第3話 冬美への陰口

 佐伯が呼びに来て、冬美が会議室を出た。しばらくして憔悴気味の友里子が会議室に入る。瞳は気付かれないようにそっと身を隠した。

「友里子、大丈夫だった?心配したわよ」

 さっきとは裏腹に、誠子は友里子を心から心配していました、とばかりに近寄った。

「ありがとう」

「何を聞かれたの?」

「うん、明日香との関係だとか、今の私の生活だとか・・・」

「そう。友里子は品行方正だもの、安心よね。それより、やっぱり冬美が怪しいと思うのよ。だって、彼女夜中にどこかへ行っていたのよ。私が目覚めた時、彼女はベッドにいなかったのだから」

「そうなの?私は熟睡していたから、何も気付かなかったわ」

 誠子という人間の心理が全く読めない瞳だった。人格障害のどれかに当てはまるのか。瞳は必死で分析していた。

「だいたい冬美は何を考えているのかわからないじゃない。馬鹿が付くほど真面目で優等生で一緒にいてもつまらなくて、看護師だってところだけで明日香は付き合っていたしね」

『それはお前の意見だろう』と、瞳は心の中で毒づいていた。

「明日香は冬美がお金に細かいところが苦手だって言っていたわね」

 友里子も誠子と一緒になって、冬美の陰口を言っている。瞳はうんざりしてくるのであった。

「そうなのよ。冬美はいつだってきっちり割り勘にしないと駄目でしょう。今回のホームパーティーだって明日香が全額支払うって言っているのだから、そうすればいいのに、ちゃんと払うって譲らないし、だから結局会費制になっちゃってさ。もう、何だか損した気分よ。あの子がいるといつもそうだったじゃない。明日香はお金持ちなのだから明日香に払わせればいいのに」

「高校の時からそうだったわね。でも、明日香の家だって高校三年生の頃はお父さんの会社が倒産したりして大変だったのだから、冬美の意見は正しかったはずよ」

「そうお・・・」

 誠子は不服そうだった。明日香を一番敵視していて殺意があるのは誠子なのか。瞳はまだ何もわからなかった。

「冬美って明日香から借金をしていたのよ」

「えっ、そうなの?」

「だってあの子が明日香にお金を預けるとは考えられないし、どうして明日香の家に通っていたのよ」

「それは・・・私もわからないのだけれど・・・あっ、そうだわ、明日香のお母さんよ。そうよ、明日香のお母さんの訪問看護をしていたはずよ。だから明日香の家にも来ていたのね」

「冬美が?」

「そう、明日香のお母さんは半年前に亡くなったでしょう。その時、冬美から連絡があって、そんなようなことを言っていたから」

「そうだったの。私は何も聞いていないわ」

「お母さんの病気のことも、亡くなったことも私たちには隠していたようだからね。冬美からも聞かなかったことにしてくれって言われていたわ」

「ふうん」

 明らかに不機嫌になる誠子だった。

「みんな、私のことなんて馬鹿にしているものね」

 急に気弱になる誠子だった。情緒も安定していないようだ。

「そんなことはないわよ」

「若い時に略奪婚して一人目を出産しすぐに離婚。三十歳の時には七歳下の男と再婚し二人目を出産、そして五年で離婚。三十八歳で今の旦那と再再婚して三人目を出産した私なんて軽蔑の眼差しでしか見ていないのよ」

「・・・」

 友里子はかける言葉もないようだった。瞳はもう何を聞いても驚かなくなっていた。

「今の旦那は二十歳も年上で、どうせ財産目当ての後妻業とでも思っているのよ」

『そうきたか。なるほど、やっぱり』

 誠子の人生を掻い摘んで聞いて、妙に納得してしまっている瞳だった。

「そんな風には誰も思っていないわよ。それに、今の旦那様とは10年も続いているじゃない」

「それは、だって、彼と別れたら生活ができないもの」

 お金のために結婚生活を続けているということが、瞳には全く理解できなかった。しばらくは沈黙が続いた。

「明日香が亡くなったなんて、まだ信じられない」

 友人を亡くした人間がするであろう当たり前の感想を、友里子は初めて口にした。

「でも、自業自得よ」

「そんなことを言っては駄目よ」

「だって、最近はお金にも汚くなっていて、恨みをかっていても仕方がないわ。友里子だって強請られていたのではないの?」

「私が?どうしてよ」

「それは・・・何となくよ」

 誠子はどうも明日香が誰かに殺されたと決めつけているようだった。誠子の言葉に惑わされている自分にハッとする。まだ、他殺であるかははっきりしていない。

『もっと冷静になって観察をしていかないと』

 瞳は自分自身に言い聞かせた。

「そうだ、一番下の子、今日は大丈夫なの?」

 友里子が誠子に聞いていた。

「あっええ、実家の母に預けているの」

「そう・・・」

 友里子は明らかに何か言いたそうだった。どこか咎めるような感じがパーティション越しでも伝わってきた。

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