第5話 友里子の現実

 夏の日差しがまぶしい午前十一時過ぎ、瞳はまずは友里子から詳しく話を聞こうと自宅を訪問した。郊外にある住宅街に友里子の持ち家はあった。最寄りの駅から歩いて二十分というのが少し難点だが、閑静で品のある街並みは、瞳の殺気だった気持ちを思いのほか和ませてくれた。友里子の家はすぐに見つかった。事前にグーグルアースで確認しておいて良かったと、瞳はホッと胸をなでおろす。

 瞳が友里子の家の前で様子を伺っていると、友里子が玄関から出てきた。瞳は咄嗟に身を隠す。一瞬だけ躊躇するも、友里子の行動を見守ることを選択していた。決して尾行などではないと自分に言い聞かせて。

 友里子は先日とは打って変わってストライプのTシャツにジーパンといったラフな格好をしていた。同級生と会っていた時は、いつもとは違い気合を入れた服装だったのだろうと、瞳は思った。

 友里子の行き先は駅に隣接している巨大ショッピングモールだった。目的のある買い物ではなく、一人でブラブラと服やら靴やらを物色していた。時々、店員と会話を楽しんでいるようだが、今日は買う気はないようだった。しばらくして食品売り場やイートスペースのあるエリアに向かって歩き出した。と、その時だった、友里子が突然しゃがみ込んだ。瞳は反射的に友里子に駆け寄っていた。

「大丈夫ですか?」

「ええ、すみません。ちょっと立ち眩みが・・・」

 瞳は友里子を抱き起して近くにあった椅子に座らせる。

「救急車を呼びましょうか?」

「いいえ、大丈夫です。少し休めば・・・」

 そう言いながら友里子は瞳の顔を見た。

「あら?」

「あっ、何か冷たい飲み物を買ってきますから、待っていてください」

 瞳は今の状況を誤魔化すように自動販売機に急いだ。そして、買ってきた経口補水液を友里子に手渡す。

「ありがとうございます」

 冷たい飲料を口にして、友里子の表情は引き攣った顔から人心地がついたようだった。

「どうしてここに?」

「あっ、あの・・・友里子さんの家にこれから伺おうと思っていまして」

 全くの嘘ではなかった。

「そうでしたか。まだ何か?」

「ええ・・・ホストがまだ見つかっていないので」

「そうですか。警察の方も大変ね」

「あの・・・家までお送りします」

「ありがとう。でも、もう大丈夫よ」

「あの・・・もっとお話を伺いたいですから」

「そう、わかったわ。そうだわ、お昼はまだじゃないの?何か買って帰りましょう」

 瞳が遠慮をするも友里子は銀鱈弁当を買ってくれた。値段を見て瞳はちょっとだけ焦るのだった。

「年上の人からは奢って貰っていいのよ。私だって若い時は散々奢っていただいたからね。あなたも後輩とかにはご馳走をしてあげればいいのだから」

 友里子の金銭感覚には理由付けが不可欠なのかもしれないと瞳は思った。


 友里子の家はキレイに片付いていた。調度品もシンプルで落ち着いた雰囲気があり、友里子の性格をそのまま表現しているかのようだった。

「素敵なお家ですね」

「そうお?ありがとう。高価な家具もなければ、有名ブランドのお皿だって無いけれどね。明日香の家とは全く違うでしょう」

「私は友里子さんのお家の方が落ち着いていて好きです」

「あらそう。私にだって明日香の豪邸のような家に住むのに憧れていた時期はあったからね。三十代の頃ね。あの頃は人に見せびらかす人生を追いかけていたのかもしれないわ」

「それがどうして・・・」

「こんな地味な人生を選んだかって?」

「いいえ、そうではなくて・・・」

 瞳はハッキリとは言えなかった。

「いいのよ。事実だから。子どもができて必死で育てていたら、自分を着飾ることや人に見せびらかすことなんてどうでもよくなったのかもしれないわね。でもね・・・」

 友里子は考え込んでいた。瞳はジッと待つ。

「子どもが育ってきて、私の手から離れていくことの現実に追いつかなくてね」

「お子さんっておいくつですか?」

「長男は二十歳で長女は十七歳。大学生と高校生だからお金はかかるけれど親の手は今までみたいに必要ではなくなってしまったわ」

「高校生になると私も親の存在が疎ましく思えてしまう時がありました」

「そうよね。うちの子たちは陸上をやっていて、今は寮生活なの」

「二人共ですか?」

「そうなの。長男なんて中学の頃から寮生活よ」

「あの・・・ご主人は」

「九州に単身赴任中なの。もう十年にもなるかしら」

「寂しいですね」

「そうね。でも、もう慣れたわ」

 だから、不倫をしていたのか。瞳は一人で納得をしていた。

「あの・・・明日香さんとは年賀状のやり取りだけだったとお聞きしましたが・・・」

「そうよね。本題はそっちよね。ええ、そうよ。明日香とは三十年間会わなかったわ」

「それが最近になって偶然にスーパーで会ったとか」

「そうなの。あれは偶然ではないと思っているのだけれどね」

「どうしてそう思うのですか?」

「だって、格安スーパーに明日香が行くわけがないじゃないの。家政婦さんだっているのに」

「だったらどうして・・・」

「前から投資話はされていたの。手紙を貰っていてね。誠子もやっているし損はさせないからって。でも、私は投資のような不確定なことは嫌いなの。今の時代、銀行に預けていても利息が付かないと言って投資を勧める専門家もいるでしょう。でも、私は利息が付かなくても確実な先にお金を置いておく方が、心がざわつかなくて良いと思うのよね。あら、ごめんなさい。また余計な話ね」

「いいえ。あの・・・聞き難いことなのですが・・・明日香さんに見られたくないところを目撃されたとか・・・」

「私が不倫をしているって話ね。誠子でしょう。それは嘘よ。だって私は誰とも会ってはいないから。確かに誠子と会った時に出会い系アプリを紹介されたり、ホストクラブへ誘われたりしたけれども」

「行動には移さなかったってことですね」

「出会い系アプリには登録してしまって、会う約束まではしたの。でも・・・勇気がなくてね。結局約束の場所には行けなかった」

「誠子さんとは会っていたのですね」

「ええ、時々電話があったから。冬美との方が食事に行くなど頻繁に会ってはいたけれどね」

「三人で会ったことは?」

「そうね。どうだったかしら・・・」

 断言しない友里子に瞳は少しだけ不信感を覚えたのだが、それもすぐに消え去った。

「ああ、数年前に三人で食事をしたことがあったはずよ。あの時は明日香も誘ったのではなかったかしら、でも、用事があってこなかったわね」

「明日香さんて、どんな方でしたか?」

「そうね。派手好きでお金に対しては執着心みたいなものが強くて、自分が一番ではないと許せないから人を傷つけることも平気でしていたわ」

 やはり友里子も明日香は殺されてもおかしくはないと思っているようだった。

「殺されたと思いますか?」

「殺された?薬の量を間違ってしまったのではないの?」

「それが故意なのか事故なのかを調べています」

「そう」

 友里子はお茶を淹れかえるために瞳に背を向けていた。

「やはり、あの晩のホストはご存じないですか?」

「ええ、ホストクラブに通っていたことは誠子から聞いていたけれど、私は何もわからないの。ごめんなさいね」

「いいえ、色々とありがとございました」


 瞳は友里子の家を出た。何か肝心なことを聞き忘れているような感覚が残ったのだが、友里子に明日香を殺す動機はないのは明らかだった。好ましいとは思っていないようだが、それほど気に掛けていた様子もない。むしろ、明日香の方が友里子に接近していた。友里子に会って話を聞いたことで、益々頭が混乱してくる瞳だった。

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