さんにやらせていたという話らしいのよ」

「その自殺したとされている社長さんというのは・・・」

 冬美は次の言葉が続けられなかった。

「その子の話だと、明日香が殺して会社のお金を独り占めして逃げ切った、ということらしいの。事実かどうかは調べたわけではないからわからないけれどね」

「自殺した同級生からその子は聞いたのでしょう。だったら事実よ」

「その子は自殺した子の日記を読んだらしくて、私が高校の時の同級生だと知って話してくれたのだけれど」

「じゃあ、間違いはないわね」

 しばらくは店のBGNだけが聞こえる時間が流れた。

「ねえ、誠子は今どうしているの?」

 友里子が冬美に聞く。

「えっ、誠子?どうして?」

「確か彼女は今でも明日香と仲が良いはずだから」

「そうねえ、時々一緒に遊んでいるはずよ。そうそう、二人でホストクラブに行ったって話を最近していたわね」

「そう、だったら使えるわね」

「えっ、何?」

「ねえ、しばらくこの話を私に預けてくれないかしら。計画を立ててみるわ」

「計画って・・・」

「とにかく、あなたは何も行動しないで。それから、誰にもこの話をしないこと。ご主人にもよ」

「友里子・・・あなた・・・」

「計画を立てるだけよ。まだ、実行するかはわからないけれど、考える余地はあるでしょう」

 友里子の顔は高校生の時の生徒会長の顔に戻っていた。逞しくはあったが、少し怖いと冬美は思った。

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