第7話 誠子の現実
誠子の家は少し古い時代のタワーマンションの一室にあった。部屋に招き入れられると引っ越し用の段ボールが山積みになって置かれていた。
「ごめんなさいね。来週には引っ越す予定なので」
「そうですか」
「まあ座って」
誠子は化粧っ気のない顔で派手なプリントのTシャツを着ていた。すぐに冷たい麦茶を出してくれた。
「ご家族は?」
「今、主人は入院しているの。子どもたちは私の母のところなのよ」
「どうして引っ越しを?」
「このマンションを売らないともう金銭的に大変なので。今なら高く売れるからって言われてね。主人のものだし、主人が決めたことだから」
「これからどちらに住むのですか?」
「主人が入院している病院の近くに部屋を借りることにしたの」
何だか思っていたより自分勝手で強引な人ではないようだった。顔つきも穏やかだ。
「すみません。立ち入ったことを聞いてしまって、あの・・・明日香さんのことですが、どんな方でしたか?」
「目立ちたがり屋で見栄っ張りで、でも、とっても楽しかった人よ」
「ご一緒にホストクラブへ行かれていたとか」
「ええ、でも、数回ね。それも同じ店だけよ」
「ホストの方とは何人くらいお知り合いになったのですか?」
「そうね・・・明日香の担当はヒロシという子で、私はヒカルって子が担当になったの。その他の子たちはボヤっとしか覚えてはいないわね。名刺を貰ったかもしれないけれど、すぐに捨ててしまったから」
「そうですか。あの日来られていたホストはその店にはいなかったのですね」
「そうなのよ。あれからも思い出そうとしているのだけれど、いなかったわね」
誠子の話は本当だった。別の捜査員がその店を調べたところ、該当するホストはいなかった。違法ドラッグ関係でも念入りな調べを行ったが、その店のオーナーは違法ドラッグには厳しく、それらに手を出したホストは店を辞めさせられていた。辞めさせられたホストの素性を片っ端からあらっているようだったが、まだ何も掴めてはいない。
「ところで、明日香さんとは一番仲が良かったようですが」
「そうかもしれないわね。他の子たちは私が明日香に振り回されていたって言っているかもしれないけれど、私には友達が明日香しかいなかったから」
誠子は心から寂しそうに言った。
「明日香さんの会社に投資していたということですが」
「ええ、そうよ。でも、あれは全額取り戻したわ」
「損はしなかったのですね」
「ええ、それに投資していたといっても大した額ではなかったの。私が自由にできるお金なんて大したことはないから」
「ホストに行くお金は・・・」
「それはもちろん明日香が全部出してくれたわよ。明日香って昔からそういう子で遊びにつきあわせる代わりにお金を出すのよ。それを友里子も冬美も嫌がるから私だけがいつも一緒だったというわけ。私はもうそれが当たり前になっていたから、何とも思わなかったわね。私っておかしいのかしら」
「そうですね・・・あっ、でも、私も相手がすごいお金持ちならそうしてもらうかも・・・」
瞳は一瞬返答に困ってしまったが、そう答えていた。本心だった。
瞳が部屋を何気なく見渡すと大きなゴミ袋に大量の衣類が入っていた。
「ああ、あれは洋服よ。処分しようと思って」
瞳の視線に気が付いた誠子が言った。明日香が好みそうな服ばかりが入っている。
「心機一転、今まで着ていた服装は辞めて、おしとやかな妻を目指すの。それと普通の母親にならないとね」
誠子は無邪気な笑顔で言った。これだけは紛れもない本心だろうと瞳は思った。
「ただいま」
するとそこに化粧の派手な瞳と同年代の女性が部屋に入ってきた。
「あっ、お客さんなの?」
「ご挨拶なさい。こちら刑事さんよ」
「えっ、刑事さんなの?それもこんなに若い。初めて見る」
「そんな言い方失礼でしょう。もう、25歳なのだから」
誠子の長女なのだろう。25歳よりは大人びて見えた。
「明日香さんの件ね」
「あの、明日香さんをご存じですか?」
瞳は食い気味に長女に話を聞いていた。
「えっ、何よ、怖い」
「すみません。もう一度お聞きします。明日香さんとはお会いになったことがありますか?」
誠子の顔がピクっと引き攣ったように感じられたが、ほんの一瞬だった。
「ええ、明日香おばさまには何でも買ってもらっていたわ。色々なお店にも連れて行ってもらっていたし」
「ホストクラブへは?」
「それはなかったわ。本当は誘われていたから行きたかったのだけれど、ママが反対したから」
「そりゃあ、母親なら当たり前ですよね」
「何よ、自分は良くて、成人した私はダメだっていうのは、納得がいかないわよ」
親子喧嘩が始まってしまった。
「あら、すみません。みっともないわね。私ももうあんなところには行かないし、これからは母親らしくするから、許してよ」
「どうしたのよ、急に。気持ち悪い。明日香さんが亡くなってからのママは変よ」
「そりゃあそうでしょう。同級生で仲の良かった人が亡くなったのよ。私だって人生観が変わるわよ」
瞳は誠子の言葉に納得をしつつも、どこかに違和感があったのだが、言葉にできずもどかしさを抱えたまま帰路に就いた。
捜査本部ではすでに明日香の殺害についての関心は薄くなっていた。薬物対策課が主導権を握り、そちらの捜査にばかり焦点が当たっていた。
「お前の感は外れだな」
先輩刑事の佐伯に言われても腹も立たなくなっていた。
「そうですね」
「俺もあの同級生たちが怪しいと思っている」
「本当に?」
「ああ、でも、捕まえることはできないだろうな」
「こっちの負けですかね」
「女は嘘が上手いから」
「何だか実感がこもっていますね」
「彼女たちは殺すことに正義を感じているのだろう」
「正義ですか?」
「そう、もっと深い動機があるはずなのだが・・・」
「それを調べればいいのですね」
「そんな単純なことではない。動機がわかったとしても物証は何もないだろうからな」
「物証・・・」
瞳は途方に暮れるばかりだった。
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